episode 05
相変わらず普通の食事はあまりまともにしようとしないカイでしたが。3年も経つ頃には子供と言えど、中学生くらいになりつつありました。
時々は海の考えた料理を、ほんの少しだけ齧る事もありましたが。
相変わらずメインは海のお乳でした。
でも流石に見た目、中学生くらいになると、海が抱き抱える事は完全に出来なくなっていたので、朝と夜、まるでベッドで致しているかの様でした。
まあ…元々赤ん坊の時から、中身は人間でいう20代だったわけで、思考は20代、でもその見た目から海がついつい甘くなってしまっていたというだけで…。
とはいえ、流石に見た目も中学生くらいになってくると、海にも変化は出てくるわけです。
ある日、上にのしかかったカイが、海の唇を見つめて顔を近付けていきました。
「ダメ…。」
海は両手で自分の口を覆って言いました。
「何でだよ…。」
「むしろ何でよ…。
せめて唇と最後の一線くらいは、もしもいつか好きな人が出来た時のために、守らせてよ…。」
そう言われたカイは、傷付いた顔で、海の上から降りました。
「もう良いや…出掛けてくる…。」
「街の人に見られないようにね!帽子は被っていきなさいよ!」
その背中へ呼び掛けるも返事はなく、カイは出ていきました。
カイは、森へ入っていきました。
一年くらい前から、時々、森へ偵察に入っていました。
誰か自分の部下でも居ないかと。
その日も途中から道を逸れ、光もろくに射し込まない、木々が鬱蒼と生い茂る中へ進んでいきました。
そして見えない壁のところまで来ると、壁に背をつけ、座り込みました。
「俺…何やってんだろう…。」
溜め息を付きながら一人呟きました。
魔王のカイは、海に拾われた当初は、魔力のある人間に拾われてラッキーだったという程度にしか考えていませんでした、
しかし毎日、海と過ごすうちに、海の傍が心地よく感じるようになってしまっておりました。
だから一年ほど前、海に楽しく会話をするような男性の知り合いが出来た時、カイは無性にイライラし、不安になりました。
海に好きな人が出来たらと思うと、訳も分からずに胸が痛みました。
中身が人間でいう20代の魔王のカイは、赤ん坊に戻ってしまう前は、それなりに魔族のお姉さんたちとのお付き合いはありました。
でも何せ魔王です。
下心を持って近付いてくるお姉さんたちは少なくないし、下手すると寝首を掻かれるし、冷めた目でしか見ていませんでした。
だから単なる親切心からカイを拾ってきて、面倒まで見てくれている海の事は、理解出来ませんでした。
寧ろ、お人好しのおバカなのか?くらいに思っておりました。
そんな海の傍が心地よいとか、他の男が近付くのが気に入らないとか、カイには自分で自分が理解出来ずにいました。
「何だよこれ…。」
俯いて頭を抱えていたその時でした。
結界の中から誰かが近付いてくる気配を感じ、慌てて立ち上がりました。
「主様!ご無事でしたか!」
赤茶色のふんわりしたウェーブヘアの青年が立っておりました。
「何だ…ラルフか…。」
「何だではありませんよ!散々探したんですよ!それにしても随分小さくなられてしまわれたのですね?!」
「いや、これでもかなり大きくなった方だ…。」
ラルフに片腕で軽々と抱き上げられ、結界の中、更にずっと奥の魔王の邸へ運ばれた。
カイの従者の一人であるラルフは、三年前、カイの帰還を感じ、探し回ったそうです。
しかし結界のところまではカイの気配を感じる事が出来たものの、結界の中へ入った様子はなく、見付けられなかったらしい。
その後も、結界の外を何回も探したらしいのだが、そもそもカイは、海が敷地の外へは殆ど出さなかったため、ラルフに見付けられることも無かった。
カイ自身も、海から離れて森の中へ入る事もあまり無かったため、ラルフが探し回っている気配を感じる事も出来なかった。
結界はカイが張ったもので、かなり強力なので、カイの許可を得ているラルフや他の従者たちしか入れず、カイ自身は魔力が激減していたために、結界にカイとは認識されず、入れなかったというわけだ。
ラルフは、カイの筆頭従者のため、一度に一人だったら、中へ他の物を連れ込む事が出来るので、今回、ようやく邸へ帰還出来たのだった。
カイはラルフに今までどこでどうしていたのかを説明した。
「ではその女を邸へ連れてこれば宜しいですか?」
「いや、あいつは多分、来ない…。」
「攫ってこれば良いのでは?主様への供物ですから、その人間の女の意思はどうでも良いでしょう?」
「俺は無理やり攫ってくるつもりも無い…。」
「では今後、主様はどうなさるおつもりですか?」
「このまま邸へ戻っても、俺の魔力はまだ全然回復していないから、自力で回復しようとすると、10数年は掛かってしまう。
でもあいつの魔力を貰っていれば、4倍の速度で回復できることが分かっているんだ。
だから俺はあいつのところへ戻るよ…。」
「その女を食べても一気に戻るとか無いのでしょうか?」
「いやいや!食べないから!一応あれでも俺の恩人なわけだから!」
「人間の分際で主様に恩を売るとは、気に入らないですね…。
分かりました!ではこのラルフがお供いたしましょう!」
「はぁ?!何でお前が一緒に来るんだ?!」
「主様を守るためです!当然です!
そもそも三年前に、あの魔王サンチェスに挑むのに、私が一緒に参るのを許してくださっていれば、こんな事にはならなかったのですよ!
今回はもう主様の自由にはさせません。私が一緒に同行し、主様のお世話を致します!」
カイがどれだけ説得しようとも、ラルフは聞かず、夕暮れも近付いてきたので、カイは渋々ラルフを従えて帰宅した。
海の小屋の近くまで来ると、海がキョロキョロと何かを探しているのが見えた。
しかしその視線がカイを捉えると、ほっとした顔になって、カイのところへ走ってきました。
そしてカイを抱きしめ、言いました。
「遅いよ!こんな夕暮れまでどこへ行っていたの?!心配するじゃない!」
するとすかさずラルフがカイを抱きしめる海の手を打ち据え、カイを引き離した。
「貴様!主様に気安く触れるでないわ!」
「痛っ!主様???誰???カイ、この人は誰?主様ってカイの事?」
「あぁ~話は中で良いかな?誰か通りかかってもいけないし…。」
「あ、うん、分かった…。」
中へ通すも、ダイニング兼居間には、椅子は2客しかなく、ラルフとカイに椅子を勧め、海は立っていた。
するとカイは、ラルフに向かって言った。
「お前!何を平然と座っているんだ!?椅子が足りなければ、お前が立ってろ!」
「え!?カイ、お客様を立たせちゃダメだよ。良いよ、私が立っているから…。」
しかしラルフは渋々立ち、海に椅子を勧めてきた。
なので海も黙って座った。
「え~と…それで何がどうなって、こちらはどちら様でしょう?」
海は混乱しながら、カイに聞いた。
「俺が魔力不足で結界の中へ入れないから、自分の邸へ帰れない事は前に言ったよな?!
今日、その結界のところまで行ったら、たまたま俺の従者の一人であるこいつ…ラルフが俺の気配に気が付いて、迎えに来てくれたんだ。
それで今日は久しぶりに自分の邸へ帰っていた。
気が付いたら夕方で、心配かけてすまない…。」
「え!?今、すまないって言った?!どうしたの?!いつもゴメンとありがとうは言わないじゃない!」
「…帰ってきたら、心配してくれたみたいだったから…。」
「それで邸へ帰れるようになったんだよね?!良かったね!
…でも…じゃあこれでお別れだね…。」
「…お別れじゃねえよ…俺、まだ帰らないから…。」
「え!?でも自分の邸に帰れるようになったんでしょ?
何でこんな狭くて貧しい家に居るの?
帰った方が良い生活出来るんじゃないの?!」
「何でそう思うんだよ…。」
「カイを拾ってきたときに、カイと一緒に落ちていた洋服、拾って取ってあったんだよ…身元を調べるのに役に立つかもしれないって思って。
あの洋服は、安いモノじゃないもの。だからそれなりに裕福な生活って事でしょ?
だったら帰った方が良いんじゃないの?!」
「そうですよ!主様!やはりこんな狭くてボロい小屋ではなく、帰りましょうよ!」
「お前一人で帰れよ!俺はまだ帰らねえ!」
「何で?何か理由でもあるの?」
「…お前一人じゃ寝られないだろうが!何年毎晩一緒に寝てやったと思ってるんだよ。
それに俺もまだ魔力が完全に回復はしていないからな!お前が居た方が都合が良いんだよ!」
「主様…やっぱりこの女を邸へ連れ帰って、食べた方が早いのではないでしょうか?」
「ひっ!た…食べるってどういう事?!」
「だ〜か~ら~!食べないって言っているだろうが!こいつは一応、俺の恩人なの!
お前…こいつを食べたりこいつに危害を与えたら、お前も只では済まさないからな…。
そうだ!こいつに何かあったら、お前に責任を取らせるからな!」
「そ!そんなぁ~!主様!僕にこの女の護衛でもしろっていうのですか?!」
「いやいや!護衛とか要らないから…しかも魔王の従者が護衛とか、絶対に要らないから!」
「女!我が主様に向かって生意気だぞ!」
「ラルフ…お前も生意気だから…誰が海に対して、生意気な口を利いて良いって言った?」
「も…申し訳ございません、主様…。
では僕は今後、どうすれば…?」
「う〜ん…毎日、日中だけここへ通ってもらうってところでどう?
ずっと居座られても、狭いし邪魔だし。」
「あの…カイは帰らないの???それでその人がここへ通うって、何のために???」
「俺は魔力が完全に回復するまで帰らない!そしてラルフにここへ通わせるのは、働かせるためだ!
俺は魔王だからな!」
魔王なカイのごり押しで、気が付けばカイはそのまま海の家に住み、しかもカイの従者が毎日通いで来る羽目になりました…。
その日の夜は、ラルフがなかなか帰ろうとしませんでした。
「あの…そろそろ勤務時間外では?」
海としては、カイに魔力を渡すところは人様に見られたくはないわけです。
しかしラルフは帰ろうとしない。
そうこうしているうちに、カイが魔力を要求しだすのではないかとビクビクしながら、ラルフに声を掛けた海でした。
「本日は帰りませんよ?」
「え?!何で?!」
「何か都合が悪い事でも???」
「ありますよ!魔力を渡すところは見られたくないんです!」
「あ~主様が赤子の姿だった時の名残で、主様に吸わせているのでしたっけ?
心配しなくても、私は人間の小娘の胸の一つや二つ、どうってことはありませんから。」
「あなたがどうって事なくても、私が嫌なんです!!!
全くどいつもこいつもデリカシー無さ過ぎよ!」
海とラルフが言い争いをしていると、カイが割って入った。
「ラルフ、お前、俺の食事中は外へ行っていろ…。」
「そうは参りません!本来であれば、毒見をと言いたい所ですよ!
しかもお食事中という守りが弱くなる時に、おそばを離れるなんて…ぎゃんっ!
何をなさるんですか~!!!」
ラルフの頭には、カイの手刀が飛んでいた。
「仕方がない、ではせめて隣の部屋で待機致します!これ以上は譲れません!」
因みに隣の部屋も何も、寝室と居間の間には、扉は無い…カーテンが書けてあるのみである。
その夜、海は必死で声を押し殺した。
「お前…ラルフが隣に居ると、余計に興奮しているだろ?すげぇ旨い!
まるで甘くて旨い酒でも飲んでいるかのようだ~!明日からもあいつを隣の部屋に置いておくか?!」
海は思わずカイの頬を引っ叩いた。
「何すんだよ!」
睨みつけたカイの目には、声を出さないように一生懸命唇を噛み、瞳に涙を溜めた海が映った。
思わずカイは、海の頬に手を添え、唇を重ね、こじ開けた。
海はカイを押しのけようと胸を押すが、ビクともせず、気が付くとその両手をカイの頭にまわしていた。
どのくらい時間が経っただろうか、あまりに静かな様子に、ラルフが声を掛けた。
「主様?!もうお休みですか?!お休みになられたようでしたら、僕は邸へ戻りますが?」
その声に二人同時に我に返った。
二人とも、無我夢中で自分たちのやっていることに気が付かなかった。
海は茫然とし、カイは、何が面白いのか、笑い出した。
「主様???」
「あぁ~ごめん!もう寝るから帰っていいよ!居るの忘れてた!」
「ではまた明日の朝、参ります…。」
「ねぇ…怒ってる?でもあんなのは初めてだよ…頭の中、真っ白になって、何が起こっているのか、全然分からなかった…。
あぁ~やばい!俺、お前に惚れそう…。」
「…。」
「ねぇ…こっち向いて?顔を見せてよ…。もう一回キスしよ?」
「やだ…。もう寝て!おやすみ!」
その夜、海もカイも、眠れぬ夜を過ごすことになりました。