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持ちあげる足が、いつもより鈍重に感じる。
『死者の栄光』の第七階層から第八階層につながる階段をディナやマリスと共に降りていく。
呼吸がきつくて、喉が渇いた。アンデッド化の呪いが徐々に肉体を蝕んでいる。階段を降りる度に、足元がぐらつかないか心配になる。
まだ時間はある。どうにか無事に、『回復の泉』まで行けそうだ。
第八階層に降りてしばらく進んだら、この二人とは別れよう。
「さっきから具合が悪そうだね」
先頭を歩くディナがこちらを振り返って、声をかけてきた。
「何かわたしたちに言えない、やましいことでもあるのかい?」
獲物を前に舌なめずりをする獣のような、いやらしい笑みを向けてくる。
「そろそろ疲れが出てきたのかもな」
ニヘラァと薄っぺらく笑って誤魔化す。動揺を表に出すことはしない。
「へぇ~、そうかい。そういうことにしておくよ」
クヒヒヒヒと笑うとディナは正面に顔を向ける。俺の言うことなんて、これっぽっちも信じていなさそうだ。
「え、えっと、疲れているのなら、少し休憩を……」
オドオドしていたマリスが提案するが、その言葉は途切れてしまう。階段を最後まで降りきり、第八階層にたどり着いたからだ。その光景を目にして、絶句していた。
ディナも一瞬だけ面食らうと、足の動きを止める。
俺も自分の運のなさに嫌気が差してしまう。
『死者の栄光』にもぐる前に商店で購入しておいた最新の地図では、第八階層に降りてしばらくは直線の通路が続くことが記されていた。
ところが、いま俺たちの目の前にあるのは、ネズミが地中に掘った巣穴のような複数の分かれ道が伸びた通路だ。
地図の内容はディナとマリスも記憶していたようで、二人とも現実との差異に驚いている。
「第八階層の構造が変化しているみたいだね」
島のダンジョンに起きる特異な現象。フロアの構造変化が起きていた。
冒険者にとっては芳しくないことなのに、この状況を楽しむようにディナは破顔している。
その一方でマリスは「あっ、うっ、あぁっ」とろれつが回らずに当惑していた。
これはまずいな。というか最悪。記憶していた地図の内容が無意味になって、『回復の泉』までの道のりがわからなくなった。もしかしたら『回復の泉』そのものが、第八階層から消失したかもしれない。
内心を悟られないように、うまく笑えているだろうか? あまり自信はない。
「上のフロアはぜんぶ構造が地図と同じだったからね。たぶんこの第八階層だけが構造変化したんだろうさ。下の方は、運がよければそのまんまだろうよ」
保証はない。だけど第九階層と第十階層は地図のままだろうとディナは推察を口にする。
俺としては、これ以降の階層がどうなっていようと興味はなかった。第八階層さえそのままなら、それでよかったのに。
第十階層にも『回復の泉』はあるが、第八階層が構造変化していなくても、ここから目指していてはとても間に合わない。たどり着く前にアンデッドになってしまう。
「進むんなら、下の階層に続く道を探るしかないね。それともビビって引き返すかい?」
試すようにディナは俺とマリスを見ながら問いかけてくる。
もしもアンデッドに噛まれていなければ、踵を返していただろう。だけど、肉体は蝕まれ続けている。状況がそれを許してはくれない。
「その選択はないな」
精一杯の笑顔で答える。時間のあるかぎりは、第八階層の『回復の泉』を探すしかない。
「す、進みます!」
マリスも両手で拳をつくって気炎をあげる。ダンジョン攻略を諦めるつもりはないみたいだ。
望んだ解答を得られたディナは白い歯をこぼして笑うと、構造が変化した第八階層の通路を進んでいく。俺とマリスも、その後に続いた。
胸を叩く心音が早くなる。予想外の出来事に焦っている。
このままでは、アンデッドになってしまう。その未来が現実味を帯びてきて、刻一刻と迫っていた。