勇気を出して
「おはよー、真冬!進路表かけたか? あれ? なんか顔色悪いぞ?」
田中がいつも通り声をかけてくれる。
「……ちょっと寝不足なだけ。 あと、まだ書けていない」
「えー、マジか。締め切り今日だぞ? 俺なんか一瞬で理系にしたわ!」
「……そうなんだ」
田中は笑って去っていったが、その背中がやけに遠く見えた。
田中の笑顔に、思わず弱い笑みを返してしまう。
言えないことばかり増えていくのに、それでも友人は笑顔でそばにいてくれる――その温かさが、逆に胸を突き刺した。
授業が始まると、先生は黒板に進路に関する話を書き始めた。
「自分の進みたい道を自分で決めること。それが何より大事です」
その言葉が、教室に硬い空気を作った。
(自分で決める……)
それが、一番難しいことなんだよ。
ノートの端に、無意識に「星」という文字を書いていた。
それを見て、ふと昨日の星の光が蘇る。
冷たい夜空に浮かぶ、かすかな光。
どんなに小さくても、その光は必ず届いていた。
(……もう一度だけ、見てみたい)
胸の奥から、かすかな声が聞こえた。
(……もう一度だけ……)
授業が終わると、進路票を提出する時間がやってきた。
紙を前にして、再びペンを握る。
手は相変わらず震えていた。
ペン先が紙に触れるたびに、鼓動が耳の奥で響く。
(決めるんだ……自分で……)
ペンを走らせる。
理系か文系か――迷いながら、それでも僕は、僕自身の文字を書いた。
書き終えた瞬間、手から力が抜ける。
紙を見つめると、そこには僕の選んだ道があった。
(これが、僕の答えだ)
確かに、まだ怖い。
でも、選んだという事実だけは、胸の奥に小さな誇りを芽生えさせた。
廊下へ出て、提出箱にそっと進路票を入れる。
「白木、出したんだな」
田中が驚いたように声をかける。
「……うん」
「そっか……なんか、お前、顔変わったな」
「え?」
「ちょっとスッキリした顔してるよ。よかったな」
田中はそれだけ言うと、手を振って教室へ戻っていった。
小さな決断だけど、それが世界を少しだけ変えた気がした。
心の中でまた小さな火が灯る。
(これで終わりじゃない。また迷うかもしれない。でも……)
(もう一度だけ、星を見に行こう)
(また、会えるだろうか)
そう思うと、足が少しだけ速くなった。
その夜、僕は再び公園に向かった。
公園に着くと、まだ人影はなかった。
空を見上げると、そこにはいつも通りの夜空があった。
でも、今日は少しだけ輝いて見えた。




