お久しぶり
「来たな、少年!」
「はい……来ちゃいました」
「ハハ、君はもう立派な変人だな。星に呼ばれるようにここへ来る。これはもう立派な病気だ」
奏さんは冗談めかして笑いながら、望遠鏡を指さした。
「今日は金星がよく見えるぞ。『宵の明星』とも呼ばれる、美しい惑星だ」
「……見たいです」
望遠鏡を覗くと、そこには白く鋭い光を放つ金星があった。
思わず息を呑む。
それはまるで夜空に突き刺さった一滴の涙のようだった。
「どうだ?」
「……すごく、綺麗です。でも、なんか……悲しいです」
「そうだな。金星は、明るいけれど孤独だ。まるで、誰にも触れられないまま光り続けるような……君に少し似てるかもしれないな」
僕は少し笑った。
「僕も、そんなに綺麗じゃないですけど」
「美しさは形じゃない。君が進む道、その決意、それこそが美しさなんだ」
冬の風が吹き、頬を刺すように冷たい。
でもその冷たさが、今は心地よかった。
「……これから、もっと大変になると思います。勉強だって、家だって、周りの視線だって……全部、怖いです」
「それでいい。怖いと思えるのは、前に進んでいる証拠だ」
奏さんの声は、夜の闇の中で不思議なほど強く響いた。
「少年、夢に大きいも小さいもない。ただ、自分がそれをどう信じるかだ。お前は、その一歩を踏み出した。それだけで、星よりもずっと強い光を持っている」
僕は目を閉じ、冷たい空気を深く吸い込む。
(僕は……進むんだ。何度怖くなっても、迷っても、もう逃げない)
目を開けると、夜空がいつもより広く見えた。
金星の光は、泣いているようで、笑っているようでもあった。
「……また、来ます。もっといろいろ、見たいです」
「もちろんだとも。少年はこれから星と一緒に生きるんだ。何度でも来い」
帰り道、少しずつ溶けていく夜霧のように、不安も少しずつ消えていった。
今、僕の胸には小さな光がある。それは、誰が見えなくても確かに輝いていた。
(この光を、絶対に消さない。僕は僕を選ぶ――)
そう強く思いながら、星の瞬く空を見上げた。




