7話
現在、俺は危機的状況に陥っている――、
「話を整理しようではないか」
「整理することはないでしょ」
――もしくは僥倖なのかも知れないが。
シャルの今後を話合う家族会議が終わり、彼女は当家の使用人として迎えることになった。
そして、シャルの体調も考えて、今日はここまでということになり、アル姉が彼女を部屋へと案内していった。
俺は両親と少し確認や相談を済ませてから、自分の部屋に戻ろうと廊下に出る。
「はぁ、なんか疲れたな……」
結局、温泉にも入れなかったし、行って帰ってきただけだし。しかも俺以外に前世の記憶を持つ人物と同居することになるし。……いや、見た目はいいんだけどね。体の紋様もペイントだったみたいで、そのうち全部落ちるらしいし。
白髪に褐色の肌くらいなら、山岳民族ってこと誤魔化せないかな?
そんなことを考えて廊下を歩いていると、部屋にたどり着いた。
勝手知ったる我が部屋である。もちろんノックはしない。勝手に入る。堂々と。
そして――、一人の少女が布で身体を拭いていた。全裸で。生まれたままの姿で。……いや、生まれてからだいぶ成長されていらっしゃる。特に胸が……じゃなくて!
初めに言っておくが、ここは俺の部屋で間違いない。家具の配置も種類も今朝までと何も変わらない、全裸の少女を除けば我が部屋に違いはない。
俺が間違えて入ってきたわけでは決してない。そうだ、間違えているのは彼女の方なのだ。ここは穏便に話し合いをするべきではなかろうか。
「話を整理しようではないか」
「整理することはないでしょ」
チラリと顔だけこちらを振り返った少女――シャルは、そのまま身体を拭き続ける。俺(男)がいることを気にした様子はない。悲鳴も上げなければ、出ていけと物を投げてくる様子もない。ゴシゴシと腕に残っているペイントを消そうと擦っているようだ。
……俺が子供だからだろうか? 彼女は恐らく転生者。もしかしたら中身はアラサーを超えているのかも知れない。ゆえに子供に裸を見られても気にしていないのかもしれない。
「……何か失礼なこと考えていないかしら?」
「いえ、別に。えっと……可愛らしいお尻ですね」
「……普通、出ていくか、目を逸らしたりするものじゃないのかしら。あなたロリコンなの?」
今の俺は10歳の幼気な少年である。彼女の方が年上だろうし、ロリコンではない。……ロリとはなんだろう。シャルを見る。アル姉に比べてまだ幼い。しかし特盛である。そうか、これがロリ巨乳か。――待て、それじゃ俺はロリコンなのか?
「……特別子供が好きということはないし、大きい方が好きだ。――そう、アル姉のような女性が好みだな」
アル姉は凄いのだ。父さん曰く、母さんの方が大きいらしいけど、身体のバランスでいうとアル姉は完璧なのだ。ほどよく背が高く、ほどよく胸が大きく、それなのに腰はキュっと引き締まっている。
――そう、今俺の目の前にいる少女はまだ発展途上。俺の好みには及ばないのだ。
「……そういえば、シャルって何歳?」
「……この世界では、たぶん十二か十三くらいだと思うわ。そうね、今後は十二歳ってことにしておくわ」
「曖昧だな。ちなみに前世を合わせ――なんでもないです」
背中がぞくりとした。冷えた視線が刺さる。……この話は禁句らしい。
「……私がいたところじゃ、誕生日を祝う習慣なんてなかったの。年齢も自分で数えているだけだからハッキリとは分からないわ。――族長が成人だと認めたら、大人になるような場所だからね」
シャルは吐き捨てるようにそう言って、そのまま言葉を閉ざした。
しかし、12歳前後か。……その年頃でこの発育。まだ発展途上でアル姉には及ばないが、もしかして、あと数年でアル姉を超える美魔女になるのではないだろうか……?
「シャルちゃん、着替え持ってきたよー。……あれ? ワロン君? 何しているの?」
しげしげとシャルの裸体を観察しているとアル姉が部屋に入って来た。両手には言葉通りに衣服を持っているようだ。
「何しているって、ここ俺の部屋なんだけど?」
「遅かったわね。おかげで彼に全身隈なく観察されてしまったわ」
「待て、俺は後ろ姿しか見ていないぞ」
背中からお尻、そして太ももにふくらはぎ。俺がしっかりと見たのはそれくらいである。
「ワロン君、女の子の着替えを覗いたらダメよ。メッだよ」
唇を尖らせて叱るポーズをするアル姉が可愛らしい。怒られている感はゼロだが。
「彼は覗いていないわよ。堂々と入ってきて、つぶさに観察していたのだから。それはいいから、服をもらえる? さすがに一人だけ裸というのは少し恥ずかしいわ」
まったく照れた様子もなく、そう言って服を受け取り着替えるシャルさん。それを手伝うアル姉。そしてその様子を眺める俺。……うん。出ていくタイミング無くしたし、全く気にした様子を見せないからこちらも動揺したり、恥ずかしがったりする必要はないだろう。うん。
「それで、なんでシャルは俺の部屋で着替えていたんだ?」
「私は案内されたただけよ。まあ、部屋の様子からあなたの部屋だとは思ったけど」
チラリと視線を横に向けるシャル。その目線の先には、脱ぎ散らかされた俺の部屋着がベッドの上に散乱していた。
その他にも部屋の隅に訓練用の剣や防具が置かれ、壁には額に飾られたワイバーンの鱗などが並ぶ、生活感あふれる空間が広がっている。
少なくとも、客間には見えないだろう。
「ワロン君、部屋を自分で片付けられないなら、私が掃除するからね?」
「今回はたまたまだよ。来客の予定はなかったんだから、見逃してよ」
別に足の踏み場もないほど散らかっているわけではない。むしろ床には何も置いていないし、十分片付けてある方だ。……机の上と棚の中を除けば。
「そうやって油断しているからすぐに散らかるんだよ? やっぱり、たまには私が掃除に来た方がいいと思うの」
そう言って机の方へ向かおうとするアル姉の前に立ちふさがり、動きを止める。
「やめて、ストップ、動かないで、回れ右。……アル姉はこの部屋の立ち入り禁止でしょ。俺が大事に取っていた宝物の数々を勝手に捨てたこと、忘れてないよね?」
1年ほど前のことだが、アースと一緒に出掛けた時に拾ってきた、珍しい石や変わった形の虫の抜け殻から、薬師に教えてもらった貴重な薬草を乾燥させていたものまで、何でもかんでも勝手に捨てられたことがあるのだ。
確かに当時は、珍しいと思った物は何でも部屋に持ち帰っていたから散らかって見えていたけど、それでも大事な宝物だったのだ。
しかも、それは両親が許可を出して行われた暴挙であった。
あまりのショックにアースと一緒に一晩家出したほどだ。……帰ってから盛大に叱られたけど。でも、その甲斐もあって部屋を散らかさらないことを条件に、勝手な掃除は禁止させたのだ。
実際、かなり貴重な物も捨てていたことを知った両親とアル姉は青ざめた顔で謝罪していた。
まあ、今なら「勝手に掃除するなら温泉に連れて行かない」と言えば、アル姉は手出ししないだろうけどね。
アル姉も当時のことを思い出したのか、しぶしぶ部屋の入り口に戻った。
「それで、アル姉はなんでシャルを俺の部屋に連れて来たの?」
「シャルちゃんが寝られるの、この部屋しかないからよ。客室は私が使ってるし、ほかの部屋は物置になっちゃってて、すぐには使えないの」
……そういえば、唯一の客室は「誰も使わないなら私がもらう」って言って、いつの間にかアル姉の部屋になってたっけ。
そもそも、ワイバーンの里に客が泊まることなんて滅多にないし、俺が知る限りこれまで一度もなかった。
アル姉も最初は実家の村長家から通ってたけど、毎日通うのが面倒になって、結局、空いてた部屋を両親からもらうことになった。
以前はほかにも客室があったはずだけど、いつの間にか物置と化していたようだ。
「……それでも、男の部屋に連れてこなくもよくない? アル姉の部屋でいいじゃん」
「ワロン君? 私の部屋はこの部屋の半分どころか四分の一くらいの広さなんだよ? ベッドは一人用だし、私かシャルちゃんのどっちかに床で寝ろって言うつもり?」
ニッコリと笑うアル姉の視線の先には、広々としたダブルサイズのベッドがある。
一応、貴族である父さんと俺の部屋は作りが良く、広さも十分だ。でも、アル姉の部屋はもともと客室というよりは、使用人用の部屋だからかなり狭い。
ベッドの広さも柔らかさも全然違うから、1年ほど前までは、時々アル姉が俺の部屋に来て一緒に寝ていたのだ。
でも、件の事件の後、アル姉が俺の部屋に入るのが禁止されて添い寝ができなくなった。お互いちょっと残念に思っている。
……とはいえ、そろそろ姉離れ、弟離れしなさいっと、母さんからの圧もあるから仕方がないのだが。
「……だからって俺とシャルが一緒のベッドで寝ていいの? それなら俺とアル姉が一緒に寝て、アル姉の部屋をシャルに使わせた方がいいような気がするんだけど」
いくら俺がまだ子供とはいえ、家族以外の女の子と同じベッドで寝るのはいいのか?
「私はあなたと一緒でも別に構わないわよ。それにここなら床でも問題ないわ」
シャルがそう言ってしゃがみ込んで床の絨毯を撫でている。確かにこの部屋の絨毯は良い物が使われているから柔らかいけど、だからって女の子を床で寝かせるわけにはいかないだろう。
「姉さんにはシャルちゃんをワロン君の部屋で寝かせるって言ってあるから大丈夫だよ。それにシャルちゃんはワロン君の専属侍女になるからね」
「専属侍女? 初耳なんだけど。それに母さんとアル姉は、妹が欲しいだの娘が欲しいだの言っていたから、てっきりアル姉の部下か、母さんの侍女になると思っていたけど……」
アル姉は名目上この屋敷のメイド長である。そんなに広くない屋敷だし、元々平民である母さんとアル姉が二人で切り盛りしているのだ。
「屋敷のことは私と姉さんが担当するから、シャルちゃんにはワロン君を担当してもらうことになったの。シャルちゃんの意見も参考にしているから、安心してね」
「……そうなの?」
俺の問いかけに、じろりと睨みつけるような視線が返ってくる。……おそらく、睨んでいるつもりはないのだろう。目つきが悪いせいで睨んでいるように見えるだけで。……だよね?
「ええ。私はあなたと一緒に行動した方がお互いいいと思ったのだけど?」
転生者同士、一緒にいた方が都合がいいって意味か?。……アル姉がニマニマした笑みを浮かべてこっちを見ているが、シャルは気にした様子がない。
着替えを見られても気にしていなかったし、羞恥心とか恥じらいとか、どこかに落としてきたんじゃないだろうか。
「それでシャルちゃんがワロン君と一緒に里を歩くためにも、アース様の匂いをシャルちゃんに移すために、一緒のベッドで寝た方がいいでしょう?」
ワイバーンの幼体が暮らしている里の中に知らない匂いがする者がいた場合、上空を飛んでいる親ワイバーンが襲い掛かることがあるのだ。麓の村からワイバーンの里までの山道ですら、よそ者が歩いていると襲われる危険性が高い。
そのためシャルが出歩くなら、少なくともワイバーンの匂いが身体に染みついてからの方が望ましいのだ。とはいえ、ワイバーンと触れ合うには外に出ないといけない。
だから本来、この里で新たに生活を始める村人は、まず麓の村でワイバーンに慣れてから移住することになっている。
まぁ、外出時は俺の側を離れなかったら問題ないと思うけどね。とはいえ、万が一もあるからアル姉の判断は間違っていない、のかな。
「……匂いを移すだけならシャルに俺の服を着せたらよくない?」
「洗濯していない服をシャルちゃんに着せたいの?」
そう言って顔をしかめる二人。いや、洗濯した服でも――匂いが消えているのか? いや、それでも普通、一緒に寝るより匂いの染みた服を着ることを選ぶものじゃ……、
「……もういいです。一緒に寝ます。寝ればいいんだろ」
そんなおかしなことを言ったつもりはないが、二人の反応を見るに俺の方が異端らしい。
まあ、着替えすら見てしまった今となっては、気にする方がどうかしているか。
二人が良いというなら俺に拒む理由はない。必要だというなら堂々と一緒に寝るだけである。