30 続く追求
ゾーイの発言にエウフェミアは言葉を失った。そして、やっと彼女が言いたいことを理解する。
(あの日、会長はキーナンへ仕事に向かってたわけじゃないの?)
彼とはじめて会ったときのことを思い出す。
もう使われなくなった廃道。急いでいたアーネストたちの馬車がそこでぬかるみに嵌まった。エウフェミアがトリスタンに声をかけ、アーネストが馬車から出てきた。そして、馬車に乗せてくれた。
その出会いは偶然だったはずだ。アーネストはエウフェミアとは縁もゆかりもない相手で、たまたまエウフェミアを助けてくれただけ。
そう思うのに、同時に別の記憶が蘇る。
それはブロウズの街で深夜の面談をしたときのことだ。アーネストはそれまで黙っていた自身の上流階級とのコネクションの存在を明かした。そして、本当はエウフェミアをガラノス邸に帰すこともできたと言った。
(あのとき、会長はそうしなかった理由を教えてくださらなかった)
自分で考えろと突き放されたが――もし、今のゾーイの推理が正しいのであれば。
そのとき、室内から笑い声が聞こえた。嘲笑するようなものだ。
「とんだ名推理だな。弁護士の娘ってのは大層想像力が豊かなんだな。商人より探偵か推理小説家が向いてるんじゃないか?」
アーネストは認めない。しかし、そんなわけがないと否定するでも、馬鹿らしいと一蹴するでもない反応がゾーイの推理が的外れでないことを証明しているようにも思えた。
そして、彼女は畳みかける。
「いつ、雇用契約書を用意されたんですか?」
その指摘にアーネストは答えなかった。ゾーイは淡々と言葉を続ける。
「雇用契約書の中身は相手の要求によって内容が変わる可能性がある。それなのに、事前に用意しておくなんて非効率的です。もし、条件を変えてほしいと言われたらもう一度作り直さないといけないんですから。私のときだって一通り条件のすり合わせをしてから、あなたは雇用契約書を作ってくれた。確かにエフィは雇用契約書の中身に文句をつけるタイプでないでしょう。でも、新しく雇うことになる寮の管理人が従順なタイプかどうかなんて、エフィに会う前のあなたには知りようがなかった」
エウフェミアは以前、タビサに文字の読み書きを教えるために雇用契約書の雛形がほしいと頼んだ。そして、アーネストは要望どおり雛形を作ってくれた。忙しい合間を縫って用意されたそれを渡されたのは三日後のことだった。彼は常に雇用契約書を用意しているわけではない。
世間知らずだったとはいえ、そのおかしさにエウフェミアはまったく気づいていなかった。いや、アーネストを疑うという発想がなかったのだ。
「なら、作る時間はエフィに出会ってから雇用契約書をあの子に見せるまでの間――あなたがキーナンで仕事をしていると主張している時間帯です。もちろん仕事を終えて、事務所に戻る前に作ったということも考えられます。そうなると、今度は別の問題が起こります。あなたはエフィの炊事能力がどの程度かも知らずにあの子を雇うことを決めていたことになる。天下のハーシェル商会の会長がですよ? そんなわけないじゃないですか」
エウフェミアから見ても、アーネスト・ハーシェルというのは合理的な人間だ。無駄な仕事を嫌がる。ゾーイの主張は何一つ間違ってないように思える。
――そして、それが意味することは。
その答えをゾーイは口にする。
「あなたはエフィに特別な関心を寄せている。だから、エフィが死んだと聞いて馬車を走らせ、その能力に関わらずハーシェル商会に雇うことを決めた。そう考えれば、エフィがレイランド公爵子息に呼ばれて皇宮から帰ってこれなくなったときもあなたが最後まで付き合ったことにも納得ができる」
推理はそこまでだったのだろう。ゾーイが黙り、扉の向こうは再び沈黙に包まれる。
(――どうしよう)
それはエウフェミアにどう行動するべきか考えさせるには十分な時間だった。
執務室に入るか。その場を立ち去るか。
しかし、二人の間に入ったところでゾーイに加勢できるほどの弁はエウフェミアにはない。その場を立ち去るには二人の会話は自分に関係ありすぎる。
そのため、結局エウフェミアはその場に留まり、息を潜めているしかできなかった。
ふと、扉の向こうから乾いた拍手が聞こえた。
「……褒めてやるよ。ここまで追い詰められたのははじめてだ」
アーネストはどこか面倒くさそうに言う。そして、ようやく彼は負けを認める。
「仕方ない。認めてやろう。お前の推理は間違ってない」
その言葉にエウフェミアは衝撃を受ける。まさか、認めるとは思わなかったのだ。しかし、一筋縄ではいかなかった。
アーネストは「だが」と言う。
「最初の質問に答えるつもりはない。黙秘する」
エウフェミアは最初の質問を思い出す。
そもそもゾーイが問いただそうとしたのは『アーネストがエウフェミアを気にかける理由』だ。彼女は『アーネストがエウフェミアを気にかけている』ことを立証したが、本当に知りたいことに答えはもらっていない。
扉越しにカチッとライターに火をつける音がする。アーネストは深く息を吐く。煙草を吸っているのだろう。それが彼の余裕の表れのように思えた。
「確かにお前にとってアイツは大事な友人だろう。友を想い、俺を追求しようとするのも分かる。だが、俺とお前はどうだ? ただの上司と部下。ビジネスライクな関係だ。そんな相手にすべてをさらけ出すほど、俺は安っぽい人間じゃない」
「なら、ビジネスライクじゃない相手になら明かせるんですか?」
一方、ゾーイの声は少し焦っているように聞こえた。アーネストは嗤う。
「エフィを引っ張ってくる気か? いや、友人想いのお前がわざわざ本人に何が出てくるか分からんブラックボックスを開けさせるような真似は出来ねえよな? だから、こんな時間に一人で来たんだろ? 誰にも、エフィにも気づかれないようにな。――試合は俺の負けだ。勝負はお前の負け。お互い痛み分けってことにしよう」
見えなくとも、ゾーイが悔しがっているのは想像に容易かった。しかし、この程度では彼女も白旗を振らない。
「これくらいじゃ諦めませんから」
捨て台詞が聞こえたと思ったら、突然目の前の扉が開く。エウフェミアはとっさに後ろに避けるが、姿を隠す暇はなかった。
扉を開けて部屋を出ていこうとするゾーイと目が合う。正面の執務机に座るアーネストもこちらに気づく。
ゾーイはぽかんとした表情で呟く。
「……エフィ?」
二人に視線を向けられながらも、エウフェミアは何も言うことができなかった。




