31 昔話
タイトルを「全属性の精霊に愛される元貴族令嬢の才能は、新たな人生で花開く〜精霊術が使えないと虐げられ、疫病神だと離縁されたその後のお話〜」⇒「精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます」に変更しました。皆様を混乱させてしまったら申し訳ないです。
エウフェミアの登場は二人にとって予想外で、そして都合の悪いことだったのだろう。
アーネストはこれ以上ないくらい苦々しい顔で怒りに満ちた声で言う。
「何で教えなかった」
「私だって気づいていませんでしたよ!」
非難にゾーイは抗議する。アーネストは舌打ちをすると「そりゃそうだな」と吐き捨てた。
それを見てエウフェミアは腹をくくる。ゾーイの横を通り、執務机の前に立つ。
「今のお話は本当ですか?」
「……黙秘する」
アーネストはこちらを一瞥もしない。エウフェミアは質問を繰り返す。
「どうして私を探しに来てくださったのですか?」
「黙秘だ」
「あの日、私を助けてくださったのは偶然ではなかったのですか?」
「黙秘」
エウフェミアは一度考える。それから、別の角度の質問を投げかける。
「どうしたら教えてくださいますか?」
「どう言われたって答える気はねえよ。俺を喋らせたかったら拷問器具でも持ってこい。それでも話す気はねえけどな」
それはきっと事実なのだろう。真っ当なやり方では元雇用主は口を開かない。
――なら。
エウフェミアは右手に視線を向ける。そこにはカーテンが引かれた窓がある。無言でそちらに駆け寄り、勢いよくカーテンと窓ガラスを開ける。そして、窓枠に登った。
「エフィ!」
ゾーイの悲鳴を無視して、エウフェミアは下を覗きこむ。地面まで何も障害物はない。少し体重を前にかけるだけで、簡単に地面まで落下できることだろう。
「おい、やめろ!」
焦ったような声に、エウフェミアは勝機を見出した。
後ろを振り返ると、椅子から立ち上がったアーネストが切羽詰まった表情でこちらを見ている。
「会長は私を助けてくださいましたね」
彼に向かって、落ち着いた口調で告げる。
「あの廃道で会長が馬車に乗せてくださらなかったら私は死んでいたかもしれません。対価を払えなかったのに馬車に乗せてくださったということは、私を助けたいと思ってくださってたんですよね?」
今なら分かる。雑用をするように言ったのはただの後づけだ。アーネストはなんにせよエウフェミアを助けるつもりだった。見捨てるつもりはなかった。
――だから。
「教えていただけないのなら、今すぐここから飛び降ります。会長がご存知の通り、私には生命の精霊様の恩寵があるようですから、二階から飛び降りたくらいでは死なないでしょう。もしかしたら無傷ですむかもしれません。そのときは精霊術で屋根まで登って同じことをもう一度します。この程度では交渉にはならないかもしれませんが――」
「分かった! 分かった!」
エウフェミアが最後まで言い切る前にアーネストは叫んだ。彼は両手を上げて、降参の意思表示をする。
「話す。話してやるから、今すぐそこから降りろ」
その言葉にエウフェミアはひどく安堵した。
◆
エウフェミアが窓枠から下りた後、アーネストの行動は迅速だった。すぐに窓に近づき、窓とカーテンを閉める。トリスタンが現れたのはその時だった。
「あれ? 三人で何してるんッスか? ゾーイさん、お部屋に戻ったんじゃなかったんですか?」
まだ少し緊張が残る部屋に、能天気な声が響く。会長に挨拶に行くと言ってなかなか戻ってこないエウフェミアの様子を見に来てくれたのだろう。
アーネストは苦々しい顔で吐き捨てる。
「俺たちがコイツに出会ったのがたまたまじゃなかったとバレた」
「…………あー」
上司の言葉にトリスタンはなんとも言えない気まずそうな顔をする。
「今から俺はコイツに事情を説明をする。お前は盗み聞きするヤツがいねえか、扉の前で見張ってろ」
トリスタンはため息を吐いた。
「仕方ないッスね。後でどうしてそうなったのか、僕にも説明してくださいね」
「分かってる」
そして、残る一人にアーネストは命令をする。
「ゾーイ。お前は寮に戻れ」
彼女は肩をすくめる。
「私は仲間外れですか」
「事情を知りたきゃ、後でエフィに聞け」
アーネストが隠していることを暴いたのはゾーイだ。エウフェミアのためを思い、行動してくれた彼女に感謝と同時に申し訳なさも感じる。
「ありがとうね、ゾーイ」
今の気持ちを精一杯その短い言葉に乗せる。ゾーイは視線を逸らす。
「ゴメンね」
その一言だけを残し、彼女は執務室を出ていった。
「じゃあ、僕は外にいますから」
トリスタンが扉を閉め、アーネストと二人きりになる。元雇用主は窓の前に陣取ったまま、応接用のソファを指差した。
「そこに座れ」
もしかしたら、先ほどから一歩も移動しないのは、エウフェミアがまた危険なことをするのではと警戒しているのだろうか。
(もうあんなことするつもりはないのに)
一度話すと宣言した以上、アーネストが発言を撤回することはないだろう。そんなことを思いながらも、エウフェミアは大人しく指示に従う。
エウフェミアがソファに座ったのを確認し、アーネストも向かいに座る。
彼は難しい表情のまま、黙り込む。エウフェミアはその様子をしばらく窺っていたが、沈黙に耐えかねて口を開く。
「――かい」
「少し待ってろ。どう話すか考えてる」
そう言われてしまえば、その後は待つしかなかった。部屋の時計の音が妙に大きく、ゆっくりと聞こえる。
どれくらい経っただろう。アーネストにしては珍しく、説明を始めるまで長く時間がかかった。彼は落ち着いた口調で話し出した。
「俺の親父がもともと行商人だった話はしたな」
「はい」
人が良かったという先代ハーシェル商会の会長。その話を聞いたのは出張でフィランダーを訪ねたときだ。
「だから、俺は親父と一緒に色んなところに行った。――っても、ブロウズ周辺だけだがな。親父が持ってるのはボロい荷車とロバ一頭だけ。そんな遠くまで商品を運べなかった」
現在は帝国の至るところの商品をやり取りしているハーシェル商会も、先代が行商人をしていた頃はできることは限られていたのだろう。
「ブロウズより、もっと東に大きな街道がある。親父はたまにその道を通ってそれより先にあるクアークって街まで商売に行くことがあった。あの日もそうだった」
「……あの日ですか?」
「今から九年前の話だ」
アーネストは頷く。
「クアークの街で火事が起きた。俺はそれに巻き込まれて――精霊術師に命を命救われたんだ」




