26 力になりたい
ビオンが口を開く。
「それで、エウフェミアは父さんに会いたいんだよね」
「ええ」
精霊庁でも把握できないエリュトロス精霊爵の居場所。息子のビオンなら知っているはずだ。彼以上に取次を願うのに相応しい相手はいない。
「その、ビオンには協力をお願いしたいのだけれど……ダメかしら?」
ビオンの態度はとても友好的だ。エウフェミア自身も彼を疑う気になれない。だからこそ、こちらの事情をすべて明かした。
しかし、無条件に協力してもらえると考えるのは図々しいだろう。そんな不安をよそに、ビオンは笑顔を返してくれる。
「もちろん。俺にできることなら何でもするよ」
「ありがとう」
エウフェミアはお礼を返す。じっとこちらを見つめていたビオンがボソリと呟いた。
「ずっと、君のことを心配してた」
「私のことを?」
「心を壊してしまったって聞いて。……その後、伯爵家に嫁いで、亡くなってしまったって聞いてすごくショックだった。もう会えないと思っていたから……、こうして再会できて嬉しい」
エウフェミアは驚いた。
ハーシェル商会に来るまで、エウフェミアは冷遇される立場にあった。エウフェミア・ガラノスを心配してくれる人がいたとは思ってもみなかった。そのことを嬉しいと思う反面、疑問も浮かんでくる。
「……その、私たちってどうやって出会ったの?」
なぜ彼はそこまでエウフェミアを案じてくれたのか。精霊会議で彼とエウフェミアの間に何があったのか。そのことがひどく気になる。
ビオンは少し間をあけてから答える。
「君たちが『赤の談話室』にやってきたんだ。君とお兄さんが」
「私と――お兄様が?」
彼は頷く。
「本当は他家の談話室に行くのはいけないんだ。あの日の精霊会議に参加しているのはエリュトロス家では俺と父さんだけだったから、誰かがやってきたことにすごくビックリした。エウフェミアは冒険だって言ってたけど」
ビオンの言葉にエウフェミアは戸惑う。
(そんな、禁止されていることをするなんて)
しかし、幼い頃のことを思い出し、考えを改める。
当時のエウフェミアはどちらかというとお転婆だった。兄と張り合いたいという負けん気も強かった。そして、兄は生真面目なタイプではなかった。表面上は両親の言いつけを守っていると装いながら、裏では自由奔放に振る舞っていた。
兄が『無色の城』を見て回ろうと言い出し、エウフェミアが兄に張り合って一緒についていく。それは容易に想像できる光景だった。
ビオンは話を続ける。
「火の大精霊様との謁見を前に俺、すごく緊張してたんだ。とにかく不安だった。あの部屋で一人でいる時間がすごく長く感じた。エウフェミアたちがやってきたのはそんな時だった。俺が不安がってるのに気づいて、君は俺は励ましてくれた。それがすごく嬉しかったんだ」
そう語る彼の表情は本当に嬉しそうなものだった。
「だから、またこうして君に会えて嬉しい。君の役に立ちたい。力になりたいんだ」
その言葉を聞いて、エウフェミアはなぜビオンのことを疑いもなく信じられると思ったのかが分かった。
彼の言葉には嘘も隠し事もない。純粋にエウフェミアを助けたいという気持ちが伝わってくる。
その反面、申し訳なさも覚える。エウフェミアは八年前の出会いのことを何も覚えていない。
(せめて、ビオンと会ったときのことだけでも思い出せればいいのに)
そう思って彼のことを見つめるが、そんな都合よく記憶が蘇るようなことはない。
少し考えてからエウフェミアは口を開く。
「バルコニーにいるあなたを見たとき、なんだか懐かしい気がしたの」
ビオンはきょとんとした表情でこちらを見る。
バルコニーにいる彼を見たとき。本来の目的から外れることを分かっていながら、エウフェミアはビオンに話しかけた。そうしたくて仕方なかった。
それは彼が身につけたガラノス家の青が原因だと思っていたが、もしかしたらどこかに昔の記憶が残っていたのかもしれない。
実際、今エウフェミアはビオンと初対面と思えないほど親近感を持って接することが出来ている。向こうから何かを求められたわけでもないのに友達口調で話すことが出来ている。
「私もあなたにまた会えて嬉しいわ。ビオン」
エウフェミアの言葉に彼は照れたようにはにかんだ。
◆
こうして仮装舞踏会に参加した目的は果たされた。いや、それ以上の成果を出せた。|エリュトロス精霊爵子息の友人どころか、|エリュトロス精霊爵子息と知り合うことができた。
「一度屋敷に戻って父さんの予定を確認してくる。俺が言っても素直にエウフェミアに会ってくれないと思うけど、……なんとか、会えるような状況を作れるように頑張るよ」
ビオンはそう約束してくれた。そして、彼との連絡網にケントがなってくれることになった。
「これ。僕が持ってる秘密の連絡手段の一つ。ココに連絡してくれれば、僕に話が届く。ビオンに繋いであげるよ」
ケントは笑って、小さなメモを仮面を外したシリルに手渡した。
「君にはそういうのないの?」
「……申し訳ありませんが」
「じゃあ、こっちから連絡したいときはどうしようか。精霊庁関係者に頻繁に来られるのも困るし――」
二人の公爵子息は今後の連絡手段について話し合う。それがまとまると、ケントとビオンは大広間に戻ることになった。主催者の友人という立場上、最後まで残る必要があるそうだ。
別れ際、ビオンはエウフェミアの手を握る。
「必ず父さんと会えるようにする。待っていてくれ」
「うん。待ってる」
エウフェミアは笑顔を返す。そうして、二人は客室を出ていった。




