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久しぶりの投稿作になります。




 どうして、こんなことに……。


 そう心のなかで嘆きながら、頼りない足取りで進んでいく。


 さっきから聞こえてくるのは、ハァハァという、いつもより荒くなった自分の息づかいだけ。


 全身からしたたる汗が身につけたローブに染みこんで、やけに重たく感じる。


 今ごろ地上では日の光が差しているだろうが、あいにく石の壁や床に囲まれた遺跡の地下には届かない。


 灰色の壁面に間隔をあけて飾られている灯火だけが、ほの暗いダンジョンを照らしている。


「油断したのがいけなかったなぁ……」


 ニヘラァと軽薄な笑みを浮かべて内省する。


 いや、ほんとそれだ。じゃなきゃ、こんなことになっていない。


 己のマヌケさに呆れながら、ため息をこぼす。


 後悔の証である左腕に、ゆっくりと視線を落とした。






   ◇◇◇






 青い閃光が弾けて、腐った肉が吹き飛んだ。


 ボロ布のようなみすぼらしい衣服をまとった人型のソレは、首から上が木っ端微塵になり、勢いよく後ろに向かって転倒する。


 仰向けに倒れたまま、ピクリともしなくなった。


 死んだみたいだ。というか、もとから死んでいる。


「よし、これで片づいたな」


 戦闘はおしまい。構えていた右手の杖を下げると、目の前に倒れているアンデッドたちの残骸を確認する。


 襲ってきたアンデッドたちは、もれなく全てが頭を吹き飛ばされて沈黙している。動く気配はない。


 これといって換金できそうな物は身につけていなかった。


 ローランド島を訪れてから、数ヶ月。地道に冒険者として活動できている。


 四方を海に囲まれたローランド島は、島民たちの間では「島」と呼ばれている。この島にはたくさんのダンジョンがあって、俺のような冒険者が日夜もぐっては金目の物を探している。


 みんな生活のためだったり、一発当てて大儲けするためだったりと、各々の野望を抱いて危険なダンジョンに踏み込んでいるわけだ。


 そしてただいま俺が探索しているのは、『死者の栄光』と呼ばれる遺跡型のダンジョンだ。


 第十階層まであり、死者と冠するだけあってアンデッド系の魔物の出現率が高い。


 このダンジョンに踏み込んで一体どれだけアンデッド系の魔物と戦ったか、正直数えるのもうんざりだ。


 そして『死者の栄光』は島にある他のダンジョンとは決定的に違うことがある。


 それは、まだ誰も攻略できていないという点だ。


 他のダンジョンは最下層にいるボスが撃破されているが、『死者の栄光』だけは最深部にいるダンジョンボスが倒されたという報告はない。


 ダンジョンボスは貴重な宝を守っていることが多いので、『死者の栄光』にある宝を求めてやって来る冒険者が大勢いるみたいだ。


「さっさと帰って寝たいな」


 地面に倒れ伏したアンデッドたちを見ながらボヤく。ダンジョンにもぐってから結構な時間が経っているので、眠気がまぶたを重たくしていた。


 地上に戻ったら、行きつけの宿屋のベッドで休もう。


 でもその前に、まずは冒険者ギルドに立ち寄って、戦利品を換金しないと。


 金に余裕ができたら、また新しい本を購入しよう。次はどんな本を買おうかと考えるだけで、自然と口元がニヤける。それから読みかけの小説も最後まで読まないとな。


 今後の予定を頭のなかで組み立てていると……。


 ――唐突な痛み。


 獣に噛みつかれたようにズキリと刺激が走る。というか実際に噛みつかれている。


「まだいやがったのか!」


 毒づきながら横を振り向けば、そこにはアンデッドがいた。干からびた喉から唸り声をあげて、ローブの袖越しに歯を突き立てて左腕に噛みついている。


 すかさず右手の杖を左腕にとりついたアンデッドに向ける。


【攻撃の魔術】を発動。杖の先から青い光が放たれて、アンデッドの鼻から上が消し飛ぶ。ボロ布をまとった体が弾かれたように転倒した。


 崩れ落ちたアンデッドを見ると、ゴクリと唾液を飲む。


「……やっちまったな」


 他にもアンデッドがいないか辺りに視線を配ると、後悔の言葉を口にする。


 これから地上に帰還しようってときに、なんでこんな失敗をやっちゃうんだか。


 体中が熱い。心音がうるさい。肉体が緊張と焦りを感じている。


 右手に握っていた杖を左脇に挟むと、震える指先で左袖をめくって、噛まれた部分を確かめる。


「マジかよ……」


 はは、と笑ってしまう。うまく笑えているかどうかは微妙だ。


 想像していたとおり、左腕の前腕には、くっきりとアンデッドの歯形が刻まれていた。


 硬い鎧を装着していたなら、噛まれても皮膚に届くことはなかっただろう。だけどあいにく魔術師なもので、身軽なローブしか着ていなかった。


 一瞬だけ頭が混乱しかけるが、こういうときどうすべきなのかを冷静な思考が働いて、未来の行動を決めていく。急き立てる焦燥はすぐに引いていった。


 ズザッという物音。


 背後から聞こえたソレに、また心臓が跳ねる。


「誰かいるのか?」


 すぐさま振り返って声をかける。返事はない。


 だけど誰かが逃げていく足音だけは聞こえた。


「ちょっ、待ってって!」


 遠ざかっていく足音を追いかけようと走り出す。


 ぐらりと視界が傾いた。


 水中にいるみたいな浮遊感を覚えると、膝がぐらついて立ちくらみがする。転びそうな体を支えるために、左手を伸ばして冷たい石壁に触れた。


 呼吸が乱れる。全身から汗が噴き出す。


 間違いなくアンデッドに噛まれた影響だ。手足が重たくて、思うように動けない。


 そして聞こえていた足音は小さくなっていき、遠く離れていってしまう。


「まずいな……」


 アンデッドに噛まれた。それはもちろんまずい。


 だけど噛まれたのを誰かに見られてしまったのは余計にまずかった。


 深い吐息をつくと、もう足音が聞こえなくなった通路を困った笑みを浮かべながら眺める。


 あぁ~っと、ほんとにどうしよう?





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