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星の織りなす物語 Styx  作者: 白絹 羨
第五章:燃える空、交差する運命
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 アウグストは馬を降りると、その端正な顔を正面に向け、背後に控える騎士たちに軽く手を挙げた。騎士たちは即座にそれを察して馬を後方に下げ、旗を掲げる従者を中心に警戒態勢を取る。彼の動きには威厳と自信が溢れており、まるで場全体を支配するような存在感を漂わせていた。


「まずは、彼を紹介しよう」


 アウグストが低く穏やかな声で口を開き、ルイーズたちの方へ視線を向ける。


「ローゼン帝国の聖騎士の一人、ラドクリフだ。勤勉で実直な性格だと評判の男だ」


 ラドクリフも馬を降り、革の手袋を外しながら一行を見据えた。その瞳は深い鋼のような色をしており、見る者に強い印象を与える。彼の体は筋肉質で、鎧には戦いの痕跡が幾つも刻まれていた。礼儀正しく軽く頭を下げるその仕草には、かつて帝国の聖騎士として振る舞ってきた威厳が色濃く残っていた。


「ラドクリフ・ヴァン・オルデンだ。よろしく頼む」


 彼の声は低く、聞く者に自然と畏敬の念を抱かせるような重厚感を帯びていた。

 ルイーズは落ち着いた足取りで一歩前に進むと、スカートの端を摘んで軽く礼をした。


「私はルイーズ・フォン・アークレイン。神聖国セントリスの宮廷魔術師として、この地の安全を守るべく同行しています」


 彼女の口調は礼儀正しいながらも柔らかく、相手を受け入れる余裕が感じられた。


「こちらは、私の仲間たちです。それぞれが、この旅を支える重要な役割を担っています」


 彼女は隣に立つリリアに軽く視線を送り、その紹介を続けた。


「リリア・アーディン。神聖国の騎士見習いで、今回の旅でも大いに貢献してくれています」


 リリアは緊張を隠しながらも、胸を張って一礼した。その若々しい顔立ちには決意の色が宿っている。

 次にルイーズはガレンの方に目を向けた。


「ガレン・リュミエール。剣士であり、この旅団の指導者的存在です」


 ガレンは短く頷き、その鋭い眼差しでラドクリフを見据えた。その視線には、彼自身が抱える使命感と、相手を値踏みする冷静な態度が交じり合っていた。


「そしてアルヴィン・レイヴンウッド」


 ルイーズは軽く微笑みを浮かべ、アルヴィンを紹介する。


「詩人にして音楽家で、彼の旋律は旅の中で私たちを支えてくれました」


 アルヴィンは少し気恥ずかしそうに頭を下げ、手に抱えたリュートの(げん)を無意識に軽く撫でた。


「英雄の物語を書くために旅に同行しています」


「最後に、クラリス・フローレンス」


 ルイーズは優しい口調で続けた。


「彼女は私の友人の錬金術師。セントリスでも評判の薬を調合してくれます」


 クラリスは控えめに礼をしながら、「どうぞよろしくお願いします」と小さな声で言った。その声には、彼女が内に秘めた献身と真心が滲んでいた。

 ルイーズの一通りの紹介を聞き終えると、アウグストが満足そうに頷き、再び口を開いた。


「さて、私も名乗らせてもらおう。神聖国セントリス筆頭(ひっとう)神聖術師、アウグスト・レオポルド・セレスティアだ。現在、ローゼン帝国との同盟軍の責任者としてこの戦いに参戦している」


 その威厳ある名乗りに、一行の中には一瞬驚きの色を見せる者もいた。アウグストの言葉には重みがあり、その地位と責任が持つ影響力がひしひしと伝わってくる。


「ルイーズ、君たちがここにいることには驚いたが、君たちの力があれば、この村での状況を少しでも改善できるだろう」


 アウグストが村の広場の騒然とした空気を見渡し、軽く手招きする。


「ここでは落ち着いて話せそうにない。少し場所を移そう」


 ラドクリフがそれに応じ、うなずきながら一行に向けて言葉を投げかけた。


「安全な場所を用意する。必要であればそこを使うといい」


 リリアは軽く礼をして手綱を握り直す。


「わかりました。馬車を一旦置きに行きます」


 その言葉にガレンも頷き、小型の荷馬車を操りながらリリアと共に村外れの馬小屋へ向かっていく。二人の馬車が広場から離れるたびに、残された空気が一層の静寂を伴って張り詰めるようだった。

 ルイーズとクラリスはアウグストの後について歩き始める。アウグストは振り返りながら、ルイーズに低く穏やかな声で語りかけた。


「話したいことが山ほどある。まずは村の状況を見ながら聞いてくれ……」


 クラリスはその後ろに従いながら、広場のざわめきに時折振り返り、不安げな視線を送る。その足取りには、心の中に巣食う警戒心が感じられた。


 その光景を少し離れた場所から観察していたアルヴィンは、リュートを抱え直しながらふと眉を寄せた。彼の視線はルイーズたちの背中を追いながらも、何かを探るように鋭く研ぎ澄まされていた。


「……妙だ」アルヴィンは誰にともなく囁いた。


 彼の指が無意識にリュートの(げん)を撫でると、その瞬間、微かな音が静寂を破るように響いた。それは決して目立つものではなく、星霧(せいむ)の森の奥深くで囁かれる風の音を彷彿とさせる、どこか不思議な響きだった。

 その音が、まるでアウグストの歩みに調和するように響くと、アルヴィンは一瞬息を呑んだ。彼の心に浮かんだのは、星霧(せいむ)の森で感じたあのかすかな導き――それが今、自分を通じて再び現れたような感覚だった。


「この男……」


 アルヴィンは目を細め、アウグストの背中を追い続けた。リュートの微かな響きが胸の奥に広がり、彼の心に警告とも予感とも取れる謎の感情を刻み込んでいく。

 だが、突然、村の街道沿いから大きなざわめきが聞こえた。その音にアルヴィンは反射的に振り返る。

 街道の向こうから、バルグが荷馬車の手綱を握りながら現れた。その大柄な姿は泥と血にまみれ、馬の歩みも遅くなっている。荷台には負傷した兵士たちが横たわり、歩ける者たちは彼の後に続いていた。彼らの顔には疲弊と恐怖が浮かび、その体には戦いの痕が刻まれていた。


「バルグ……!」アルヴィンは息を呑む。


 その場に居合わせたラドクリフが目を見開き、素早く周囲に指示を飛ばした。


「衛生兵を呼べ!負傷者たちを迅速に収容するんだ!」


 彼の声が響くと同時に、帝国兵の数名が動き出し、負傷兵を手際よく荷台から下ろして応急処置を始める。

 ガレンとリリアが馬小屋から駆け戻り、バルグのもとへ駆け寄る。リリアは目を見開きながら息を切らせて声をかけた。


「無事だったのね!」


 ガレンも力強くバルグの肩を叩き、その表情に安堵が浮かんでいた。


「よく戻った。お前の腕前がなければ、彼らはここにたどり着けなかっただろう」


 バルグは肩で息をしながら、頬をかすかに赤らめつつ短く頷いた。


「間に合っただけだ。彼らも必死に戦った」


 その場の状況を見守っていたラドクリフがゆっくりと近づき、バルグの姿を改めて見定めるようにじっと見た。その鋭い視線には、一瞬の驚きと感心の色が浮かんでいる。


「彼が……バルグといったな?」


 ラドクリフがガレンに問いかける。


「ああ、そうだ。俺たちの仲間で、誰よりも腕の立つ戦士だ」


 ガレンは誇らしげにバルグを紹介した。その言葉には確かな信頼と敬意が込められていた。

 ラドクリフはその場でバルグの前に立ち、真剣な眼差しを向けた。


「君の勇敢さに敬意を表する。自らの危険を顧みず、仲間を救い出すその行動は、帝国の聖騎士として学ぶべき模範だ」


 バルグは軽く頷きながらも、無愛想な口調で短く応じた。


「俺がしたのは当然のことだ」


 その言葉にラドクリフはわずかに微笑み、深く頷いた。


「当然であろうとなかろうと、結果は人の命を救った。それ以上に価値のあるものはない」


 その場の緊張がわずかに緩む中で、アルヴィンは静かにリュートの(げん)を撫でながら呟いた。


「英雄は言葉より行動で語るものさ。いい詩が書けそうだな」


 ラドクリフが振り返り、低い声で一行に告げた。


「ついて来い。話はテントでしよう」


 彼の背後には、帝国兵たちが忙しなく動き回り、負傷者を運び込む姿があった。村全体が不安と混乱の渦中にある中、彼の声だけが冷静さを保っているように響いた。

 ガレン、バルグ、アルヴィン、リリアは互いに短い視線を交わしながら無言で頷き、ラドクリフの後を追った。道中、リリアがちらりとバルグに目を向け、静かに問いかけた。


「無理はしないでね」


 バルグは鼻を鳴らし、短く答えた。


「俺は平気だ」


 ラドクリフが一行を連れてきたのは、広場の一角に建てられた急ごしらえの簡素なテントだった。薄汚れた布地が四方を覆い、内部には粗末な木製の椅子とテーブルが並べられている。テントの周囲では、負傷兵を抱えた衛生兵たちが慌ただしく動き回り、負傷者たちの呻き声や指示の声が飛び交っていた。

 その音に紛れて、うっすらと焦げた肉の匂いが漂ってくる。外に設けられた焚き火のそばでは、応急処置のための湯が煮立っていた。

 テントの中に入ると、アウグストがすでにルイーズとクラリスと共に待っていた。彼はルイーズに向かって熱心に何かを語っていたが、入り口にバルグの姿が見えると、言葉を止めてそちらに目を向けた。


「バルグ!」


 クラリスが思わず声を上げ、椅子を蹴るようにして立ち上がる。彼女は思わず顔をほころばせ、バルグの腕を掴むようにしてまじまじと見つめた。


「本当に無事だったのね……!」


 ルイーズも立ち上がり、やや控えめながらも微笑みを浮かべて言った。


「よかったわ。あなただけが戻らなかったら、どうしようかと思った」


 バルグは二人の視線を受け、少し照れくさそうに鼻をかく。


「大したことじゃないさ。ただ、少し寄り道をしただけだ」


 だが、その言葉とは裏腹に、彼の頬がわずかに赤くなっているのをクラリスは見逃さなかった。

 その場の和やかな空気を破るように、アウグストが咳払いをした。彼の鋭い視線が全員を引きつけ、短い沈黙が訪れる。

 ルイーズは一瞬視線をアウグストに移し、すぐにバルグに向き直った。


「この方は神聖国セントリスの筆頭(ひっとう)神聖術師、アウグスト様。同盟軍全体の指揮を取られている方よ」


 ルイーズは、言葉を選びながらも、親しみを込めてバルグに説明した。その声には、彼女自身の信頼が込められていた。

 その紹介に、バルグは一瞬驚いたように目を細めたが、短く頷いて答えた。


「俺はバルグだ。話の邪魔をしたみたいだな」


 アウグストが軽くうなずき、柔らかな笑みを浮かべる。


「バルグ、君のことはすでに聞いているよ。負傷者を連れて村まで戻ってくれたそうだな。感謝する」


 バルグは照れくさそうに肩をすくめ、ガレンがその背中を軽く叩いた。


「褒められてるんだ。素直に受け取れ」


 一行が椅子に腰を下ろし、ようやく落ち着きを取り戻した頃、ラドクリフが席を立ち、地図を広げると、テント内の空気が一気に重くなった。地図には赤く塗られた南方の戦場が目を引き、その周囲に描かれた幾つもの黒い矢印が帝国軍の動きを示していた。

 彼は低く落ち着いた声で状況を説明し始めた。


「南方の戦場で何が起きたのか、順を追って話す」


 その言葉と共に、空気が一変した。テントの中には再び緊張感が漂い、全員の視線がラドクリフに集中する。彼の声が低く響くたびに、テント内の空気がじわじわと張り詰めていくのがわかった――。

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