12
「チッ」
舌打ちをするとディナは駆け出した。凄まじい速度でマリスのもとまで向かい、力強い靴音を立てて地面を踏みしめると、片足を使ってマリスの横っ腹を蹴飛ばす。
「ぐぇえ!」
身動きが取れなかったマリスは思いっきり吹っ飛ばされて地面を転がる。
マリスの代わりに死神の目前に立ったディナは、伸びてくる左手を見あげる。つま先に力を込めて地面を蹴ると、長い黒髪が踊り、後ろに向かって宙返り。死神と間合いを取って着地し、両腕をあげて逆手に握ったダガーを構え直した。
地面に膝をついたマリスは、まだ自分が生きていることが不思議なようで、戸惑いながらディナのことを見つめてくる。
「あ、え? た、助け? な、なんで……?」
手荒いやり方ではあったが、ディナがいなければマリスはやられたいた。
ついさっきまで、仇討ちのために狙ってくる相手だったはずなのに助けた。ディナにとっては、マリスがいなくなったほうが好都合なはずなのに。
そのことが腑に落ちず、マリスに新たな困惑を芽生えさせる。
ディナは面倒くさそうにフンと鼻を鳴らす。鋭い眼差しはマリスではなく、脅威である死神を捉えている。
「どうするんだい? こんな状況でも、わたしとやるってのかい? わたしはそれでも構わないけどね」
「う、うぅぅぅ……」
死神がいるのに、ディナの相手をするなんて無理だ。自殺行為に等しい。
それを理解しているマリスは渋面になって唸っていた。いろんな感情が混沌と重なりあって葛藤している。
けど迷ってなんていられない。カンッと音を立てて、握った杖を地面につくと、マリスは立ちあがった。
「い、今はここを乗り切らないといけません。死神がいたんじゃ、仇討ちどころじゃないですから」
マリスは涙でぬれた目でディナを見ると、復讐を後回しにすることを決める。その視線には、まだ怒りが込められている。あくまでも、この場での優先順位が変わったに過ぎない。
「そうかい。わたしが憎いってんなら、いつでも騙し討ちしてくれていいけどね」
クヒヒヒヒと笑ってくる。どんな手段で殺そうとしてきても、ディナは受けて立つつもりだ。
「ザイン。アンタは役立たずだから、引っ込んでな」
「了解だ」
死神から目を離さずに、マリスが邪魔だと言ってくる。
役立たずはヘラヘラと笑いながら、大人しく言われたとおり後ろに下がっておこう。ここは二人に任せたほうがいい。
「い、いきます!」
マリスは杖を構えて、いつでも魔術を発動できるようにする。
「やるよ」
ディナも腰を沈めて、臨戦態勢に入った。
ディナが走り出せば、それを支援するためにマリスが魔術を放つだろう。何の因果か、殺し合いにまで発展しかけた二人が、パーティとして戦いに挑む。
勝算があるかはわからないが、やるしかない。
二人で力をあわせて、ダンジョンの理不尽に抗う。
――鮮血が舞い散った。
水気を帯びた生肉を潰したような不快な音。
ナニカが地面に倒れる。
ゆらゆらと浮遊する死神が、ねじ曲がった杖を前に突き出している。
ゴクリと唾液を飲み込んで、乾いた喉を湿らせる。視線を巡らせて、転がっているモノを確認した。
血の海が広がっていくなかを、長くてきれいな黒髪がたゆたう。両手のダガーを握りしめたまま、眠るように仰向けになっている。
そのお腹には、ぽっかりと大きな風穴が一つ。
死神はねじ曲がった杖から青い光を放った。凄まじい速さで飛来したそれが、ディナの腹部を直撃して貫いた。身に着けた黒革の軽装鎧は用をなさず、ディナという冒険者が破壊された。
「あっ、えっ……あ……?」
復讐すべき相手であり、一時的にパーティを組んでいた相手が、血溜まりの海に溺れているのを見て、マリスは魂が抜けたように棒立ちになる。
そしてマリスはゆっくりと俺のほうを見てくると、小刻みに体を震わせた。
「ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ……」
「あ、あぁ……」
「あっ、わっ、こ、こ、こ、これ、ころ、こるっ、これぇ……?」
「う、うん……」
「し、し、し、し、しん、しんで、死んで、死んで……?」
「みたいだな……」
顔中に玉の汗を浮かべながら、こくりと頷いた。
天井を見あげているディナの瞳は光を失い、もはや呼吸さえしていない。マリスが手を下すまでもなく、絶命していた。
俺たちにとって最大の戦力であり命綱でもあったディナが呆気なくやられてしまった。戦うという選択そのものが間違いだったと、死神はまざまざと見せつけてくる。
「あっ、うっ、うああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
マリスは発狂したように叫び、【攻撃の魔術】を繰り出す。杖の先から青い光が連続で放たれる。
青い光の群れは狙いが正確で、全てが死神に命中した。閃光が弾けまくり煙が立ち込める。
だというのに死神は微動だにしない。マリスの魔術が効いていない。単純な防御力の高さによるものだ。飛んでくる青い光は死神にとって問題になりえなかった。
攻撃を受けている死神は一点だけを凝視してくる。魔術を放つマリスは眼中にない。死体になったディナも見ていない。
どういうわけか、さっきから死神は俺だけを見つめていた。
でも攻撃を撃ってくるマリスが目障りだったんだろう。死神は黒いローブを揺らめかせると、ねじ曲がった杖をマリスに向ける。ディナを始末したときと同じように、杖の先が青い光を灯す。
「ひぃいあぁぁぁあぐっ!」
マリスは涙をこぼしながら声をあげ、後ろに下がっていく。逃げ切ることはできない。命運は尽きた。
頼りない足取りで何歩か下がるとつまづいてしまい、体のバランスを崩して尻餅をついた。
それと同時に、倒れたマリスの周辺が光に包まれる。
「えっ! あっ! えっ!」
マリスはキョロキョロと首を左右に振って、自分を囲い込むように描かれていく魔法陣を視線で追いかける。
魔法陣は部屋の至る所に描かれていた。いくつもの魔法陣が発光している。いつの間にか、俺の足元にも魔法陣が現れている。
ダンジョンに仕掛けられたトラップだ。マリスが尻餅をついたときに踏んづけた地面に、トラップが設置されたいた。
そのことを察したマリスは杖を握りしめて縮こまる。
そして複数の魔法陣が光を放つなかでも、死神の真っ赤な目はこっちを見ていた。そこにどんな意味があるのかはわからない。わからないが、アイツは俺のことを諦めてはいない。
浮かびあがった魔法陣が呼応するように一斉に輝き出すと、視界が光に覆われていき、真っ白になる。




