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「ア、アンデッド!」
構造が変化した第八階層を三人で探索していたら、四方にひらけた部屋に踏み込んだ。
そこには先客として、ボロ布のような衣服を身につけた二体のアンデッドがウ~と唸りながら立っていた。訪れた俺たちを虚ろな瞳で見てくる。
すぐにマリスは【収納の魔術】を発動させて、杖を取り出す。
俺も役立つことをアピールするために杖を取り出そうとしたが、事はその前に済んでしまった。
「もう飽き飽きなんだよ! 腐った肉の相手をするのは!」
ディナが両腰のダガーを抜くのと同時に駆け出して、アンデッドたちとの距離を詰めていく。
黒髪をなびかせて二体のアンデッドとすれ違い、銀色の線が幾筋も空中に描かれる。二体のアンデッドは首、胴体、腕、足と解体され、血溜まりをひろげて崩れていった。
瞬時に仕事を終えると、距離をあけたところに立っているディナは両手に握ったダガーを血振りした。
二刀のダガーを鞘に戻そうとするが……その動きが止まる。
険しい顔つきのまま、ディナは構えを解こうとしない。まだ刃を鞘に収めるわけにはいかなかった。
異変に気づいたんだ。依然として、ここには危険が残留している。先ほどまでとは空気が変わっている。
俺は首を動かして、横を振り向いた。
そこには……。
「う、動かないでください!」
右手に握った杖を向けて、ディナに狙いを定めているマリスがいた。
「……なんのつもりだい?」
ディナは底冷えのするような声音で問う。返答次第では、容赦なくマリスの首を刈り取るだろう。
マリスはその殺気に気圧されることなく、ディナのことを睨み返す。臆病者だけど必死に敵意を向けていた。その瞳には、燃えたぎる怒りが込められている。
「クローゼ! バッツ! カルロ!」
杖を握りしめる指先に力を込めて、広い部屋の隅々にまで響くように叫んでくる。
……誰だ? 聞き覚えのない名前に疑念が湧く。
マリスの叫び声を聞くと、ディナの表情が一瞬だけ変わった。でも本当に一瞬だけ。すぐにディナは冷たい無表情に戻る。
「彼らのことを、覚えていますか? 前にディナさんと一緒に島のダンジョンにもぐった冒険者たちです」
鋼のような硬い口調でマリスは名前をあげた人物たちのことを話してくる。感情を押し殺しているが、その瞳は揺れていた。小さな体からは黒々とした憎悪があふれている。
今の情報だけで、いくつかの推察が思い浮かぶ。
真っ先に思い出したのは、ディナに関するよくない噂だ。
「わたしは小さい頃から何をやってもダメで、褒められたことなんてぜんぜんなくて、だけど魔術の才能だけはそれなりにありました。他にできることもなかったから、冒険者になったんです」
ディナに杖を向けたまま、マリスは冒険者として歩み出したきっかけを語る。それをディナは、唇を結んで黙々と聞いていた。
「でも、駆け出しの頃は誰ともパーティを組んでもらえなくて、少しも成果をあげることができなかった」
初心者にはよくあることだ。パーティを組めなくて、なかなか利益を得ることができない。そのまま向いてないと判断して、辞めてしまう人だっている。
「もうダメだって落ち込んでいたときに、クローゼたちはわたしに声をかけてくれた。まだ未熟で、足手まといだったわたしと初めてパーティを組んでくれて、その後も親切に面倒を見てくれた。同業者ってだけじゃなくて、本当の友達だった」
マリスにとって、そのクローゼという冒険者たちは恩人なんだろう。困っているところに救いの手を差し伸べてくれた、数少ない人たち。後輩の世話をする良い冒険者であることがうかがえる。
「一年前、クローゼたちはディナさんと臨時のパーティを組んで、ダンジョンにもぐりました。そしたらどういうわけか、ディナさん一人だけが帰還した! クローゼたちは三人は、二度とダンジョンから戻ってこなかった!」
マリスは憎々しげな眼差しをディナにそそぐ。いつ殺し合いが始まってもおかしくない、一触即発の空気が漂う。
そんな過去があって、ディナの悪い噂を耳にしたなら、この状況は納得のいくものだ。
「あ、あなたが、クローゼたちを手にかけたんじゃないですか? ディナさんが、噂になっている冒険者殺しだとしたら!」
「……だとしたら、どうだってんだい?」
「そ、そうだとしたら、みんなの仇を討ちます!」
マリスは目力を強めると、この場でディナを倒すことを宣言する。
だけどディナは、杖を向けられていることも意に介さずに、わずかだが足を前に進めてきた。
「う、動かないでって言ってるじゃないですか!」
杖の先が青い光を灯す。【攻撃の魔術】が放たれる。青い閃光が走り、ディナの足元のそばで地面が弾けて土煙があがった。
マリスの決意は本物だ。この場で復讐を果たすつもりでいる。
けどまだ、ディナの口から直接説明はされていない。どうしてマリスの友人たちが生還できなかったのか、真実は明かされないままだ。