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「二人とも、この先の道を通っていくのか?」
「えっ、あっ、はい!」
笑いながら尋ねると、マリスはピンと背筋を伸ばして肯定してくる。
一つ下の第八階層に降りるには、この先の道を行くのが最短だ。
俺がアンデッドに噛まれたところを目撃したのが、この二人のどちらかなら離れたほうがいいだろう。でも今は一秒でも時間が惜しい。回り道をしているヒマはない。
なるべく表情には出さないようにしているが、アンデッド化の呪いの影響で体調は芳しくない。魔術も上手く使えなくなっているので、戦闘にはかなり不安がある。
視線を左腕に落とす。ローブの袖で隠れているが、そこにはアンデッドに噛まれた跡がしっかりと刻まれている。
これからどうすべきなのかを、決断する。
「行き先は同じみたいだな。よかったら途中まで同行させてくれないか? 俺もなるべく金目の物を集めておきたい。アンタらみたいな腕の立つ冒険者が一緒だと心強い」
ニヘラァと友好的に笑いながら、協力を申し込む。
二人のどちらかが目撃者だとしても、まだどう出てくるのかはわからない。しばらく同行して、様子をうかがうのもありだろう。
それで下の階層まで降りたら、タイミングを見て別れよう。もしもそのとき目撃者が俺を狙ってたきたなら……。
そのときは、腹をくくるしかない。
一時的にパーティを組んでほしいという要請を聞くとマリスは。
「うぇあおぇえええええええええ!」
なんか、聞いたこともない声を出して動揺しまくっていた。え? そんなにビックリすること?
「あっ、え、えっと、それはそのぉ……!」
マリスは両腕をパタパタと激しく振りながら言いよどむ。こちらからのお願いは、よっぽど予想外なことだったみたい。
「迷惑なら、別に断ってくれてもかまわないけどな」
もしそうなったら、マリスやディナから少し距離をあけて歩かないといけなくなる。微妙な空気が流れそうだな。
まぁ、いきなり知らない冒険者に同行をお願いされたら嫌だよな。立場が逆なら俺だって困る。主に会話とかできなさそうで。
助けてはくれたけど、歓迎はされていない。というかディナの実力にあやかって、おこぼれをもらおうとしているせこいヤツだと思われているのかも。
俺は役立たずなりに、最低限の協力はするつもりだ。
「別にいいんじゃないかい? 頭数が多くて困ることはないしね。それにどうせ進む先は一緒なんだろ?」
マリスがしどろもどろになっていると、ディナが横目でこっちを見ながら助け船を出してくる。
意外だ。てっきりディナには邪険にされると思っていたのに。でもこの助けに乗らない手はない。
「そうだな。俺もこの先の道を行くつもりだ」
「だそうだよ。こんなところで油を売ってないで、さっさと進んだほうが有意義なんじゃないかい? じゃないと、本当に死神に出くわすことになるかもね?」
ディナはここで長々と立ち話をするのが我慢ならなかったらしい。俺のことなんてどうでもいいから、早く先に進みたいようだ。
「そ、それは……うぅ……」
ディナが死神のことを持ち出して脅しつけても、まだマリスは渋ってくる。よっぽど人見知りなのか、それともヘラヘラと笑っている俺のことを不審人物なのではと怪しんでいるのかもしれない。
俺とディナを交互に見ながら唸ると、ようやくマリスは答えを出す。
「よ、よろしくお願いします」
マリスは頬に汗をにじませながら目をそらすと、ひきつった笑みをつくってくる。
ちっとも歓迎されてないが、了承を得ることはできた。
「あぁ、よろしく頼む」
笑いかけてみるが、マリスは竦みあがって後ろに下がってしまう。信頼度はゼロみたいだ。
「行動を共にするからには、わたしに斬られても文句は言わないこったね。もちろん、そっちから仕掛けてくれてもかまわないよ?」
ディナは首をかしげると、長い黒髪を垂らしながらクヒヒヒヒと笑ってくる。
「はは、遠慮しとくよ」
本当に殺されるんじゃないか? そんな不安が頭をよぎり、冷や汗が背中をなぞる。
うまく笑えているかどうかはわからないが、笑って挑発を受け流しておく。
「デ、ディナさん。そういった冗談は、ほどほどに……」
マリスがオドオドしながらたしなめると、ディナは怪しい笑みをはりつけたまま歩き出した。軽快な足取りをゆるめることなく、先に進んでいく。
「ま、待ってください!」
マリスが急いで走り出し、ディナの背中についていく。
さっきのが冗談であることを切に願うばかりだ。
薄っペらな笑みを浮かべながら、胸を上下させる。
重たい足を動かして、一時的にパーティを組むことになった少女たちを追いかけていく。
俺には俺の目的がある。完全にアンデッドになる前に、目的地にたどりつかないといけない。こうしている間にも、残り時間は迫っている。
そして、あの二人にも目的がある。
ダンジョンボスを倒して、宝を手に入れるという目的だ。
「…………」
しかし、あの二人の目的が果たされることは絶対にない。