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星の織りなす物語 Styx  作者: 白絹 羨
第二章:旅の始まり
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 村の広場は、夕方の陽光に照らされていた。暖かな光が地面の影を長く引き伸ばし、難民たちが荷物を整えたり焚き火を囲む姿が穏やかな時間を彩っていた。どこか活気を取り戻したその空気の中、三人は村の外れにある古びた木の下に集まっていた。


「さて、これからどうする?」


 アルヴィンがリュートを軽く撫でながら切り出した。声の調子はいつも通り軽やかだったが、その視線には真剣な光が宿っていた。

 ガレンは木に背を預け、腕を組んだまま、しばらく考え込んでいた。その瞳は遠くを見つめている。おそらく、スケルトン――クイーン・セリオナ・リュミエールの言葉が、今も頭の中で響いているのだろう。


『守るべきものを見失うでないぞ。』


 その言葉が何を意味するのかを問い続けた一週間だった。そして、彼はようやくその答えにたどり着いた。


「俺たちは……神聖国セントリスを目指すべきだ」


 ガレンが静かに口を開いたその瞬間、アルヴィンが撫でていたリュートが微かに音を奏でた気がした。(げん)を弾いた覚えはない。それでも、まるでリュート自身が応えるように響いたその音色に、アルヴィンは一瞬、手を止めた。


「セントリス?」


 アルヴィンは囁きのことを思い出し、目を細めながら訊き返す。その口調には興味が混じりつつも、どこか探るような響きがあった。


「そうだ。セントリスだ。帝国に次ぐ発展を遂げていると聞く。そして……学問では世界一といわれる都がある国だ」


 ガレンはゆっくりと続けた。


「俺は、これまでの人生で多くを失った。その中で、お前たちを含めて、共に生きる人々の大切さを知った。そしてスケルトンはこう言った。『何を選ぶかが、お前たちを決める』と」


 彼は一度目を伏せてから、再び二人を見据えた。


「俺はこれから、人々を導くための力を磨きたい。難民たちを安全な場所へ導くのも、その一歩だと思う」


 その言葉に、アルヴィンが顎に手を当てて考え込んだ。


「なるほどね。でも、神聖国セントリスは大きな都市が多い。その賑やかさにお前は耐えられるのか?」


 ガレンは短く笑いを漏らした。


「私は王子だぞ」



 村の広場に立ったガレンは、人々を見渡して静かに口を開いた。


「聞いてくれ。俺たちはこれから神聖国セントリスを目指す」


 その声はひと時の休息をしていた難民たちの耳にしっかりと届いた。


「セントリスは学問の国で、多くの知識と発展がある場所だ。そこには、これから新しい生き方を見つけるための機会がある。そして俺は、共に旅をする仲間を探している」


 広場に人々が集まってきて、全員がガレンに注目している。


「この村で(とど)まることを選んでもいい。だが、もしお前たちの中に、新しい道を探し、一歩踏み出したい者がいるなら――俺たちと一緒に来てほしい」


 ガレンの言葉に、誰もすぐには動かなかった。しかし、一人の少年が勇気を振り絞るように手を挙げた。


「俺、行きたい!」


 その声を上げたのは、親を亡くしたばかりの少年だった。震える声ながら、その目には決意が宿っていた。


「俺、一人になっちゃったけど……でも、セントリスで何かを見つけられるかもしれない」


 ガレンは少年に優しく頷き、声をかけた。


「一緒に行こう。お前のその勇気が、きっと道を開く」


 その言葉をきっかけに、他の親を亡くした子供たちも次々と手を挙げ始めた。


「俺も行くよ!」

「こんなところで(くすぶ)っているより、新しい場所で生きたいんだ」

「私も……本を読むのが好きだから、学問の国ってどんなところか見てみたい」


 最後に、静かに立ち上がった一人の女性がいた。彼女は夫を亡くし、小さな子供を胸に抱いていた。


「私も連れて行ってください……この子に新しい未来を見せてやりたいんです」


 その言葉に、ガレンは力強く頷いた。


「お前たち全員を歓迎する。俺たちは共にセントリスを目指し、新たな未来を築くんだ。一人ひとりの力を合わせれば、きっと道は開ける」


 人々の賛同が広がる中、バルグがゆっくりと口を開いた。


「俺も……行く」


 バルグは一瞬ためらったが、深く息をつき、視線をガレンに向けた。


「俺にはまだ……自分を信じることはできない。でも、お前たちは俺を見捨てなかった。それが、俺には答えだ。だから、俺はお前たちを信じる。その力が必要だと言うなら、俺はお前たちのためだけに使う」


 その言葉に、ガレンは深く頷き、アルヴィンは満足げに微笑んだ。

 その場を見守っていたアルヴィンは、ゆっくりとリュートの(げん)を撫でた。その旋律は、自分でも意識せずに紡がれるように響き渡り、風に乗って広場を包み込んだ。指先はただ無心に動き、音色が静かに流れる。だが、その調べはどこか導かれているような感覚を伴っていた。


「この音は……導いているようだな」


 アルヴィンは小さく呟き、目を細めた。リュートが何かを示している感覚に、彼自身も戸惑いを覚える。それでも、音色が自然に流れるままに任せた。

 音程がわずかに変わる。その変化は、広場を見渡す人々の顔にかすかな安堵をもたらすようだった。アルヴィンは一瞬目を閉じ、胸の中で言葉にならない感覚を受け止めた。リュートはまるで、これから進むべき道を暗示するように響き続けている。


「……いいんじゃないか、セントリスへ行くってのは」


 アルヴィンは自分の中で浮かんだその思いを、ただ軽く呟くに(とど)めた。それが自分の考えなのか、それとも旋律に導かれたものなのか、彼自身も分からないままに。


 — 第二章終 —

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