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えぐれた石の地面を淡泊な表情で見下ろすと、ディナはニヤッと唇を曲げてきた。
「ハッ、お友達の仇討ちのために、わざわざわたしとパーティを組んだってことかい? それもこんな人気のないダンジョンに同行までして? クヒヒヒヒ、そいつはご苦労なこったね」
魔術で威嚇されてもディナは臆さなかった。たっぷりと余裕を持って、マリスを嘲笑ってくる。
「そんなに答えがほしいんなら、教えてやるよ」
当時なにがあったのか、マリスが知りたがっている真実を告げてくる。
「ぜぇぇぇぇんぶアンタが思っている通りさ! わたしが殺した! クローゼも、バッツも、カルロも! あんたと仲良しだったお友達は、みぃ~んなわたしがこの手でブッ殺してやったのさぁ!」
ディナは両目を見開くと、天井を突き抜けるようなクヒヒヒヒヒヒという耳障りな哄笑を響かせてくる。ダンジョンに出現する魔物なんかよりも、よっぽど凶悪な存在に見えてしまう。
おそらく、そうなんだろうという答え。けれど、もしかしたら違うかもという一縷の望みがあった。だからマリスは、こんなダンジョンの下層までディナを連れてきて問いただした。
だけど真実は、マリスにとって予想通りの残酷なものだった。
解答を聞き届けたマリスは、ディナを殺める覚悟はできていたはずなのに、いざ当人の口からそれを聞かされると、呆然と固まっていた。現実を受け止めきれていない。
でも、いつまでも呆けてはいられない。なぜならマリスには仇討ちという使命があるから。
「や、やっぱりぃ! やっぱりそうだったんだあっ! ア、アナタがぁっ! ディナさんがぁぁぁっ!」
うるんだ瞳から涙をこぼすと、明確な敵意を持ってディナを睨みつける。もはや迷いはない。ためらわずに、いつでもディナを殺す。
どうもさっきから、よくない方向に話が転がっているな。こんなところで時間を浪費したくはない。俺は二人の因縁とは無関係だが、一時的とはいえパーティを組んでいる身だ。ここは仲裁すべきだろう。
「あぁ~っと、とりあえず落ち着こうか。まずは二人とも、武器を仕舞ってだな」
ニヘラァと笑いながら、そばにいるマリスに近づこうとする。
それがいけなかった。
「ひっ!」
短い悲鳴をあげると、マリスは反射的に杖をこっちに向けてくる。【攻撃の魔術】が発動して、青い光が飛んできた。
咄嗟に重たい体に気合いを入れて、後ろに跳び退る。
「あっぶね!」
青い光が音を立てて散り、数秒前まで立っていた地面で小さな煙があがる。
「いや、マジで危ないって。下手すりゃ足が吹っ飛んでいたぞ?」
こめかみがドクドクと脈打ち、汗がしたたる。でも笑顔は崩さない。目尻をゆるめながら冗談でも言うような軽い調子でマリスに話しかける。
「あっ、あっ、あっ、わ、わたし……」
誤って攻撃してしまった。そのことが良心の呵責を感じさせているようだ。マリスはうろたえている。
そしてゆっくりと俺のほうを見てくると。
「ザ、ザインさんが! ザインさんがいけないんだぁ! ザインさんがいきなり動くからぁ! わ、わたし、わたし動くなって言ったのにぃぃぃ!」
全ての責任を俺に押しつけてくる。そうでもしないと自責の念に耐えられないんだろう。
「え? 俺のせい? だからって攻撃するのはひどくない?」
そもそも「動くな」というのはディナに言ったことであって、俺に対して言ったものではない。もっとも、そんな正論は今のマリスにはなんの効果もないが。
マリスは目元に涙をためて唸りながら睨んできている。だが、とつぜん目を見張るとギョッとしていた。
どうしたんだ?
「ザ、ザインさん。あ、あなた……」
マリスは杖の先を俺のほうに向けてくる。今度は誤ってではない。自分の意思で狙ってきていた。
「そ、それはどういうことですか!」
おびえているマリスが、どこを凝視しているのか気づいてしまう。
まさか……という不安に駆られて、視線を落としていく。
視界が、自分の左腕を捉える。
左腕は……ローブの袖がめくりかえっていた。どうやら跳び退った拍子にズレてしまったらしい。
刻まれたアンデッドの歯形が、はっきりと露出している。




