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渇夢を星夜に  作者: つなまぐろ
夢の死骸
19/47

最終確認

 春の足音が、まだ冷たい風の隙間に混じっていた。

 雪は解け、土の匂いがほんの少しだけ空気に混じり始める。

 でも、心の中の霧はなかなか晴れなかった。


 学校では、進路の最終提出日が迫っていた。

 クラスには、もう進路を決めた友人たちの安堵と期待、そして少しの誇らしさが満ちている。

 僕はと言えば、すでに一度提出した進路票をもう一度見つめる日々を送っていた。


 (理系の道。このままで本当にいいのか……)

 あの日、雪の夜に抱いた決意。

 その後、星を見上げて奏さんと交わした言葉。

 胸の中に小さな火は確かにあった。

 けれど、その火は時折風に吹かれて、今にも消えそうになる。


 放課後の教室。

 クラスメイトたちは帰り支度を始めていたが、僕は一人、席に座り続けていた。

 机の上に広げた進路票の控えを前に、鉛筆を握ったまま、ただ紙とにらめっこする。

 (文系に進めば、現実的な未来がある。楽じゃないが、無難だ)

 (でも……星は、僕の中にまだいる……)


 ふと、視界が滲んだ。

 机の上に涙が一滴落ちる。

 声を殺して、何度も深呼吸する。

 (夢を、もう一度だけ信じたい……)

 (でも、怖い。怖いんだ……)


 「真冬、大丈夫か?」

 声に顔を上げると、田中が立っていた。

 「……うん」

 「お前、ずっと悩んでるよな。まあ、別に無理に言わなくてもいいけどさ……」

 田中は少し気まずそうに笑った。

 「俺、進路票なんてすぐ出したけど、本当はめちゃくちゃ怖かったぞ。これで良かったのかって、今でも思ってる」

 「……田中も?」

 「そりゃそうだよ。みんな大なり小なりビビってる。でもさ、結局自分が選んだっていう事実が後で自分を支えてくれるんだよ」

 田中はそう言うと、軽く背中を叩いて教室を出ていった。


 残された僕は、ぽつんと机に座ったまま深呼吸した。

 (選ぶのは、僕だ……)

 何度も何度も、その言葉を頭の中で繰り返した。


 気がつけば、外は夕焼けで赤く染まっていた。

 胸の奥で、まだ小さいけど、確かに熱を持った火が灯る。


  (もう一度だけ……)

 鞄を掴んで教室を飛び出す。

 公園に向かう道を走る途中、何度も足を止めそうになる。

 けれど、そのたびに奏さんの声が蘇る。

 「怖いなら、その怖さを抱えたまま進めばいい」

 心の中でその言葉を噛み締めながら、息を切らして走った。



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