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「ここがどこなのか教えてくれないか? 状況を把握したい」
再び問いかけると、ディナは目だけを動かしてこっちを見てきた。
「アンタらも知っているだろ? ダンジョンにいるときに話していたんだからね」
ディナの言葉を聞きて、マリスは眉間をひそめる。何のことだかわかっていないようだ。
俺のほうは、ピンときていた。
ということは、ここが……。
「『終焉の地』って呼ばれている場所か」
ローランド島の伝承にある、ダンジョンのなかに封印されている大地だ。
「えっ、あっ? 本当にここが……?」
マリスは目を大きくすると、改めて辺りの様子を見まわす。『終焉の地』は島民たちがつくりあげた与太話だと思い込んでいたのに、それが実在していたことに衝撃を受けていた。
俺も『終焉の地』については半信半疑だったが、周辺にある異様な景色を目の当たりにしたら、それが最も納得がいく説明だ。
「ここは死を許されない世界なのさ。不死の王の呪いに侵された者は年を取らないし、傷を負っても勝手に癒やされて死ぬことはない。その代わりに自我が混濁して、意識を失っている。人間も魔物も関係なく、あんなふうにただ立ちつくしているか、たまに動いてこの地を徘徊してんのさ」
草原のなかに佇んでいる人や魔物を睥睨しながら、ディナはもどかしそうに語ってくる。
「迷惑な話だよ。不死の王は人間が呼吸するように、そこに在るだけで呪いをまき散らすからね。他の生き物からすれば、存在自体が悪だ」
不死の王の呪いに触れてしまった成れ果てが、この停滞した世界だ。苛立たしげなディナの瞳が、そのことを物語っている。
「今のわたしらみたいに、ダンジョンからここに落ちてきた地上の冒険者たちも、おそらく呪いに侵されて自我を失い、死なずにさまよっているはずだよ。もっとも、島のほうでは行方不明扱いになって、とっくに死んだことになっているだろうがね」
ダンジョンから『終焉の地』に転移させられた冒険者が、俺たちの他にもいた可能性は十分にある。その冒険者たちは島に帰ることなく、自我を失って今もこの大地のどこかにいる。
そしてこのままでは、俺たちも同じ末路をたどることになってしまう。
「かつてはここも緑豊かな大地だった。不死の王が来たせいで環境が変わってしまい、こんなおかしな風景になっちまったのさ」
そのことが許せないと、ディナの語気には静かな怒りが込められている。
「伝承にあるとおり、島のダンジョンは古代の魔術師たちが不死の王ごと『終焉の地』を封印するために施した大魔術だよ。ダンジョンから生み出される金銀や宝石がここから流れ込んできているって推察は正解さ。もともとこの広大な地には、数え切れないほどの遺跡や洞窟、詳細不明の廃都があったからね」
島の冒険者たちがダンジョンから持ち帰っていたのは、もともとはこの地にあった財宝のようだ。
「島のダンジョンから生み出される魔物は『終焉の地』の封印が解けないように備えつけられた障害物で、複数のダンジョンの最深部にいるボスたちは封印を守るための門番であり、鍵でもあるのさ」
「そ、それって、どういう!」
明かされた事実に、マリスはうろたえる。
ディナの言ったことが本当なら、島の冒険者たちのダンジョン探索そのものが、取り返しのつかない事態を引き起こすことになる。
「島にいるダンジョンボスが殺されれば、それだけ『終焉の地』の封印がゆるまるってことだよ。実際この数百年の間に、冒険者たちが喜び勇んで何体かのダンジョンボスを倒したおかげで、外界と『終焉の地』の境目に綻びができた。【転移の魔術】のトラップで、わたしらや他の冒険者たちがここに落ちるようになったのも、それが原因さ」
「そ、そんなぁ……」
マリスは血の気が引いたように顔面蒼白になって足を震わせる。聞きたくもない真実を知らされて、へたり込みそうになっていた。
「古代の魔術師たちは、ダンジョンは『終焉の地』や不死の王を封じるためのモノだから近づいてはならないって、ちゃんと警告したんだけどね。けど時の流れと共に伝承は信憑性をなくしていき、都合の良いものに変えられていった。そのうち宝が目当てで、ダンジョンに立ち入る連中が現れたんだろうさ」
いつしか古代の魔術師たちの言いつけは破られて、島のダンジョンに冒険者が踏み込むのは当たり前になってしまった。
マリスは視線を揺らしながら、半開きの口をパクパクと動かしている。何も知らずにダンジョン探索をしていた。そのことに罪の意識を感じているようだ。まともな感覚を持っている証拠だな。




