あの歌が聞こえる
夏の終わり、夕暮れの風に髪を揺らしながら、凛は海辺のベンチに座っていた。
潮の香りが、かつて隣にいた彼の笑顔を運んでくる。
「凛、また来ようね」
その最後の言葉が、今も胸に残っている。
春の嵐の夜、突然の交通事故で、悠は凛の前からいなくなった。
「嘘だよね?」と叫んでも、誰も答えてくれなかった。
時間が止まったような日々の中、唯一、彼を感じられるのは音楽だった。
ある日、偶然流れてきたラジオの新曲。
イントロを聴いた瞬間、凛の心臓が強く打った。
歌い出しの声が、悠にそっくりだった。
いや、ただ似ているだけじゃない。
彼がよく口ずさんでいたメロディと、同じ響きがあった。
「海の向こうに 君が笑っている気がして
僕は今日も目を閉じる
まだ伝えきれない言葉を
風に乗せて──」
涙が、自然に頬を伝った。
あの日、何も言えなかった自分が
この歌の中で、悠に語りかけられているような気がした。
その後も、何度もラジオでその歌を聴いた。
調べると、インディーズの新人アーティストで、あまり情報はなかった。
でも、どうしても気になって、凛はライブハウスまで足を運んだ。
小さなステージ、客席はまばら。
けれど、あの声が響いた瞬間、凛の世界は光に包まれた。
演奏が終わった後、勇気を出して声をかけた。
「その曲……どうして作ったんですか?」
彼は、少し戸惑いながら言った。
「夢で誰かが話しかけてきたんです。
海辺で、誰かを待ってるって……
僕には見えない誰かが、そこにいた気がして」
凛は笑った。
涙を浮かべながら、静かに笑った。
悠は、きっと、歌になって戻ってきた。
何も言えなかったあの日の続きを、このメロディで紡ぐために。
凛は空を見上げ、そっとささやいた。
「ありがとう。もう一度、会えたね」