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星の織りなす物語 Styx  作者: 白絹 羨
第六章: 崩壊の始まり
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 — 第六章・余話 —


 崩壊した酒場の跡地にはまだ瓦礫が積み重なり、夜風(よかぜ)に乗って土埃が舞い上がっていた。淡い月光が舞い散る粉塵を銀色に染め、破壊の爪痕を優しく覆い隠すかのように静寂が漂っている。しかし、その中にかすかに低く、振動のような音が混ざり始めた。


「何の(おと)……?」


 リリアが辺りを見回すと、遠くの闇から小さな光の点が浮かび上がっていた。まるで夜空の星が落下し、地上を滑るように漂っているかのようだ。その光は徐々に近づき、三つの輝く点へと分かれた。彼らの目の前で、光の粒子が薄く舞い上がる中、三機の飛翔体が静かに姿を現した。


 ヴェイラス――風を裂く鳥の翼のごとき形状を持つ小型飛行機である。


 流線形のボディは柔らかい光を反射し、しなやかに広がった翼の端には青白い光がかすかに揺れている。翼全体には神秘的な紋様が刻まれ、風がその表面を滑るたびに、光の模様が波紋のように流れていく。まるで、翼そのものが生きているかのような動きだった。

 どこか鳥の骨格を模したデザインを持つ機体は、細かな羽根のような可動部分が取り付けられており、それらが風の流れを巧みに操ることで機体を滑らかに浮かび上がらせている。三機のヴェイラスが上空を旋回して、剣士たちが横たわる地面に静かに滑り込むと、翼が小さくたたまれ、地面にわずかに残る砂埃がその動きに追随するように漂った。


「走れ」


 その一言で、黒衣(こくい)の剣士たちは身軽に飛び降りた。

 剣士たちは言葉少なに走り、負傷した仲間たちへと到達すると即座に動き始めた。怪我をして動けない者を慎重に抱きかかえ、折れた武器を拾い集める動作は、まるで舞台の上で演じられる儀式のように正確で洗練されていた。


 一人の黒衣(こくい)の剣士が頭を下げながら報告する。


「セルヴィアス様、任務完了です」


 月光に照らされ、ゆっくりと歩み寄るのはリーダー格の男――セルヴィアスだった。

 黒衣(こくい)が風に揺れ、まるで影そのものが彼にまとわりついているかのように見える。彼の目には感情の色はなく、月光の反射だけが冷たく輝いている。瓦礫に横たわる仲間を一瞥すると、彼は短く頷いた。セルヴィアスは、短く息を吐いた。その表情は冷たいままだが、その目の奥にわずかに宿る感情が、かつての誓いを思い出させたようだった。

 瓦礫の影から様子を見守っていたルイーズが警戒心を露わにし、口を開いた。


「来たのは仲間を助けに、ということかしら?」


 セルヴィアスは答えず、静かに負傷した仲間がヴェイラスに乗せられるのを見届ける。彼が再び顔を上げ、その視線は、アウグストとルイーズに向けられていた。


「セントリスの人間が、呪われし(たみ)の面倒を見ている以上――我々は手出ししない」


 ルイーズが小さく息を呑む中、セルヴィアスは淡々と続けた。


「今回のことは我々の失態だ。即座に制圧できていれば、ここまでの混乱は招かなかった」


 一瞬の沈黙。彼はアウグストを一瞥し、どこか警告めいた口調で付け加える。


「もし再び彼が暴走した時、その場で制御できなければ――その時は我々が介入する」


 ルイーズの目が鋭く光る。


「介入する?それがまたさらなる混乱を招くことに気づいていないの?」


 セルヴィアスはわずかに目を細めたが、すぐに冷静な表情に戻った。


「混乱は避けられないが、破滅は防げる」


 その緊張した空気の中、アルヴィンが静かにリュートを奏で始めた。アルヴィンの指が(げん)を撫でるたび、音は低い波のように広がっていく。その音色は冷たい夜風(よかぜ)に溶け込み、まるで彼方の記憶を呼び起こすかのように聴く者の心に浸透していった。


「これは……?」


 リリアが思わず口を開くが、すぐにその音楽の意味に気づく。

 アルヴィンは誰にでも知られる古い詩――『白の魔法剣士のレクイエム』を奏でていた。


 ⋆ ⋆ ⋆

 かつて、天頂の白き光は剣に宿り、学び舎の塔を照らしていた。

 だが、光は野望に囚われ、影となって大地に落ちる。

 剣は剣を裂き、友は友を討つ――。

 黄金の広間には声が途絶え、ただ風が彷徨(さまよ)い続けるのみ。

 名高き剣士たちは星のように散り、今は廃墟に名残を留める。

 だがその廃墟に、かすかな息吹は残っている。

 静かに――新たな剣が、再び目覚める時を待ちながら。

 ⋆ ⋆ ⋆


 詩が進むにつれ、黒衣(こくい)の剣士たちは微かに動揺したように見えた。リーダーであるセルヴィアスだけが冷静な表情を保っていたが、リュートの音色がその沈黙を裂くかのように問いかける。


「君たちは、なぜ生きている?」


 風が止まったかのように辺りが静まり返る。黒衣(こくい)の剣士たちが目を伏せる中、セルヴィアスだけが冷静にアルヴィンを見据えた。


「答える必要はない」


 アルヴィンは軽く眉をひそめたが、(ふたた)(げん)を弾くと音色は一段と静かに低くなった。セルヴィアスはその場を去るように背を向け、短く部下に命じた。

 負傷した仲間たちがすべて収容されると、ヴェイラスの機体が再び動き出した。羽根のようにしなる翼が広がり、柔らかな光が再び空気を震わせる。青白い光が翼の付け根から波紋のように放たれ、地面をかすかに震わせた。


「ならば、次に風が舞う時、剣の意味を見失うな」


 セルヴィアスは振り返ることなく、静かにヴェイラスの一つに乗り込む。翼がふわりと風をまとい、宙に浮かび上がった。まるで(かぜ)そのものに吸い込まれるように、三機のヴェイラスが夜空に消えていく。

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