27 弱音を吐ける相手
ビオンとケントがいなくなり、入れ違いにアーネストが客室に入ってきた。見張りを買って出てくれていたのだ。
彼は仮面を外して言う。
「これで万事解決だな」
「はい」
本当の意味での万事解決には程遠いが、大きく前進することが出来た。エウフェミアは微笑む。
「まさかエフィさんがビオン様とお知り合いとは思いませんでした」
「私もです」
どこか複雑そうな表情を浮かべるシリルに、エウフェミアも同意する。
「まさか、八年前に会っていたなんて――」
そこまで呟いて、ふと気づく。難しい顔のエウフェミアにアーネストが問いかける。
「どうした?」
「……そもそも、あの日。私は何をしていたのでしょうか」
エウフェミアには精霊会議での記憶が欠落している。元々分かっていたのは二つ。
精霊会議にはエウフェミアを含めた家族四人で参加した。
精霊会議でエウフェミアを除く家族三人が死亡した。
そして、先ほどのビオンとのやり取りで分かったことがある。――エウフェミアは兄イオエルと一緒に行動をしていた。
「あの日、ビオンは火の大精霊様との謁見まで『赤の談話室』にいるように言われていたそうなんです。そこに私と兄がやってきたと言っていました」
「……それで?」
アーネストもまだエウフェミアが何を言いたいのか分からないのだろう。静かな口調で続きを促す。
「その時間は七家の当主の会議がされていたと思います。ビオンはその後に大精霊様との謁見があると言っていました。ですが、それはゴタゴタでなくなってしまったそうです。ゴタゴタって、両親と兄が亡くなった件ですよね」
ノエの話を聞くかぎり、十歳の精霊術師の子どもが大精霊と引き合わされるのは重要な儀式のはずだ。それが中止されるなんてよっぽどのことがなければないだろう。そして、ガラノス家当主と次期当主、右の眼の死はそのよっぽどなことだ。
「父は少なくとも会議に参加していたはずです。だから、三人が死んでしまったのは会議が終わってから大精霊との謁見が始めるまでの間のはずです。でも、兄はその直前まで私も一緒にいました。――なら、私は三人が死んでしまったとき、どこにいたんでしょうか」
それは今までまったく考えていないことだった。
エウフェミアはずっと『無色の城』で自分は両親や兄と別行動をしていると思い込んでいた。
それは三人は大精霊の紋章や精霊の眼を持つ特別な存在であり、何かしら役割があってもおかしくないと考えてしまったためだろうか。あるいは三人が死に、エウフェミアが一人だけ生きている結果のためだろうか。
しかし、事実は違った。そして、直前まで兄と一緒に行動していたという事実はある可能性を示している。
(――もしかしたら、三人は私の目の前で)
それは考えたくもないとても恐ろしい想像で、同時に十分考えられることだ。
なぜエウフェミアに精霊会議の記憶がないのか。人は衝撃的な出来事に直面すると、自己防衛のために記憶を失うことがあると聞く。家族の死は記憶を失っても当然の出来事ではないだろうか。
想像はそこで終わらない。
(もし、皆の死の原因が私にあったら)
思考はどんどん暗い方へと引っ張っていかれる。底のない沼にはまっていく。完全にエウフェミアの意識は自分の中の世界だ。――それを引き戻したのは強い力だった。
「エウフェミア」
突然顎を掴まれる。無理やり顔を上げさせられた。目の前には黒髪黒目の男の顔がある。
男は真剣な表情でこちらを見ている。低い声で訊ねられる。
「俺が誰か分かるか?」
「…………アーネスト・ハーシェル会長です」
「よし」
アーネストはその答えに満足したのか、エウフェミアの顎から手を離す。それからシリルに向かって指示を出した。
「おい。使用人捕まえてなんか貰ってこい。温かい飲み物と、後は甘いものがいい。チョコレートなんかが一番だな」
いつもなら「どうして私が」と反論が飛んできただろう。しかし、シリルは複雑そうな表情のまま、「分かりました」と客室を出ていく。
「ほら、一度座れ。酷ぇ顔色だぞ」
「……ありがとうございます」
アーネストに腕を引かれ、ソファに座る。相手もエウフェミアの隣に乱暴な動作で腰かけた。
「いくら考えても答えの出ないことを悪く悪く考えるのはお前の悪いとこだぞ」
途中からエウフェミアは言葉にしていたつもりはなかった。しかし、こちらの心の内を分かったようにアーネストは言う。もしかしたら、声に出していたのだろうか。
「そんなことは」
「フィランダーの爺さんに会いに行ったときのことを覚えてるか? お前はあん時もくだらないことをグダグダグダクダ悩んでた」
それまで吐き捨ててから、アーネストは一度口を閉じる。それから、神妙な面持ちで息を吐く。
「いや、今回のはくだらねえ話じゃねえな。ただ、悪い方向に想像を働かすのは心を疲弊させる行為だぞ。お前の心が死んでくだけだ。やめとけ」
彼の言うことは正しいだろう。
この件はいくら考えても答えは出ない。真相はもしかしたらエウフェミアの失った記憶の中にあるのかもしれない。しかし、本当に真相を知っているかも、取り戻せるかも分からない。そんな自分の記憶をどうにかするよりはエリュトロス精霊爵に会う方が確実だろうとも思う。
それでも、完全に悪い想像しないというのは難しい。川原でのやりとりを思い出しながら、すがる思いでアーネストに問う。
「……どうしても悪いことを想像してしまうときはどうすればいいんでしょうか」
あのとき彼は当時のエウフェミアには思いもしなかった選択肢を提示してくれた。またアドバイスが欲しくてエウフェミアは訊ねる。
すると、なぜかアーネストは苦虫を噛み潰したような顔をした。それから唸りながら捻り出したのは意外な言葉だった。
「一人で考え込むな。誰かに相談しろ。思ってることを、気持ちを共有しろ」
ワンマンで、すべて自分の判断で物事を決定しているハーシェル商会会長らしからぬ発言だった。
いや、もしかしたらすべて自分で決めている彼だからこそ出た言葉なのかもしれない。エウフェミアは言われた言葉について考える。しかし、また新たな悩みが出てくる。
「……誰に共有すればいいのかが分かりません」
今のエウフェミアにはたくさんの協力者がいる。
シリルにビオン。それにノエ。キトゥリノ兄妹も協力者と言ってもいいかもしれない。今回の件に関してはアーネストもだ。
精霊術のことや八年前の真相を調べるための相談をする相手はいる。しかし、弱音を吐ける相手となると難しい。
「マイナスな気持ちを誰かに伝えるというのは、相手も不快な気持ちになってしまうのではないでしょうか。相手を困らせてしまうかもしれません」
「余計な気を回すな。むしろお前に頼られたって喜ぶヤツもいるんじゃねえか?」
「……そんな方いるのでしょうか」
こちらの呟きにアーネストは答えなかった。じっとこちらを見据えて言う。
「大事なのはそんなことじゃねえよ。――お前は誰に相談したい? 自分の悩みを、痛みを誰と共有したい? 分かち合ってほしいと思う?」
エウフェミアは唖然とする。何も言葉が出ない。
ちょうどそのとき。ハーブティーとチョコレートを持ってシリルが帰ってきた。それを貰い、一息つく。
エウフェミアが落ち着いたのを確認してから、三人は馬車に乗って帰路についた。その間、ずっと頭にはアーネストの質問がこびりついて離れなかった。




