最終確認
春の足音が、まだ冷たい風の隙間に混じっていた。
雪は解け、土の匂いがほんの少しだけ空気に混じり始める。
でも、心の中の霧はなかなか晴れなかった。
学校では、進路の最終提出日が迫っていた。
クラスには、もう進路を決めた友人たちの安堵と期待、そして少しの誇らしさが満ちている。
僕はと言えば、すでに一度提出した進路票をもう一度見つめる日々を送っていた。
(理系の道。このままで本当にいいのか……)
あの日、雪の夜に抱いた決意。
その後、星を見上げて奏さんと交わした言葉。
胸の中に小さな火は確かにあった。
けれど、その火は時折風に吹かれて、今にも消えそうになる。
放課後の教室。
クラスメイトたちは帰り支度を始めていたが、僕は一人、席に座り続けていた。
机の上に広げた進路票の控えを前に、鉛筆を握ったまま、ただ紙とにらめっこする。
(文系に進めば、現実的な未来がある。楽じゃないが、無難だ)
(でも……星は、僕の中にまだいる……)
ふと、視界が滲んだ。
机の上に涙が一滴落ちる。
声を殺して、何度も深呼吸する。
(夢を、もう一度だけ信じたい……)
(でも、怖い。怖いんだ……)
「真冬、大丈夫か?」
声に顔を上げると、田中が立っていた。
「……うん」
「お前、ずっと悩んでるよな。まあ、別に無理に言わなくてもいいけどさ……」
田中は少し気まずそうに笑った。
「俺、進路票なんてすぐ出したけど、本当はめちゃくちゃ怖かったぞ。これで良かったのかって、今でも思ってる」
「……田中も?」
「そりゃそうだよ。みんな大なり小なりビビってる。でもさ、結局自分が選んだっていう事実が後で自分を支えてくれるんだよ」
田中はそう言うと、軽く背中を叩いて教室を出ていった。
残された僕は、ぽつんと机に座ったまま深呼吸した。
(選ぶのは、僕だ……)
何度も何度も、その言葉を頭の中で繰り返した。
気がつけば、外は夕焼けで赤く染まっていた。
胸の奥で、まだ小さいけど、確かに熱を持った火が灯る。
(もう一度だけ……)
鞄を掴んで教室を飛び出す。
公園に向かう道を走る途中、何度も足を止めそうになる。
けれど、そのたびに奏さんの声が蘇る。
「怖いなら、その怖さを抱えたまま進めばいい」
心の中でその言葉を噛み締めながら、息を切らして走った。




