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「そういえば、ザインのことをまだ聞いてなかったね」


「俺のこと?」


「わたしのことを知られたんだ。アンタのことも教えてもらわないとムカつくだろ?」


 隣を歩くディナはこっちを横目で見ながら、フンと鼻を鳴らす。


「アンタのことを話しな。目的地に着く前にね」


 目的地に着く前に……。たぶん俺の考えていることを察しているんだろう。ディナはぶっきらぼうに言及してくる。


 不死の王の依り代になっていたときの記憶は、ぼんやりとだがあるみたいだ。ディナは俺が禁忌の大魔術師の弟子であることや、冒険者殺しであることは既に知っている。


 知ってはいるけど、俺の口から直接話を聞きたがっている。


 とりわけ俺の原点。北方大陸にいたときのことを。


「別におもしろい話じゃないがな」


 ディナは真剣な表情になって聞き耳を立てる。後ろにいるマリスも耳をそばだてていた。


 物心がついたときには、弟子ということになっている他の子供たちと一緒に、北方大陸にある師匠の工房で管理されながら育っていた。あそこで戦闘訓練を積まされて、魔術の修練をやって、研究も手伝わされた。 


 師匠からすれば、多くの弟子たちは魔術を探求するための実験材料の一つだったんだろう。それは師匠自身すらも同じだ。研究中の魔術を完成させるためなら、師匠は己を犠牲にすることだっていとわない人だった。


「本気で頭がどうかしてんな。他人の命も、自分の命も大切にしないなんて、腹が立つよ」


 師匠の在り方に、ディナは憤然とする。ずっと不死の呪いをかけられていたディナは、命の重みを軽視する師匠が好きにはなれないようだ。


「あそこでは全てが決められていた。いつ起きて、いつ眠るのか。次の食事は何なのか。今日は何をするのか」


 そこだけで完結している、外部から閉ざされた世界。


「生活には事欠かないから、生きて死んでいくだけなら、十分な場所だったな」


 本当にただ生きるだけなら困ることはない場所だった。自発的な意思さえ持たなければ、あそこは楽園だったかもしれない。


「工房での生活に満足している弟子だっていた。自分で考えて決めなくていいからな。そのことになんの不満も持たずに、幸福だと信じていた」


 全てを他人が決めてくれるから、それに従って生きているだけでいい。実験材料にされることさえも、抵抗せずに受け入れる者がいた。


「わたしからすれば、そんな連中は怠けているだけだね。本気で自分の生と向き合ってないんだ。だから不自由であることに抗いもしない」


 ディナのように心の強い人間なら、抗うことができただろう。どんな苦境にあってもくじけずに、目的に向かって生きることができる。


 そういう人間は希少だ。気ままな旅に出てからも、俺が見てきた人達は大抵が普通の人間だった。ちゃんとどこかに弱さを持っている、普通の人間ばかりだった。


「俺は何もかもが決められていることが、我慢ならなくてな。あそこには自由がなかったから」


 その後はディナも知ってのとおりだ。実験材料にされる前に、この手で師匠を殺した。


 師匠が俺や他の弟子たちを育てていたのは魔術の探求のためだ。そこには愛情なんてものは欠片もない。


 そのことを理解したとき、落ち込むことはなかった。むしろ納得がいった。

 

【魔力干渉】で命を奪うと、俺が完成させたそれを見て師匠は歓喜していた。自分の命が失われるというのに、満足げに笑っていた。


 徹頭徹尾、あの人は魔術師だったということだ。

 

 俺の過去について、ひととおり話し終える。


 聞き入っていたマリスはゴクリと喉を鳴らした。


 ディナは深いため息をこぼすと、半眼になってこっちを見てくる。


「アンタがいろいろとブッ壊れている理由がよくわかったよ。それに……」

 

 まつ毛を伏せてかぶりを振ると、ディナは顔を向けてくる。かすかにだが、唇がゆるんでいる。


「ザインが求めていた自由を手にしたってこともね」


 そのことを、ディナは温かな表情を浮かべて喜んでくれている。不自由だった俺が、自由を手にしてくれてよかったと。


 誰かにそう想えてもらえただけで、胸の奥からうれしさがこみあげてくる。


「目的地まで、もう少しだ」 


 ディナは前を向くと、歩みを進めていく。俺とマリスはその背中を追いかけていった。


 ここに来るまでの道中で、ディナが生まれ育った村があった場所に立ち寄った。そこにあったのは、いくつかの残骸だけだ。誰一人として、そこにはいなかった。


 ディナにとって思い入れの深い場所は、この数百年のうちに失われてしまっていた。


 村があった跡地をディナはしばらく眺めたあと、何も言わずに歩き出した。


 もう待ってくれる人はいない。帰るべき場所もない。


 それでも、たった一つの景色を求めて歩き続けている。 


 そうして三人で草地を踏みながら進んでいき、ようやくそこにたどり着く。


 どこまで広がる青空が、いつもより大きく感じられた。果てしのない海原は、日の光を浴びて白くきらめいている。


 地上には若草と枯れ草が混ざりあった歪んだ風景がある。以前とは違っていて、そこには自分の意思で動いている人達が点在していた。


 ディナが求めていた、故郷の高台から見える景色。


 それを目にしたマリスは、口を半開きにしたまま見入っている。


 封印が解けても、やっぱりどこかおかしな景観なのは変わらない。なのに不思議と目を離すことができない魅力がある。


 時間を忘れて見ていたい。そう思えるほどに。


 彼女の瞳には、この景色はどんなふうに映っているんだろう?


 好きだったというこの景色は。


「……ずっと」


 かすれた声がする。消えてしまいそうなほどの小さな声。


「ずっと、この景色を見たかった。もうこの景色を見ることはないんだって思っていた……」


 黒い髪が風に揺れて、頬の輪郭をなぞるよに水滴がつたう。


「ずっと、ずっと、がんばってきて……。そのための戦いだった。そのための冒険だったんだ……」


 望んでいた景色を目にしたことで、ようやく本当の意味で、彼女はここが自分の故郷なんだと感じることができた。


 何百年も心を縛り続けていた呪いから、やっと解き放たれたんだ。


「もしもまた、この景色を見ることがあるとしても、そのときはわたし一人だと思っていたのにね。こうして誰かと肩を並べているなんて、想像もしてなかったよ」


 片方の目からこぼれる涙をぬぐうことはせずに、俺とマリスのことを見てくる。


 ディナは微笑んでいた。いつもの悪ぶった笑みじゃない。


 きっとこれが初めて他人に見せる、彼女の本当の笑顔なんだ。


 ありがとうと、言葉にはせずに、けれど万感の想いを込めて。


 その微笑みで伝えてくれていた。


 願いを叶えたとき、彼女がどんな顔をするのか、それを見たかった。


 彼女がここからの景色を求めていたように、俺も見たかったものを見ることができた。


 約束は果たされた。


 こうやって誰かと一緒に冒険するのも、たまにはいいもんだ。


「そんじゃあ、ここまでだな」


 ディナのようにきれいなものじゃないけれど、俺も笑顔を浮かべると、足を後ろに引いて下がる。


「えっ、あっ! い、いっちゃうんですか?」


 お別れの意思を告げると、マリスが慌てはじめる。ここで俺が離脱するとは思っていなかったようだ。


「まぁな。島から訪れている他の冒険者たちと同じで、俺もこの大陸を探索したい」


 ディナやマリスとは一時的に行動を共にしていただけであって、正式にパーティを組んでいたわけじゃない。


 本来であれば、『死者の栄光』のなかで別れていたはずだ。それがいまこの瞬間まで長引いていただけの話。


 それに新しい冒険に行きたいというのは本心だ。この広い大地を思うままに散策してみたい。どれほどの危険があるとしても、踏み込んでいきたい。


 俺は自由だから。


 どこにでも、好きなところに、この足で歩いていける。


 自分の意思で、進む先を決めることができる。


 それはとても素晴らしいことだ。


「え、えっと……」


 マリスはどうするべきか迷っている。ディナのほうをチラッと見たかと思えば、俺のほうにも目を向けてくる。それを何度か繰り返すと、「よ、よし!」と言って頷いていた。


 これからどうするのか、マリスも決めたみたいだ。


 ここで俺と別れることを予見していたディナは静かな表情をしている。動揺はない。


 けれど、心なしかその顔が寂しそうに見えるのは、思い上がりだろうか?


「わたしもここにいるよ。封印から解放された故郷を見てまわりたいからね」


 微風に流される黒髪をそっと手で押さえると、ディナは懐かしい故郷を見渡すように、高台からの景色に目をむける。


「ここには、あんまりいい思い出なんてない。意識のないまま、何百年も閉じ込められていた。ここにいたら、呪われたときの記憶がよみがえってきて、たくさん嫌な気持ちにさせられる」


 その度に辛くなる。逃げ出したくなる。


 なのに、湧きあがる負の感情を上回る気持ちを、彼女は持っている。


「それでもわたしは、ずっとここに帰ってきたかったんだ」


 その気持ちだけは誰にも負けない。どんなに苦しい気持ちにされても、この大地を愛している。


 ディナは、ここにいつづける。


「また機会があったら、会うことがあるかもしれないね」


「あぁ、そういうこともあるかもな」


 ここでお別れだけど、さよならは言わない。


 もしかしたら、再会することだってあるかもしれないから。


 こればっかりは縁なので、誰にもわからないな。


 わからないけど、縁があるのなら、また冒険を共にしたい。


 こういうとき、どんな顔をすればいいのか困ってしまう。だから、いつもどおりニヘラァと軽薄に笑ってみせる。


「またな」


 旅先で出会った彼女たちに別れを告げると、新しい冒険に向けて歩み出す。


 振り返ることはしない。


「また、ザイン」


 ディナが別れの言葉をかけてくる。


 もう背中を向けているので、彼女がどんな顔をしているのかは見えない。


 それでも、わかる。


 きっと、そうにちがいない。


 ようやく本当の自由を手にした彼女は、晴れ晴れとしたやさしい微笑みを浮かべている。


 それだけは、自分のことのようにわかった。





最後まで読んで頂きありがとうございました。


少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

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