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「……油断した」
ヘラヘラと笑いながら、さきほどの失態を振り返り、そんな感想をもらす。
全身が気だるい。体の感覚が不鮮明だ。
明らかにアンデッド化の呪いが進行している。
アンデッドに噛まれさえしなければ、こんな最悪の気分を味わうこともなかったのに。
さっき左腕を噛んできたアンデッドを吹き飛ばす際に魔術を使ったが、いつもより発動に遅れがあった。これでは戦闘に支障が出そうだ。
ダンジョンには多種多様な魔物が出現する。基本的に下層に行けば行くほど強くなっていき、危険度が増す。
冒険者が無理やり出入り口まで引っぱってこないかぎりは、ダンジョンの外に魔物が出てくることはない。
俺をガブッとやってくれたアンデッドは、死者が呪いを帯びて動いている魔物だ。『死者の栄光』では、どの階層にも高確率で出現する。
死者といっても死なないわけじゃなくて、回復術師が使える【浄化の魔術】で呪いを解いてやったり、俺がやったみたいに頭を吹っ飛ばて肉体を激しく損壊させれば活動を停止する。
さっきのはよく見かける類のアンデッドで、そこまで戦闘能力は高くないから個体としては脅威ではない。
しかし、厄介な特性がある。それはアンデッドに噛まれた人間は呪いを受けて、いずれアンデッドになってしまうというものだ。
つまり、このままだと俺もウ~ウ~と唸ってダンジョンを徘徊する死体のお仲間入りってわけだ。
普通にイヤだな、それ。腐った肉になって、ダンジョンをうろつきたくはない。
かといって、アンデッド化の呪いを治す魔術なんて覚えていなかった。
魔力はあらゆる生物がまとっている生命エネルギーだ。それを消費して行使するのが魔術。
でも魔術にも適性がある。人によっては覚えられる魔術と、覚えられない魔術がある。全く魔術の素質がない冒険者は、武器を使う戦士とかになるしかない。
そして俺は【浄化の魔術】を覚えられなかった。【浄化の魔術】さえあれば、既にアンデッドになった者の呪いを解けるし、アンデッド化が進行している人間の呪いだって解くことができる。
どうにか地上に戻れば、ギルドで【浄化の魔術】を使える冒険者を捕まえられるだろうが……。
現在地は『死者の栄光』の第七階層。ここから地上を目指していては、時間的に間に合わない。地上にたどり着く前にアンデッドになってしまう。
「てことは……」
上に向かうのがダメなら、その逆。下を目指すしかない。
『死者の栄光』の第八階層、それに第十階層にも『回復の泉』があったはずだ。
『回復の泉』は、ダンジョン内の一部に湧き出る癒やしの効果がある泉だ。肉体に受けたあらゆる傷を癒やすことができるし、あらゆる呪いを浄化することができる。
そしてアンデッド化の呪いだって消し去れる。
第十階層のほうはここから目指しても間に合わないが、第八階層にある『回復の泉』になら、アンデッドになる前にたどり着けるかもしれない。
「この前買った読みかけの小説、楽しみにしてたのにな」
ほんの少し口角をあげて、愚痴をこぼす。
地上に帰って宿屋で休んだら、先日購入したばかりの小説を完読するつもりでいたのに。その予定が先延ばしになってしまった。
気持ちを静めるために、フゥと息をついて肩の力を抜く。
よし。方針も決まったし、やるとしよう。
「このままアンデッドになってたまるか」
決意を口にすると、灯火に照らされたほの暗いダンジョンの通路を見据える。
覚悟を決めて、新たな一歩を踏み出した。