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次に視界に入ったのは、石の壁や地面に囲まれた風景。見慣れた遺跡型のダンジョンだ。
そこには騎士が装着しているような鎧と剣を身につけた腐った肉がいた。アンデッドナイトと呼ばれている、強敵に部類される魔物が通路に立っている。
「ひぃふえぁあ!」
いきなり魔物と遭遇してマリスは素っ頓狂な悲鳴をあげる。いきなりダンジョンに出現したのはこっちなんだけどな。
マリスの悲鳴に反応するように、アンデッドナイトが唸りながら剣を振りあげる。
「もうアンデッドの相手は飽きたんだよ!」
マリスの左肩を支えていたディナが抜け出す。疾走しながら両腰の鞘からダガーを引き抜く。二条の閃光が交差して、兜と鎧の隙間に差し込まれた白刃がアンデッドナイトの首を刈り取る。
頭が跳ね飛ぶと、アンデッドナイトの体は鎧の金属音を立てて地面に倒れていった。
ほんの数秒前まで狂った世界のなかにいたにも関わらず、唐突な戦闘を一瞬で終わらせてしまった。ディナの冒険者としての手腕には脱帽する。
「どうやら元いたダンジョンに戻ってきたみたいだな。アンデッドナイトは『死者の栄光』の第十階層にしか出現しないはずだ」
いま俺たちがいるのは『死者の栄光』の最下層だと認識していいだろう。
ヘラヘラと笑いながら現在地がどこなのかを口にすると、肩を貸しているマリスが表情を強張らせてこっちを見てきた。
「あ、あんなことがあった後だっていうのに、ザインさん、なんでそんなふうに笑っていられるんですか? 『終焉の地』にいるときだって、ずっとニヤニヤしてて……おかしいですよ」
触れているマリスの体が震えている。まだ『終焉の地』で感じた恐怖がくすぶっているようだ。
あと誤解しないでほしいが、別に俺は楽しくて笑っているわけじゃない。常日頃から、こういった表情をつくるのがクセになっているだけだ。
「もう大丈夫だよな?」
確認を取ると、マリスから手を離した。
安堵したのか、マリスは膝から崩れていくと、四つん這いになってゴホッゴホッと咳き込む。
「不死の王の空気に当てられたようだね」
ディナも厳しい表情になって呼吸を乱している。精神的な疲労が溜まっているようだ。
さっき感じた気配が、伝説の不死の王か……。正直、生きた心地がしなかった。絶対に対面してはいけない相手だ。あんなのが地上に出てきたら、どれほどの被害が出るのか想像するのも恐ろしい。
ディナは両手のダガーを鞘に収めると、自分の体を見下ろして吐息をこぼす。呪いの有効範囲から逃れたので、まともに死ねる体に戻ったようだ。
意思のない不死の肉体よりも、意思のある死ねる肉体をディナは望んでいる。
「このフロアは構造変化していないみたいだな」
辺りを見まわすと、記憶しているのと同じような分かれ道が目についた。しかしそれも時間の問題かもしれない。この階層だって、いつ構造変化が起きてもおかしくはないんだ。
思考を巡らせて、これからの方針を決める。
期せずして、最下層に来ることができた。第十階層にも『回復の泉』が湧いている。そこを目指すのが、アンデッド化の呪いを解く最短の道になる。
考えをまとめていると、不意に目まいがする。足元の地面が溶けて固さを失ってしまったように、肉体のバランスが取れなくなる。汗が止まらない。喉が締めつけられているようで息苦しい。
もう残り時間がない。まもなくアンデッドになってしまう。
「ひぃ!」
へたり込んでいたマリスが機敏に動いて立ちあがると、握った杖を俺に向けてくる。今にも【攻撃の魔術】を放ってきそうだ。
「あ~っと、まだ人間だから撃たないでもらえると助かるな」
苦し紛れの笑みを見せながら、マリスに杖を下ろすようにお願いする。
マリスは身構えたまま、子犬みたいに唸って睨んでくる。ちっとも信用されてないな。
「クヒヒヒヒ、安心しな。ザインがアンデッドになったら、秒で処理してやるから」
ディナは凶悪な笑みをつくって物騒なことを言ってくる。それが彼女なりの慈悲とやさしさなんだろう。
そうしてくれると助かる。死体のままダンジョンを徘徊する不自由なんて、俺にとっては苦痛でしかない。
「その時がきたら頼むよ」
自分を殺すことを笑って許可すると、ディナは鼻を鳴らして返事をしてきた。
もしも俺がアンデッドになったとしても、ディナとマリスならためらわずに殺してくれる。逆の立場なら俺だってそうする。
この二人とは、成り行きで行動を共にしているだけだ。別に仲間ってわけじゃない。情にほだされることはないだろう。




