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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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29 盗み聞き


 突然の来客にハーシェル商会の誰一人嫌な顔をしなかった。むしろ、エウフェミアの来訪を大喜びしてくれた。


「エフィちゃん! 久しぶりだなぁ!」

「会いたかったよ! 元気にやってたか?」


 元同僚たちに勧められるまま、エウフェミアは寮の奥へと進んでいく。


「その。会長に許可は」

「そんなの要らねえよ! 何だったら、俺が今伝えてくるよ。きっと許してくれるだろうけどな」


 そう言って一人が事務所まで走ってくれる。そして戻って来ると眩しい笑顔で親指を立てた。


「大丈夫だったぜ! あんまり騒ぎすぎるな、だって」


 厨房から現れたタビサもエウフェミアを見るなり、感激したような涙を浮かべる。


「エフィさん! お久しぶりです! 遊びに来てくれたンですか?」

「申し訳ありません。食事前の忙しい時間にお邪魔してしまって」

「全然! 気にしないでください! ――チャドさん! ちょっとお鍋の様子を見ててください! 今、お茶を淹れますね。ポールさん、そこの荷物どかしてもらえますか!」


 従業員に指示を飛ばし、来客をもてなす準備をする姿は別れたときからは想像つかない。


「ゾーイ。仕事ついでにエフィちゃんを連れてくるなんてやるじゃないか」

「ふふ、もっと褒めてくれていいのよ。エフィは遠慮しいだから、こっちから誘わないと来てくれないと思って」

「エフィさん。今夜はぜひ夕食を食べていってください。今日はいいお魚が入ったンですよ」


 こういった賑やかさは久しぶりだ。あっという間にエウフェミアは夕食をご馳走になることになり、その準備の間、他の従業員たちから質問攻めにあった。


「なあ、貴族街での暮らしってのはどうなんだ? やっぱり、優雅なものなのか?」

「精霊術師の仕事の方はどうよ? さすがに俺たちみたいな一般人のところまでそういう話は届かねえんだよ」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問にどう答えるか困る。助け舟を出してくれたのはゾーイだ。


「こら。守秘義務ってのがあるでしょ。エフィだって答えられないこともあるわよ。そういう質問はしないの」


 確かに仕事の話はあまり部外者には出来ない。ゾーイの言葉で「悪かったな」と相手が引き下がってくれたことに、エウフェミアは小さく安堵の息をもらす。


 それから、エウフェミアは元同僚たちとテーブルを囲い、夕食を共にした。途中、トリスタンも合流する。周囲は酒が入り、より騒々しくなる。


 その喧騒は送別会を彷彿とさせる。しかし、あのときのような寂しさは感じない。エウフェミアは宴を心から楽しんだ。


 空腹感を満たし、賑やかな空気にすっかり満足する。そうすると、気になることも出てきた。雰囲気に水をささないよう、エウフェミアはこっそりとトリスタンに耳打ちをする。


「会長はこちらにいらっしゃらないのですか?」


 その質問に、トリスタンは苦笑いを浮かべる。


「一応声はかけたッスけど……まあ、いらっしゃらないでしょうね。いつもそうッスから」


 こうした空気が嫌いなのか。あるいは必要を感じていないからか。それとも、部下たちに気を遣ってか。


 その答えはエウフェミアにも分からない。無理に誘うのも余計なお世話だろう。だから、エウフェミアはトリスタンに許可を求めることにした。


「私、会長にご挨拶してきます。事務所に上がっても大丈夫ですか?」


 今はもう部外者の自分が自由に事務所に出入りするのはまずいだろう。トリスタンは少し沈黙してから、「他の部屋に入らなきゃいいですよ。会長のお部屋に入るときはノックをしてくださいね」と笑った。



 ◆



 寮を抜け出し、事務所の裏口を開ける。そこは以前と同じように鍵はかかっていない。少し前までは毎日のように上り下りした階段を上がっていく。


 事務所にはもうアーネスト以外いないのだろう。周囲はすっかり静まり返っている。エウフェミアも物音を立てないよう気をつけながら、アーネストの執務室前まで進む。


 そして、右手を上げ、扉をノックしようとしたときだ。部屋の中から声が聞こえた。思わず、扉を叩こうとするのを止める。


 中から聞こえるのは複数の声だ。男性と女性。それぞれ一人分ずつ。男性はアーネストで間違いないだろう。ならば、女性の方は誰なのか。


 こんな時間にアーネストと二人きりで会話をする女性。それが誰なのか、エウフェミアは気になって仕方なくなる。


 そして、盗み聞きはよくないことを分かっていながら、扉に耳を当てる。くぐもってはいるが、何を話しているのか聞こえるようになる。


「――たいことがあるんです。できれば、素直に答えていただきたいんですけど」


 その声を聞いて、エウフェミアは目を見開く。扉越しとはいえ、とても聞き慣れた声だ。


(ゾーイ?)


 聞き間違えようなく、話しているのは先ほどまで寮の食堂で一緒にいた友人だ。飲みすぎたと言って一足先に自室に戻ったはずだ。


 なぜ、彼女がアーネストの執務室にいるのだろう。その理由がひどく気になる。


 エウフェミアは執務室内の会話に集中する。苛々したようなアーネストの声。


「回りくどい。さっさと言え」

「じゃあ、言いますけど。どうして、エフィのことそんなに気にかけるんですか?」


 突然自分の名前が出たことにエウフェミアの思考は停止する。


(……なんでそんなことを聞いているかしら。そもそも、「そんなに」って言われるほど、会長が私を気にかけてくださってるわけではないと思うのだけれど)


 確かにエウフェミアはアーネストに多大な恩がある。かなり助けてもらってきた。しかし、それはアーネストが捻くれ者でも優しい人物だからだ。エウフェミアへの気遣いも元従業員に対してのものだと思う。


 扉の向こうからしばらく音がしなかった。少しして、ようやくアーネストの声が聞こえる。


「…………意味が分からねえんだが」

「あなたはとても仕事の出来る方です。私がついていこうと思えるほどに。あなたの手腕は信頼してますし、尊敬もしてます。でも、今回ばかりはミスでしたね。私をグッドフェロー伯爵夫人の担当にするべきではありませんでした」


 グッドフェロー伯爵夫人はゾーイが日中会っていた顧客だ。彼女の名前が出てくる理由も分からない。ただ、二人の会話に耳を傾けるしかできない。


 ゾーイの発言にアーネストは何も言わなかった。数秒間をおいて、どこか上機嫌な声が聞こえた。


「これだけで私が言いたいことが分かるなんてさすがです。――ええ。夫人から聞いたんです。あの日は夫人の亡くなったお母様の命日だったそうですね。だから、夫人もあなたに前イシャーウッド伯爵の奥方が亡くなったことを伝えた日付だとしっかり覚えていらっしゃいました」


 どんどん混乱が深まる。


(――前イシャーウッド伯爵の奥方?)


 それは誰のことだ。イシャーウッド伯爵であれば元夫のマイルズのことだ。その先代といえば元義父。そして、その妻となれば元義母だ。しかし、エウフェミアが別邸を追い出されるまで元義母は健在だった。では、それ以降に亡くなってしまったのか――。


 そんな事を考えている間にもゾーイの話は続く。


「私も覚えてますよ。エフィを連れてくる二日前。客先回りに出かけたあなたは昼過ぎに帰ってきた。そして、急な出張に出かけたんです。本当はその日、午後は事務所にいらっしゃる予定でしたよね」


 この会話でようやくゾーイの言う()()()がいつのことか分かる。イシャーウッド伯爵家を追い出されたエウフェミアがまだ野宿生活をしていたときだ。


「半年以上前のことをよく覚えているな」

「その日、ポールが会長に提出する書類のチェックを頼んできてたんです。だから、覚えてました。さっきデスクに置いてた手帳も確認しました。間違いないです」


 ゾーイは一呼吸おく。


「そのとき、一緒に事務所の記録も確認してきたんです。あの日、会長はどんな仕事をしに行ったかはおっしゃってませんでした。だから、全然気にしていませんでしたが――エフィから聞きました。キーナンで仕事をされたんですよね。でも、キーナンにうちの取引先になる方はいません。かつてはお得意様がいて、そのために事務所も用意されたみたいですけど、それももう二年近く前の話です。新しい取引先の開拓と考えるにも、そういう記録が一切ありません。私もそんな話聞いていません。だから、私はこう考えました。あの日、グッドフェロー伯爵夫人からエフィが亡くなったという話を聞いたあなたは、イシャーウッド伯爵領のエフィが住んでいたという別邸に向かった。そうだったんでしょう?」


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