episode 07
ここから数話は、カイが魔力を枯渇して赤ん坊になってしまった戦いについての話になります。
壮大な話では無いのですが、カイの心に微妙な変化も生まれるかも?
海は、森を入口から、少し入っていった所で、道の真ん中に、仁王立ちして立つ、小学一年生くらいの子を見付けた。
何をしているのだろうと思いながら、その背を見ていると、視線を感じたのか、突然、こちらを振り返りました。
肩下までの綺麗な金髪に、サファイヤのような碧眼、整った顔立ちの薄い唇は、不機嫌そうに広角を下げ。
そして言いました。
「女!俺は魔王サンチェスである!魔王カイゼルと勝負を付けに来た!ヤツを連れてこい!」
だが海は、話を全く聞いていなかった。
「可愛い!!!あなた、天使なの?!めっちゃ可愛い!親御さんは、どうしたの?」
「はぁ?!何を言ってる?!親なんて居るわけ無いだろう!」
「やだ!捨て子?!捨てられちゃったの?こんなに可愛いのに!じゃあ取り敢えず、家においで!」
そう言ってまるで犬猫のように子供を抱き上げました。
「おい!何をする!俺様を何処へ連れて行く気だ!離せ!
ん?!お前、変な匂いがする!さてはカイゼルの配下の者か?!」
「ん?!何を言ってるの?え?私、毎日ちゃんと洗っているのに、臭いかなぁ?」
そう言って自分の匂いを確認しながら、あっという間に家へ戻りました。
「ただいま~!」
機嫌よく言ってドアを開けると、カイとラルフが、カードゲームに興じていました。
そしてカイとラルフ、海の腕の中の子供の視線が絡み合った、次の瞬間、三人が叫びました。
「「「あ~!こんな所で何をやっている!!!」」」
「ん?知り合いなの???」
空気を読まない海でした。
三人が一斉にあれこれ言い始め、何を言っているのか、分からない海は、ラルフに説明するように言った。
数年前、カイこと魔王カイゼルは、隣の街にある森を支配する、魔王サンチェスに戦いを挑まれ、互いの森の間で闘ったらしい。
文字通りの死闘で、互いに譲らず魔力を枯渇し、引き分けたまま、互いの森へ帰るも、カイゼルは、力尽きて入口で赤子に戻ってしまい、海に拾われた。
サンチェスも、己の支配する森へ帰るも、やはり魔力を枯渇して、赤子の姿に戻ってしまうも、こちらは勢いだけで飛び出していった主を心配して、森の入口で待っていた従者によって、城へ連れ帰られたらしい。
そしてサンチェスは、まだ魔力は戻らないも、条件はカイゼルも同じだろうと考え、再び今度は決着を付けようとやってきて、海に拾われたわけである。
「お前!何でそんなに魔力が復活しているんだ!?」
ほぼ高校生くらいの大きさになっているカイを見て、サンチェスが叫んだ。
「ふっ!お前とは元が違うんだよ!元が!っていうかサンチェス、お前、そんなにちっこいままで俺様にまた勝負を挑むのか?
良いのか?容赦はしないぞ???」
カイは鼻で笑って言った。
「ぐぬぬ~!っていうかお前、何でこんなボロ小屋に居るんだよ?!邸はどうした!?」
「…主様の餌がこの小屋から離れようとしないので、仕方が無いのですよ…。」
ラルフが冷めた目で私を見つめて言った。
まだ私の腕の中に居たサンチェスは、そのまま顔だけ私を振り返り、不思議そうな顔をして言った。
「お前…カイゼルの餌なのか?食われても死なないのか???」
「そんなわけないでしょ…食われたら死ぬわよ…。あなた天使のような顔で、そんな事言っちゃだめよ…。」
「じゃあ餌って何だよ?」
海は言うに言えず、黙っていると、横からラルフが口を挟んできた。
「その女の体液で魔力が戻るそうですよ…。特に口づけは非常に魔力が強いとか…。
減るものじゃなし、私も一度くらい、味見を致したい所なのですけどねぇ…。」
「減るし!致さないし!!!」
「お前…海に手を出したら、相応の責任を負わせるって言っておいただろ…。」
カイは、まさしく魔王のような声で言った。
すると海の腕の中のサンチェスが、身をよじって海と向かいあい、海の首に両手を回し、キラキラした満面の笑顔で言った。
「そうなのか?!じゃあ俺にも口づけさせてくれ!」
そう言って、返事も待たずに唇を重ねてきた。
海の両手はサンチェスを抱きかかえたままで、塞がっていたし、咄嗟の事に反応が出来なかった海は、目を見開いたまま、呆然とサンチェスの綺麗な顔が近付いてくるのを見つめていた。
そして無反応を肯定と考えたサンチェスは、そのまま巧みに…見た目は小学校一年生くらいですが…海の唇まで開かせてしまった。
静まり返った数秒後、突然、サンチェスが離れた。
「お前!どさくさに紛れて何をやってやがる!海!お前も抵抗くらいしろよ!!!」
カイがサンチェスの首根っこを掴んで引きはがしたのでした。
するとサンチェスも、呆然とした表情だったのが、突然、満面の笑顔になり、身を捩ってカイの手から離れ、海の前に再び走り寄って言った。
「お前…海とやら、本当に凄い魔力だな?!そうか!それでカイゼルはこんなに早く、魔力を取り戻しているのか!
気に入った!お前、俺の嫁にしてやる!今からこんなボロ小屋ではなく、我が城へ向かうぞ!」
次の瞬間、カイの得意な華麗な回し蹴りが炸裂…しかけたのですが、サンチェスも華麗に避け…。
そのまま狭い部屋で乱闘が始まりました。
「やめて!こんな狭い部屋で暴れないで!!!」
海が叫ぶと、二人は海を見て、拳を下した。
「っていうか、お前、まだ全然元に戻っていないんだから、相手にならないから帰れよ!」
カイが言うと、サンチェスはあっさり引き下がった。
「そうだな…じゃあ行くぞ!嫁!」
と海の腕を掴み、一緒へ外へ連れ出そうとした。
「いやいや!嫁じゃないですから!行きませんから!」
「何を勝手に俺の餌を持っていこうとしているんだよ!」
カイも海の反対の腕を掴んだ。
「…こいつ、餌とか言っているぞ?こんなやつより、俺と一緒に来て、俺の嫁になった方が幸せだぞ?
それとも俺みたいなヤツは嫌いか???」
サンチェスは、最後の一言は、海の顔をしたから覗き込みながら、しかも大きな青い目に涙を浮かべ、悲しそうな表情で言った。
「…嫌いとか、そういう話では無くて…種族が違うし、そもそもあなたの事を全然知らないし…。」
まるで可愛い子犬を彷彿とさせる表情に、強く言えなくなってしまった海は、頭を抱え込んで言った。
「そうか…じゃあ俺もここに住むよ!それで俺のことを分かってもらえば良いんだろ?好きだよ!海!」
サンチェスは満面の笑顔で、海の唇にキスをした。
怒り狂うカイを無視し、居座る事を決めたサンチェスなのでした。
「でも住むって言ってっも、三人で寝られるようなベッドは無いし…。」
海が言うと、サンチェスはあっさり言った。
「じゃあ城から持ってこさせるよ!っていうか、ベッド一個じゃ足りないだろ?そのベッドは外へ運んでカイゼル様専用にして、俺と海には新しいのを持ってくるよ!
今夜はまあ仕方ないから、カイゼルは床で寝て、俺と海がそのベッドで良いか!」
「待て待て待て!何で俺が一人で床とか外になるんだ?!そもそも俺は海に拾われて、海にここまで育てられたんだぞ?!
ちゃんと責任もって貰わないと!」
「いや…俺も海に拾われた…しかも俺は天使かと思われたぞ?それにお前はいい加減で親離れしろ!?
あ、そうだ!お前には俺のことを父上と呼ぶのを許してやろう!
海に育てられたというなら、海はお前の母親代わりだろ?だったら海と結婚する俺は、お前の父親だ!」
見た目は小学校一年生くらいの天使のような子供が、見た目は高校生のヤンキーのような子に言う姿って、なかなかシュールだな…二人が言い合うのを、海は苦笑しながら眺めていた。
この日は、サンチェスも帰りそうに無いし、流石に子供を一人で帰すのも気が引けるので、そのまま泊まらせることになりました。
「サンチェス…何か呼びづらいね?他に何か愛称とか無いの?」
「じゃあ俺のことは“旦那様”って呼んで良いぞ?」
「…分かった!サンちゃんだね!」
海は前世の某タレントさんを思い出しながら言いました。
《見た目はまるで王子様だけどね…王子様だけどサンちゃん…ちょっと可笑しい…。》
そんな事を考えていると、サンチェスが怪訝な目を海に向けてきた。
「お前…今、何か失礼な事を考えていないか???目が笑ってる…。」
「いえいえ!滅相もありません!っていうか、真面目に他の呼び名、無いの?」
「家族からは“サニー”って呼ばれている…。」
「…。」
《…サニーって…千葉?!》 ※昭和の有名なアクションスターのアメリカでの芸名です。
再び海が失礼な事を考えていると、横からカイが揶揄った。
「サニーって…お前、レタスかよ?!」
「はぁ?!レタスじゃねぇし!太陽みたいに光り輝いているって、そう呼ばれているんだし!」
「太陽って…お前、魔王の一人だろ?…。」
「だいたいお前だって海から、カイゼルじゃなくて、カイって省略されて呼ばれているだろうが!」
「あ、違うよ?カイは、喋れない赤ちゃんの時に拾ったから、名前なんて分からなくて、私が付けた名前だよ。
私が元居た国で、海って書いて、うみって名前で、海はカイとも読むから、それでカイって名付けたの。
そしたらリアルに本名がカイゼルだったというオチよ~。」
「じゃあ俺にも何か名前を付けてくれ…カイよりもカッコいい名前を付けろよ…。」
「え!?サンちゃんじゃダメなの???」
それから海は、悩みました…いや、実はロクに悩まなかったのですが…。
「じゃあ~カイが海って書いてカイだから、サンちゃんは、太陽の陽って書いて、ハルでどう?」
「じゃあ俺のことはこれからハルって呼んでね!というわけで、さっきのカイとの運動で汗をかいたから、海!一緒に風呂に入ろっ!」
「え!?それはダメでしょ?!」
「子供を一人で風呂にとか、溺れたらどうするの?!危ないよ!…どうしてもダメ???」
サンチェス改めハルは、項垂れた子犬のような表情で、上目遣いに下から海の顔を覗き込んできました。
《見た目、小学一年生くらいなのよね…う〜ん…でも中身は違うのよね…でもあの目で言われるとね…。》
「あぁ~!もう!」
思わず海が流されそうになった瞬間、横から手が伸びてきて、ハルの首根っこを摑まえました。
「優しいカイお兄様が一緒に入ってやるから!しっかり洗ってやるから!感謝しろよ!」
そういってカイに引き摺られて行きました。
外の風呂場から、裸で半泣きで海のところへ走ってきたハルの背中は、余程強く擦られたのか、真っ赤になっておりました。
「海~!カイが虐めるよ!」
「カイ!小さい子を虐めちゃダメじゃない!」
「おい!小さい子って、そいつも俺とほぼ同じ歳だぞ!そいつの外見に騙されてんじゃねぇ!」
「海~!!!」
泣きながら抱きついてくるハルを、海は宥めながら、拭いてあげて、カイが小さかった頃の寝間着をハルに着せました。
「今夜は一緒に寝てあげるから、もう泣かないの…ね!」
「海!大好き!愛してるよ!」
「ハル、可愛い!!!」
そう言ってハルを抱きしめる、そんな誰が見てもチョロい海の背中を、カイは不機嫌そうに見つめました。
そんなカイを、ハルの目が楽しそうに見ているとも知らずに…。