衝動
ガタ、と椅子を引き、僕は教室を飛び出した。
冬の夕焼けが、背中を強く押す。
公園に着くころには、夜が完全に落ちていた。
息が白く、冬の冷気が体の芯まで染み渡る。
「……来たな、少年」
いつものように奏さんが望遠鏡を構えていた。
僕は駆け寄り、言葉を詰まらせながら声を震わせた。
「奏さん……僕、やっとわかりました。僕は、夢が怖かったんじゃない。夢に近づく自分を信じきれなかったんです。あのころの僕が、一番眩しくて、一番遠かった」
奏さんは、驚くこともなく、ただ嬉しそうに目を細めた。
「そうか。それは素晴らしい。君はもう、自分で未来の舵を握ったんだな」
「……怖さは残ってます。でも、もう後ろは見ません」
「それでいいんだよ。誰だって、未来なんて見えない。大事なのは、その見えない先に自分が信じる光を置けるかどうかだ」
「信じる光……」
奏さんは小さく頷いた。
「君がこれから進む道は、決して平坦じゃない。多くの夜が来る。星が見えない夜もある。でも、君が選んだ道は君だけの道だ。誰にも奪えない」
「……はい」
息が白く、空に溶けていく。
その先には、もうすぐ訪れる春の匂いが混じっていた。
「これから君は、もっと多くのものを知るだろう。もっと多くの苦しみも、喜びも経験する。だから、忘れるな」
「何をですか?」
「君が星を見て、胸を熱くしたその瞬間をだよ。あの気持ちは、君だけの宝だ」
「……わかりました」
胸の奥に、静かに深く刻む。
奏さんは、望遠鏡を指差した。
「今夜は新しい星を見せてやろう」
望遠鏡を覗くと、細いリングをまとった土星がそこにあった。
その美しさに、僕は思わず息を呑む。
「……すごい……」
「土星は美しいだろう? 誰かが君の選んだ道を笑うことがあっても、宇宙はこんなにも広く、輝いている。君は君のままでいい」
その言葉が、夜空に響く鐘のように胸に鳴り響いた。
「奏さん、僕……いつか宇宙に行きたいです」
思わず出たその言葉に、奏さんは驚いたように目を見開き、それから優しく微笑んだ。
「いい夢だ。きっと叶えられるさ。その夢は、君自身が選んだ星だからね」
「……はい!」
未来を思うと、まだ怖い。




