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 石壁に囲まれたほの暗いダンジョンのなかで聞こえてくるのは、三人分の足音だけだ。他の冒険者や魔物の足音は聞こえない。この辺りにいるのは俺たちだけみたいだ。


 先頭に立つディナが直線の通路を進み、その後ろを俺とマリスがついていく。戦闘能力が高い冒険者が前にいてくれるだけで、危険がつきまとうダンジョンでも安心感が得られた。


「ザイン。わたしはアンタのことを知らないけど、最近この島にやって来たのかい?」


 前を歩くディナが首だけ動かしてこちらを振り返り、笑みを浮かべながら聞いてくる。


 探るようなその眼差しには寒気を覚えるが、表情には出さずにこっちも笑ってみせた。


「あぁ、そうだな。この島に来てから、数ヶ月ってところだ」


 島外から訪れる冒険者は珍しくない。俺の他にも山ほどいる。


「へぇ、そうかい。それなりに島では活動してたんだね。なのに名前が売れるほどの功績はあげてないってわけだ」


 ディナは鋭い視線を向けたまま、唇をつりあげる。値踏みを終えて、俺が取るに足らない相手だと嘲っていた。クヒヒヒヒという笑い声は、こちらを見下す悪意に満ちている。


「アンタ、冒険者に向いてないんじゃないかい?」


 おまえがダンジョンにもぐるのは無意味だと、真正面から否定の言葉をあびせられる。


 よくない空気が流れ出すと、隣にいるマリスが顔を強張らせてアタフタし、仲裁すべきかどうか迷っていた。


 なるほど。こういう展開を予想していたから、マリスは俺を同行させるのに乗り気じゃなかったのか。


 こっちが挑発に乗るのをディナは望んでいるようだが、顔に浮かべた笑みを剥がすことはしない。


「こんなんでも一応は地道に冒険者をやれている。行ったことのない場所を自分の足で歩くのは楽しいもんだ。腕が立つかどうかは別として、性に合うとは思っているよ」


 ニヘラァと笑いながら挑発を受け流す。呪いを受けている状態で同業者との揉め事なんてまっぴらだ。


「どのみち生活のためには、冒険者として金を稼がないといけない。他にできることなんてないからな。読みたい本を買うのにも金がいるし」


 それが冒険者を生業としている理由だ。知らない土地を巡りながら、金を稼いで生きていかないといけない。


「見た感じ、そっちはかなり腕が立つようだが……」


 と、言いかけたところで言葉が止まってしまう。


 こちらを振り返っていたディナが長いまつ毛を伏せて、身が凍るような冷たい眼差しで射抜いてきたからだ。


「……おもしろくないね。本当に殺しそうになったよ」


 殺意が湧いたことを告げてくると、ディナは黒髪をなびかせて正面を向き、さっきよりも歩く速さをあげてくる。


 挑発に乗らなかったのが、よっぽどお気に召さなかったらしい。


 とりあえず俺は、ヘラヘラと笑っておいた。


「え、えっと! わたしもザインさんを見かけたことがないです! ど、どういった経緯で島にやって来たんですか?」


 俺たちのやりとりを聞いていたマリスは、少しでも空気を良くしようと口早に質問をぶつけてくる。無理に同行させてもらっている身としては申し訳ない。


「北方大陸のほうからいろんな場所を巡って、この島にやって来た感じだな」


 笑いながら返答すると、マリスは目を丸くしたまま固まってしまう。


 クスっと声がする。前にいるディナが笑っていた。


「冗談にしてはつまらないね。北方大陸は禁忌の大魔術師の手で異界と化しているそうじゃないか? 魔物も凶暴化していて、腕の立つ冒険者でも生きて帰れる場所じゃないはずだよ」


 クックックッとディナは喉を鳴らして笑い声をあげる。


 ディナの言うとおり、北方大陸は一度立ち入れば生きて帰ることのできない異界になっている。


 禁忌の大魔術師があらゆる魔術を実験したのが原因だ。生息する魔物は強化されいて、発動すれば死を招くトラップも設置されている。北方大陸そのものが、大魔術師の工房なのだ。


 魔術の探求のためなら、禁忌の大魔術師は手段を選ばず、多くの人間や自分の弟子たちさえも生け贄に捧げている。


 魔物の支配、死者の蘇生、人造の人間、あらゆる禁忌に手を染めている。


 ことに死者の蘇生は最大の禁忌だ。魔術でも死者を蘇らせることは不可能とされており、その領域に手を伸ばすことは禁じられている。


 禁忌の大魔術師は、その領域にさえ踏み込んでいた。アンデッド化とは異なり、死んだ人間を元の状態のまま復活させようとしている。


 本物の奇跡を起こそうとしているんだ。


「た、確かに、冗談にしか聞こえないですね」


 北方大陸の名前を聞いたマリスは、口のまわりをヒクヒクさせながらぎこちなく笑ってみせる。


「そいつは残念だ。信じてもらえないなら仕方ない」


 ニンマリと好感を持たれるような笑みを浮かべるが、マリスは目をそらしてこっちを見ようとはしない。


 もうマリスが対話を苦手としているのは知っているので、気にすることなく辺りの石壁や地面に目を配る。


「この島に来てから一番驚かされたのは、やっぱりダンジョンだな。他の大陸にあったダンジョンとは完全に別物だ」


 ローランド島の外にあるダンジョンにも魔物が住み着いていて、トラップが仕掛けられていたり、金目の物や宝が隠されていたりする。だけど島のダンジョンのように自動的に魔物を生成して、金銀や宝石を生み出したりはしない。


「それも島の伝承にある、古代の魔術師たちの仕業になっているんだよな?」


 古代の魔術師たち。そう呼ばれる者たちが、この島のダンジョンの生みの親だといわれている。


 数百年前に現れた、不死の王という災厄が一つの大陸に呪いをかけて、『終焉の地』へと変貌させた。大勢の人々が生きた屍になって、草木が枯れ果てていき、大地が異常をきたして地獄となった。

 

 そして『終焉の地』ごと、不死の王を封印するために生み出されたのが、この島にある複数のダンジョンだ。ダンジョンそのものが、古代の魔術師たちの大魔術とされている。


 今でも『終焉の地』は、ダンジョンのなかに封印されているらしい。金銀や宝石は『終焉の地』にもともとあった物が流れ込んできているのではないか、というのが冒険者たちの見解だ。


「そういや噂で耳にしたけど、近ごろ島のダンジョンの様子がおかしいっていうのは、本当なのか?」


「は、はい。本当です。なんだか以前よりも魔物が生成される数が増えてきているし、死神の出現も頻繁になっているそうです。それに、最近はいろんなダンジョンのフロアが構造変化しているって……」


 まだ確信は持てないが、違和感のようなものは冒険者たちも感じ取っているようだ。


 こうして話を聞いてみると、改めてこの島のダンジョンが異質だとわかる。島外のダンジョンでは、死神なんていう怪物は出てこない。


 それに階層内の構造が丸ごと別のものに変化するだなんて常軌を逸している。そんな常識外れなことが、この島のダンジョンでは起こりえる。


 階層の構造変化が起きれば、記憶した地図の道順は無価値になる。そのせいで生還できなかった冒険者も数知れずだ。


「別に疑っているわけじゃないが、本当に不死の王や『終焉の地』なんてものはあったのか?」


 不死の王は、世界に呪いをまき散らし、生きている人間を意識のない不死者に変えて、既に死んでいる者はアンデッドに変えたとされている。『終焉の地』にいた人達も、不死の王さえ現れなければ巻き込まれて封印されることもなかっただろう。


「え、えっと、わたしはこの島の出身で、小さい頃からその伝承を聞かされていますけど、信じているかどうかは人によりけりですね。どんな攻撃も通用しない不死の王なんてものが、実在したなんて思えないですし」


 あはは、とマリスは苦笑する。どうやら、みんながみんな伝承を信じているわけではないようだ。


「そういえば不死の王は絶対に倒すことができないんだったな。無敵の結界を張っているから、聖剣で斬り裂いて『終焉の地』ごと封印するしかなかったって」


「は、はい。でも、それだって眉唾ですけどね。わたしは島にある伝承は、島外から人を呼ぶために生まれた作り話だと思っています。この島のダンジョンは伝承とは違う、もっと別の仕組みで造られたもので、不死の王や『終焉の地』なんてものは初めから存在しなかったんじゃないかって……」


 伝承は島が利益を得るために創作された与太話かもしれないと、マリスは考えているようだ。


 壮大な物語を広めて外部から来訪者を呼ぶなんてのは、客寄せの常套手段の一つだ。名高い聖剣があれば、それを一目見るために大勢の人が集まってくる。人が集まれば金銭が発生する。その聖剣が実は偽物だったなんてのはよくある話だ。


 もっとも、この島の伝承は真偽こそ怪しいが、異質なダンジョンがあるのは事実だ。それを利用して島外から人を呼ぶのは悪いことじゃない。島民だって懐が暖かいほうがいいに決まっている。


「……チッ」


 ディナの舌打ちが聞こえると、マリスはビクッとする。


「ど、どうしたんですか、ディナさん?」


「なんでもないよ」


 こっちを振り返りもせずに、ディナは吐き捨てるように返事をする。その声には険が含まれており、歩くスピードがまた速くなる。


 何がそんなに癇に障ったのか? マリスがオロオロしている。追及すればディナの機嫌は更に斜めになりそうだ。


 俺とマリスは一度だけ顔を見合わせる。でもすぐにマリスはサッと目をそらした。人見知りもここまでくると感心するな。


 俺たちは足を繰り出すスピードをあげて、ディナについていった。




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