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「魔物がいたら始末しておくよ。それがアンデッドじゃなきゃ、ラッキーなんだけどね」
クヒヒヒヒと笑いながら、ディナは偵察のために一人で灯火が照らす通路の先に消えていった。
ディナが戻ってくるまで、俺とマリスは待機だ。二人きりになると、急に周りが静かになって沈黙が流れる。
気まずい。マリスはアワアワしながら、小さな唇を開けたり閉じたりしている。
わかるよ、その気持ち。よく知りもしないヤツと二人きりとか、勘弁してほしいよね。
アンデッド化の呪いのせいで相変わらず気分は悪い。それを気取られるわけにはいかないので、なるべく表情では平静を装う。
仲良くしたいことを示すために、ニヘラァと笑いかけておく。
マリスはつぶらな瞳を大きくすると、逃げるように視線をそらしてきた。
……失敗だった。
「あ、あの、ザインさん!」
大人しく黙っていようとした矢先、意外にもマリスの方から声をかけてきた。浮かべていた笑みが、ちょっと剥がれそうになったよ。
「なんだ?」
「え、えっと、その……ディナさんのこと、どう思います?」
マリスが定まらない視線でこっちを見ながら聞いてきたのは、ここにはいないディナのことだった。
どう思うと聞かれても、困ってしまうな。とりあえず率直な印象を述べておく。
「かなり強い冒険者だな。さっきアンデッドの首を斬った動きは見事だった」
あれほど鮮やかな身のこなしができる冒険者は、数えるほどしかいない。ディナがいれば、ダンジョン攻略は格段に楽になるはずだ。
だけどマリスが聞きたいのは、きっとそういうことではない。
「実際ディナさんは、わたしが知る冒険者のなかでも随一の実力者です。他の冒険者が束になっても敵わないと思います。強さだけなら、高評価を受けてますし」
ディナは冒険者として名声を得ている。あれほど戦闘能力が高ければ、それも納得がいく。
「だ、だけどディナさんには、気をつけたほうがいいです!」
本題はここからだ。
マリスはグッと眉間に力を込めると、半歩だけ足を前に進めて距離をつめてきた。
「もしかして、ディナの周りにはよくない噂でもあるのか?」
マリスは目をそらさないように努力しながら、こっちを見たままコクッと頷いた。
「ディナさんと一緒にパーティを組んで、ダンジョンにもぐった冒険者たちがいたそうなんですけど、そのとき帰ってきたのはディナさん一人だけだったらしいです。それに、他の冒険者たちの装備品や宝を奪ったりもしているって」
口にする内容がどれも不穏なものだからか、マリスは足元を見るように視線を落として沈痛な面持ちをしていた。
「ディナさんに関しては、どこから来たのかも情報がなくって、まったく素性がわかりません。聞いても教えてくれないし」
「冒険者のなかには、スネに傷を持つヤツだっている。話したくないことがあっても、おかしくはないだろ?」
「そ、そうですけど……」
もどかしそうに声をどもらせると、マリスは揺れる灯火に照らされた壁面を横目で見やった。
ごくり、と喉を鳴らすと、マリスは意を決したようにこっちに顔を向けてきた。頬に汗の粒をにじませながら、重たい口を動かしてくる。
「も、もしかしたらディナさんは……冒険者殺しかもしれないです」
それは冒険者たちにとって不都合なものであり、ゾッとする呼び名でもある。
「冒険者殺しって、たくさんの冒険者を手にかけているヤツのことだよな?」
「は、はい。わたしも噂でしか聞いたことがないですけど、その人物に多くの冒険者が命を奪われているって」
島の外でも何度か耳にしたことがある。冒険者を狩っている冒険者がいると。魔物ではなく同業者を手にかけてくる、忌み嫌われた存在だ。
ソイツが何よりも特徴的なのが……。
「その冒険者殺しは、なんでも妙な術を使ってくるそうです。それで誰も抵抗できなくって、やられちゃうって」
妙な術。そんな得体の知れないモノを使ってくるのが、冒険者殺しと呼ばれるヤツだ。
灯火の明かりを受けたマリスの顔は青ざめていた。自分が殺される姿でも想像したのかもしれない。
「もしかしたらディナさんは、密かに同業者を手にかけているのかも。さっき言った悪い噂が本当だとしたら……」
ダンジョンのなかで冒険者を狩っている。そんなよくない妄想がマリスの胸中をざわつかせる。
一概に冒険者といっても、善人ばかりではない。ダンジョンでの危険は魔物やトラップだけとは限らない。時には冒険者が冒険者を襲うことだってある。
所持している宝や装備品が目当てのこともあれば、快楽のためだけに殺すという危ないヤツまでいる。全てはダンジョンのなかで起きたことなので、上手く隠し通していれば表沙汰になることはない。
噂の冒険者殺しじゃないとしても、そういった手合いはどこにだっている。この島だって例外ではない。
そういう危険も承知の上での商売だ。冒険者なんてやっているかぎり、常に死とは隣り合わせにある。
でもマリスがディナを怪しんでいるのなら、一つ疑問が生じる。
「危険かもしれない女とわかっているのに、マリスはディナとパーティを組んでいるのか?」
冒険者殺しだと疑っているのなら敬遠すべきだ。ましてやパーティを組んで、二人きりでダンジョンにもぐる相手ではない。
マリスは指先で頬を掻くと、不器用に笑ってみせる。
「腕前だけは本物ですからね。他のダンジョンボスを倒しているディナさんなら、『死者の栄光』のボスだって倒せるかもしれない。大きな利益を得るためには、相応のリスクを背負わないといけませんから」
「そんなもんかね」
ダンジョン攻略のためなら、自分の命を危険に晒すことだってできる。マリスは冒険者としての心構えができているようだ。
まぁ、出会ったときにアンデットを処理した手際が見事だったのは、何もディナにかぎった話ではない。魔術師としての技量は【攻撃の魔術】を見れば大体わかる。
あのとき、アンデッドを射抜いた青い光は速度も威力も相当なものだった。仮にディナが襲ってきたとしても、マリスはただやられるだけでは済まさないだろう。
一見するとマリスは頼りなくて挙動不審だが、魔術師としての腕前は上等なものだ。ディナがパーティを組むことを了承したのも、そういった理由からだろう。
「どっちにしても、ディナさんは凄腕の冒険者です。その気になれば、いつだってわたしたちを殺せるはずですよ」
胸の奥から湧きあがる不安を口に出すと、マリスは上目づかいになって見あげてくる。
「ザインさんも、死にたくなければディナさんの機嫌を損ねるような真似だけはしないほうがいいです。そこさえ気をつけていれば、無事に地上に帰れるはずですから」
マリスなりに、俺を気づかってくれている。
ありがたい助言なので、感謝の意味を込めて笑っておいた。案の定、すぐに目をそらされてしまったが。マリスとの友好関係を築くのは難しい。
しかし参ったな。助言はありがたいけど、ついさっき挑発を受け流したせいで、ディナの機嫌をだいぶ損ねてしまった。
もしかしたら気づかないうちに、自分を崖っぷちに追い詰めてしまったのかもしれない。
アンデッドになる前にディナに殺されたら、こんなふうにヘラヘラと笑うことだってできなくなる。




