翌朝
父との対話を終えた夜、僕はずっと天井を見つめていた。
部屋の空気は薄暗く、暖房の機械的な音が不気味に響く。
胸の奥に、まだ重い痛みが残っている。
言えた、という達成感と、これからどうなるのかという恐怖が、入り混じった複雑な感情になって渦巻いていた。
(……これでよかったんだよな)
父の言葉は短かった。
けれど、あの「好きにしろ」という一言に、どれほどの重さがあったのか――まだ全部は理解できていない。
彼の背中にあった微かな震え、それを思い出すと、胸が締めつけられた。
「……そろそろ朝か」
呟いて起き上がると、進路希望調査票が机の上で待ち構えている。
今日提出しなければならない、その白い紙切れ。
(これが、僕の未来を決めるのか)
改めて見ると、ただの紙なのに恐ろしく見えた。
制服に着替え、鞄に教科書を詰めると、最後に進路票を取り出す。
手が震えていた。
(理系……文系……)
文字を見つめると、喉の奥がきゅっと締め付けられる。
(昨日、少しだけ決意したはずなのに……)
それでも、ペンを持つ手は、まるで重りがついているように動かない。
(まだ怖い……まだ、決められない……)
頭の中に浮かぶのは、夢を追う未来と、それを捨てる未来。
親の顔、友達の顔、社会という大きな言葉。
そして、何より「また失敗したら」という恐怖。
「真冬、朝ご飯できてるわよ」
母の声が階下から聞こえる。
「……すぐ行く」
ペンを机に置いて、階段を下りた。
食卓に座ると、母が優しく笑いながらお味噌汁を差し出してくれる。
その笑顔が、嬉しくて、同時にひどく痛かった。
「進路票、書けた?」
「……まだ」
「そう……焦らなくていいのよ」
優しい声が、逆に僕を追い詰める。
母の言葉は優しい。でも、その向こうにある「期待」や「不安」が、僕にははっきりと見えてしまう。
無言でご飯をかき込む。
母はそれ以上何も聞かなかった。
学校へ向かう途中、何度も鞄の中の進路票が気になった。
歩きながら、鞄の中で紙がこすれる音がするたびに胸がざわつく。
(書けなかったら、どうなるんだろう)
想像するだけで胃のあたりがぎゅっと痛む。
朝が来るまでほとんど眠れず、まどろむように学校へ向かう。
教室のざわめきが今日はいつも以上に遠く感じられた。




