お話
(星は、変わらずそこにあるんだな……)
ふと、背後から砂利を踏む音がした。
振り返ると、奏さんが白衣をなびかせながら近づいてくる。
「やぁ、少年。また来たか」
振り返った奏さんは、昨日までと違って、少し疲れたような顔をしていた。
「……大丈夫ですか?」
僕の問いかけに、奏さんはふっと笑う。
「お、心配してくれるとは思わなかったな。嬉しいよ」
そう言いながらも、その笑顔の奥には、隠しきれない影があった。
「……昨日父さんに、話しました。進路のこと。……理系に進んで、星を研究したいって」
「おお、それで?」
「『好きにしろ』って言われました。でも……それが、嬉しいはずなのに、怖いんです」
「怖い、か」
奏さんは頷き、空を見上げた。
「人は自由を手に入れると、同時に責任という鎖を首に巻く。進む道を選んだなら、その重さを感じるのは当然だよ」
「……責任、か」
その言葉が頭にこびり付いたような感覚がした。
「今日はね、ちょっと特別な話をしようと思ってたんだ」
「特別な話……?」
「そうさ。君には話しておきたいことがあるんだよ」
奏さんは、持ってきたノートパソコンを閉じ、静かにベンチに腰を下ろした。
僕もその隣に座る。
冷たいベンチの感触が背中に伝わり、夜気が肺に入り込む。
それでも、胸の中の灯火が消えないことを感じていた。
「少年、私は小さいころから星が大好きだった」
静かな声で語り始めた奏さんの目は、どこか遠い場所を見ていた。
「夜空の光を見ていると、どうしようもなく胸が熱くなったんだ。まるで、私を呼んでいるような気がしてね」
「……わかる気がします」
「だろう? けれどな、私はずっと夢を笑われてきたよ。『女の子がそんなことしてどうする』『現実を見ろ』って、散々言われてさ」
言葉を吐き出すようにして笑う奏さん。
その笑い声は、どこか悲しかった。
「でもな、それでもやめなかった。やめられなかったんだよ。気づいたら、大学でも研究を続けていた」
「……」
「研究には結果がついてくる。けれど、現実は甘くない。論文は通らず、予算は削られ、指導教授には怒鳴られ……そんな日々ばかりだった」
奏さんはふと手を見つめる。
細く長い指先が、小さく震えていた。
「それでも、私は星を選んだ。それが、私の唯一の存在証明だからだ」
その声には、静かだけれど強い決意が滲んでいた。
僕は思わず息を飲む。
(……奏さんも、ずっと迷ってたんだ)




