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星の織りなす物語 Styx  作者: 白絹 羨
第三章:出会い
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 ガレンの声が部屋の空気を引き締めるように響く。その声には、失った祖国への悔恨かいこんと、再建への固い決意が滲んでいた。


「俺は、セリオナの復興を目指していた。そのためには、アンデッドを一掃しなくてはならないと思った。俺とバルグだけでそれは簡単にできると考えていたが、考えが甘かった」


 彼の言葉が静かに響く中、クラリスはポットを傾け、紅茶を注いでいた。立ち上る蒸気が柔らかな香りとともに漂い、部屋の隅々まで行き渡る。


「アンデッドは、手だけでも動いていた。骨を砕き、肉をつぶしてようやく止まる。急所は脳だ。奴らの脳を破壊すれば動きが止まる。だが、操られているというより、どこか自立して動いているように感じた」


「それで?」


 ルイーズが柔らかいが鋭い声で促す。灰色の瞳がガレンをじっと見据え、その先を探るように光る。


「その時、霧の中から漆黒のスケルトンが現れた。彼女は名乗った。クイーン・セリオナ・リュミエールだと」


 全員の目がガレンに向けられ、部屋に一瞬静寂が訪れた。ポットを微かに置く音が響く。


「アンデッドたちは、彼女を敬うように動いていた。まるで、彼女が彼らを支配する女王であるかのように」


 ティーカップを持ち上げたルイーズが、一口紅茶を飲む。その仕草は滑らかで、冷静な視線がガレンの言葉を貫いていた。


「それが事実なら、非常に興味深いわ」


 ガレンは短く頷き、続けた。


「バルグもその場にいた。バーサーカーとしての力を解放して戦った。しかし……」


 ガレンの声が詰まり、視線がテーブルに落ちる。沈黙を破るように、バルグが低く言葉を紡いだ。


「一撃も通らなかった。俺は確かに奴の骨を打った。渾身こんしんの一撃だった。だが、奴の漆黒の骨はヒビすら入らなかった。あれは魔法で保護されているわけじゃない。本物の固さだった。あれを倒す方法はない」


 彼は拳を握り締め、苦悶くもんの表情を浮かべながら続けた。


「奴が動いた瞬間、全身が漆黒の刃に刺し貫かれたようだった。恐怖だった。俺はその恐怖に抗おうとしたが、逆に力が抑えられなくなって……」


 ルイーズはその言葉に応えるように目を細めた。その瞳は冷静でありながら、鋭い興味が垣間見える。


「その恐怖は彼女自身の力かしら?それとも、さらに上位の存在の影響?」


 バルグは一瞬目を伏せたが、力強く首を振った。


「わからない。ただ……あれは、圧倒的な存在だった」


 ルイーズは軽く頷き、問いを続けた。


「彼女はあなたに何か言ったの?」


 バルグの声が低く響く。

『無謀なる者』、『呪われた(たみ)』……それから、『哀れな』と静かに言い放った


 その言葉を吐き出した瞬間、バルグの肩がわずかに震えた。胸に押し込めた苦しみが、言葉とともに滲み出ているようだった。


「俺の(いか)りも力も、すべて見透かされたようだった」


 ガレンは静かにバルグの肩に手を置き、囁くように言った。


「大丈夫だ。もう終わったんだ」


 その言葉に応じるように、バルグの膨張しかけた筋肉がゆっくりと静まっていった。

 ルイーズはティーカップを持ち上げ、軽く口をつけた。その仕草は滑らかで、静かに揺れる灰色の瞳には、まるで答え合わせをするような静かな光が宿っているようだった。


「呪われた(たみ)……哀れなものね」


 彼女の静かな言葉は、工房に漂う紅茶の香りと共に静かに降り注ぎ、緊張感を深めていった。

 ルイーズはティーカップをそっと置き、視線を全員に向けて語り始めた。


「アンデッドについては、ひとまず心配いらなそうね。クイーン・セリオナ・リュミエール――賢明な方よ。さすがだわ」


 その言葉に、ガレンとバルグが身を乗り出しかけるが、ルイーズは軽く手のひらを見せて制止する。


「待って。話は最後まで聞いて」


 彼女の声が再び部屋の空気を支配する。


「彼女は最近目覚めたばかり。間違いないわ。そして、彼女を召喚した上位の存在がいるはずよ。彼女と同じような古き王が他にもいる。アンデッドは組織的に動いているの」


 その言葉に全員が息を呑む。ルイーズは一拍置き、冷静な声で続けた。


「今の話を聞いて確信したわ。彼らは古き王を復活させ、その王にアンデッドを統治させて新たな国を作ろうとしている。その統治者には知性が宿っている。だからこそ、暴走するだけの存在とは違う――不幸中の幸いだわ」


 部屋に重い静寂が漂っていた。アルヴィンはそっとリュートを手に取り、指先で(げん)を軽く撫でる。最初は静かな音色が、ひとしずくの水が広がるように空間を包み込む。その調べが少しずつ(ちから)を増し、張り詰めた空気を解きほぐすように響く中、自然と全員の目が彼に向けられた。

 だが、ルイーズだけは目線を動かさない。アルヴィンはそのことに気づき、わずかに笑みを浮かべた。そして、旋律に力強いアクセントを加えると、彼女が初めて視線を向けた。


「僕たちが森の霧の中で出会ったのは、ただのアンデッドの王じゃない。彼女は闇の奥深くに眠る魂を見渡し、光を忘れた者たちに新たな名を刻む存在だった」


 彼の声は低く穏やかだが、その言葉はどこか魂を震わせる響きを持っていた。リュートの旋律がその語りに優雅な彩りを加え、部屋全体を引き込んでいく。


「彼女の瞳は赤い炎。その光は凍りついた闇を裂き、僕たちの影を映し出した。その声は鋼のように硬く、優雅な調べを紡いでいた」


 一度演奏を緩め、言葉を区切る。その間、リュートの静かな音が余韻となり、聴く者の心に語りかける。


「彼女はこう言った――『生きる者よ、守るべきものを見失うでない』と。その言葉は、僕たちの心の奥深くに届き、震わせた」


 再び音色が強くなり、語りに力が込められる。アルヴィンは顔を上げ、全員を見渡すように目線を巡らせた。


「僕がその名前を引き出したんだ。クイーン・セリオナ・リュミエール――その名を刻んだのは、僕だ。忘れているんじゃないかい?」


 言葉が終わると、最後の和音がゆっくりと消え、工房の空間は再び静寂に包まれた。だが、その静けさは重苦しいものではなく、語りと旋律の余韻を咀嚼するような深いものだった。

 ガレンとバルグは戸惑いの表情を浮かべ、何か言いたげに視線を交わした。その中でクラリスは、静かにティーカップを口元に運び、一口紅茶を含んだ。その仕草はいつもと変わらないように見えたが、彼女は一瞬目を伏せ、再び顔を上げると何事もなかったかのように振る舞った。

 アルヴィンの語りが終わり、再び部屋が静けさを取り戻した時、ルイーズは彼をじっと見つめた。その灰色の瞳は、ただ冷たいだけではなく、どこか興味と感嘆が入り混じっているようにも見える。


「記録としては使えないけれど……美しいわ」


 その言葉に、アルヴィンは満足げにリュートを抱き直し、肩をすくめて軽く笑った。


「記録なんてものに縛られるのは詩人のやることじゃない。記録するのは君たちの役目さ、ルイーズ」


 彼の声には冗談めいた響きが混じっていたが、その瞳には確かな自負が宿っていた。

 ルイーズはティーカップを持ち上げ、軽く口をつけた。その動作は滑らかで、静かに揺れる灰色の瞳には、答え合わせをするような静かな光が宿っているようだった。


「あなたがクイーン・セリオナ・リュミエールと親しそうでよかったわ」


 彼女の言葉には、褒めているようでどこか冷ややかな響きが混じっていた。アルヴィンは一瞬眉をひそめたが、すぐに肩をすくめて軽く笑った。


「そうさ。親しいとも。彼女は僕を詩人と認識してくれたんだ。そりゃあ、僕の魅力には誰も抗えないからね。死者の女王だろうと例外じゃないさ」


 彼の軽口に、ガレンとバルグはわずかに肩をすくめた。だが、アルヴィンの軽口をよそに、ルイーズがすかさず言葉を放った。


「私をクイーン・セリオナ・リュミエールに会わせて」


 その静かな言葉は、まるで凍てついた刃のごとく空気を裂いた。

 アルヴィンの笑みがぴたりと止まり、リュートを抱える手が微かに震える。ガレンは驚きのあまり豪快に紅茶を吹き出し、バルグは椅子を軋ませて立ち上がりかける。クラリスの手元のティーカップが、大きな音を立てた。


「……何だって?」


 全員が揃って同じ言葉を口にする。彼らの声はかすれ、意識せずに漏れた言葉のようだった。

 ルイーズは冷静に彼らを見渡し、灰色の瞳をわずかに細めて、まるで事前に答えを知っているかのように静かに言葉を続けた。


()()と話がしたい。直接、その赤い炎の瞳を見て、聞きたいことがあるの」


 工房に沈黙が降りた。紅茶の余韻が空気を満たす中、子供たちの寝息が静かに響く。その穏やかな空間に、ルイーズの言葉だけが異質な鋭さを放っていた。


 — 第三章終 —

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