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 依然としてダンジョンの揺れは続いている。不死の王が消滅しても、既に起きた出来事が収まることはない。


 杖を振ると、左手にある青光の短剣と、天井に展開した無数の【魔法陣】を消した。


 軽く息を吐いて脱力し、仰向けになったディナを見下ろす。


 離れたところで腰を抜かしていたマリスも立ちあがると、ビクビクしながら歩み寄ってくる。地面が揺れているので歩きにくそうだ。


 不死の王が終わりを迎えたことで、依り代となったディナの命もつきていく。


 でも、最後に彼女はかすかな意識を取り戻した。


「……ほら、やっぱりわたしは、良い人じゃなかっただろ?」


 うっすらとまぶたを開けて見あげてくると、ニヤリとしてくる。


 右手を失い、短剣が刺さっていた腹部からは止めどなく血がこぼれていて、肉体は死に向かっている。おぼろげな瞳は、俺たちのことがちゃんと見えているかどうかも怪しい。


 もうディナの肉体が自然に再生することはないんだ。


「これでいい。願いが叶ったから、これで……」


 故郷を地上に戻すという願いは成就した。ディナは穏やかに微笑んでいて、だけどやっぱり簡単には割り切ることができず、その表情にはやるせなさをたたえていた。


「故郷にある高台から、景色を見るって約束、守れなかったね。……それだけは、本当にごめん」


 取り引きの際に俺と交わした約束を守れなかったことを悔いている。ディナにとっては些細なことのはずなのに、それを心残りに感じてくれていた。


 出会って間もない俺とのつながりを軽視せずに、ちゃんと大切にしてくれている。


「……もう一度、あの景色を見たかったよ」


 長いまつ毛が震える。


 少しだけ開いていたまぶたが、おもむろに落ちていく。


 満足なんてしていない。それでもディナは、自分の死を受け入れていた。


 不死の王にかけられた呪いが解けて、彼女は永遠の眠りについたんだ。


「う、う、うぐっ……」


 鼻をすすりながらマリスが涙をこぼしている。復讐するつもりだった相手なのに、その死を目にして胸を痛めている。それはきっと、ディナがどういう人間なのかを知ってしまったせいだ。


「い、今なら、ディナさんの言葉が信じられます。本当にこの人は、クローゼやバッツやカルロに頼まれて、みんなを手にかけたんだって。自分から望んで、みんなを殺したわけじゃないんだって……」


 確証なんてない。もしかしたらディナがウソをついていたかもしれない。それでも友人たちの死の真相は、ディナが語っていた通りのものなんだと、マリスは信じることができるようになっていた。


 もう呼吸をしていないディナを見下ろしながら、腰をかがめる。眠っているその顔を間近で確かめる。


 死んでいるだなんて思えないほどに、きれいな顔をしていた。でもやっぱり悪ぶって笑ってきたり、凶悪に振る舞う言動をしてくるほうが好ましい。


 そういう彼女の力になりたいって、俺は思ったんだ。


 握った杖を、横たわるディナの体に向ける。


「ザインさん? なにを……」


「俺が師匠から頂いたのは【魔力干渉】だけじゃない。マリスも禁忌の大魔術師がどんな研究をしていたのかは、聞いたことがあるだろ?」


「ど、どんなって……え? そ、それって……?」


 噂で耳にはしているが、本当にそれを可能にしているだなんて信じていなかったようだ。なぜならそれは、魔術のなかでも最大の禁忌とされているから。


「師匠は死者の蘇生という領域にまで手を染めていた。完璧じゃないが、一応は【蘇生の魔術】を完成させている」


 俺はそれを頂いて会得している。


 そのことを伝えると、マリスは大罪人でも見つけたように目を剥いて、アウアウと口を動かす。地上にいる魔術師や教会の人間に知られたら、本当に大罪人の烙印を押されることになる。


「アンデッド化とも、不死の王の呪いとも異なる。死者を正しい生者として復活させる魔術だ。けど、さっき言ったとおり完璧じゃないから、条件が厳しい」


 まず死んだ直後でないと効果がない。時間が経過すれば蘇生は不可能になる。


 それにもの凄い集中力を要するので、まず戦闘中は使用できない。


 成功率だってそんなに高くはない。ましてや俺はこの魔術を使用するのは今回が初めてだ。絶対に上手くいくだなんて希望は持てなかった。


「回復系の魔術は苦手なはずなのに、どういうわけか、これだけは覚えることができた」


 もっとも、師匠が言うには肉体の傷を癒やすことと、失われた魂を肉体に呼び戻すことは、全く異なる事柄らしいがな。死者の蘇生は回復魔術の延長にあるわけではないと、師匠はそう考察していた。


「は、反対です! ザ、ザインさんがそんなデタラメな魔術を使えるとしても、ディナさんは自分の願いのために、大勢の人を巻き込もうとしていました! ザ、ザインさんがいなかったら、どれほどの犠牲者が出ていたかわからないのに……!」


 ディナは故郷を地上に取り戻すために、不死の王の依り代となって封印を解いた。許されるべきことではない。


 マリスはそれがわかっている。わかっているけど、眠っているディナを見る瞳は濡れていた。憎しみなんて、もうどこにもない。


「だ、だけど……だけどぉ! ディナさんは、死神に殺されそうになったとき、わたしを庇ってくれて! そんな中途半端に良い人で! な、なにが、なにが正しいことなのか、もうわたしにはわからなくて……!!」


 どうしていま自分が涙をこぼしているのか、その理由もわからないと、マリスは顔を紅潮させて訴えてくる。


 ディナは咎人だ。真実を知れば、誰もがディナを許さないし非難するだろう。決して蘇っていい人間ではない。


 でも正しいとか、正しくないとか、そんなのは二の次だ。俺にとってはどうでもいい。善悪なんて、しょせんは自分にとって好都合か、不都合かの違いだけだ。


 そんなことよりも、俺はディナと交わした約束のほうが大事だ。  


 約束が果たされたとき、彼女がどんな顔をするのか。


 それを見てみたい。


 誰に反対されようとも、彼女の蘇生は強引にでもやらせてもらう。


「ひぃ!」


 にわかに視界が上下に激しく揺さぶられて、マリスが悲鳴をあげた。天井から降ってきた大きめの瓦礫が広間の片隅で砕け散る。


 地震が勢いを増している。ここに長居するのは危険だ。


 もうマリスは、俺を止めようとはしてこない。ディナに蘇生を試すことを見過ごしてくれるみたいだ。


「約束、ちゃんと守ってもらうぞ」


 上手くいくかどうかはわからないけど、上手くいってほしい。そんな願いにも似た祈りを心に抱いて、禁忌の魔術を使用する。


 杖の先に小さな光が灯る。その光は徐々に大きくなっていき、燦然とした輝きになる。


 生命の神秘を祝福するような黄金の光が、眠っている彼女の肉体を包み込んでいく。


 もしも彼女が目を覚ましたら、どんな話をしよう。


 そのことを考えると、口元がゆるむ。


 この世界に本物の奇跡があるとしたら、きっとこの光がそうなんだろう。


 冒険の最後に目にした輝きに、久しぶりに胸の奥が高鳴った。




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