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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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20 正しい色


 キラキラと輝くシャンデリア。美しい楽曲を奏でる楽団。大広間の中央できらびやかなドレスを翻る令嬢とそれをリードする子息。誰もが上品に笑みを浮かべ、優雅に立ち振る舞っている。


 数百人は収容できそうな広間に大勢の若者たちが集まっている。優に百人は超えていそうだ。これだけ多くの上流階級の人々を見るのははじめてだ。


 仮装舞踏会(マスカレード)。――はじめて見る社交界の催しと人の多さにエウフェミアは完全に呑まれていた。


 ぎゅっと両手を握りしめ、隣りにいるシリルに話しかけた。


「ほ、本当にたくさん人がいらっしゃるのですね」


 しかし、返事が返ってこない。頭全体を覆う被り物のせいで表情も窺えない。


 心配になって、エウフェミアは訊ねる。


「…………シリルさん? どうなさいました?」


 壁際に立つ二人の近くには誰もいないが、つい声を潜めてしまう。シリルは頭を押さえると重い溜息を吐き、ようやく返事をした。


「この被り物は視界が悪すぎます。よくもまあ、こんなものを用意しましたね。あの男も」


 その言葉にエウフェミアは苦笑いを浮かべる。


「いちいちうるせぇな」


 急に会話に割り込んできた声にエウフェミアが振り返ると、偵察に行ったアーネストが戻ってきていた。両手にはグラスがそれぞれ一つずつ握られている。


「ほら」

「ありがとうございます」


 アーネストはグラスを一つエウフェミアに渡すと、もう一つを自分で仰ぐ。


 考えるまでもなく、グラスの数が足りていないことに気づく。エウフェミアはアーネストとシリルを何度も見やってから、グラスをシリルに差し出した。


「あの、よろしければ」

「その被り物で飲み食いはできねえだろ。コレが終わるまでは我慢しな」

「本当にこれ、ご自分用だったんですか? 私に嫌がらせするつもりじゃないですよね?」

「そんな面倒なことするわけねえだろ」


 大きくため息をつくと、声を潜めた。


「適当なグループの会話に少し混じってきたが、普通にしてちゃ情報は得れそうにねえな。お互い仮名で呼び合う。素性を詮索しない。それがここのルールらしい」


 ハフィントン侯爵邸からの帰りにアーネストが言っていた言葉を思い出す。


 仮装舞踏会(マスカレード)の参加者の身元は一見して分からない。そういった匿名性に新鮮さや魅力を感じて、刺激を求める若者が参加する。相手の素性を探らないのがマナーなのだろう。


 ――でも。それがマナーだと言って、諦める理由にはならない。


 エウフェミアはぎゅっと手を握り、決意する。


「私も、参加者の方の話を聞いてきます」

「おい」


 一歩歩き出したエウフェミアをアーネストが呼び止める。振り返ると、そっと耳打ちをされる。


「エリュトロス家の仮装をしている若い男に当たれ。着てる服が出来るだけ上等な奴だ。相手は火霊同盟の主要メンバーであるリーヴィス公爵家の子息だ。そういう奴がケント・リーヴィスの可能性が高い」

「…………分かりました」


 声の近さに一瞬、心臓が跳ねる。しかし、そのことは表に出さないように、エウフェミアはゆっくりと答え、仮装する人々の方へと向かっていった。



 ◆



 エウフェミアはグラスを片手に周囲を見回す。そして、先程言われた特徴の相手を探す。


(エリュトロス家の仮装。若い男性。着ている服が上等な人)


 参加者の仮装は色とりどりだ。赤、黄、緑、茶、白、紫。そして、当然青もある。


 少し離れた場所にガラノス家の仮装をした若い二人組の令嬢の姿を見つけ、つい目を留めてしまう。楽しそうに笑う少女たちに従姉妹の姿を重ねてしまう。


(――あら?)


 しかし、すぐにエウフェミアは気づく。青色のウィッグを被った二人の令嬢。その髪色が見知ったものと違う。


 ガラノス家の髪色は鮮やかな深い青(コバルトブルー)だ。しかし、彼女たちは水色に近い。


 それに気づき、周囲を見回す。同じようにガラノス家の仮装をしている人々の髪が少しずつ違う。


 どうして。そう考えてからすぐに答えに気づく。さらに他の参加者の髪色も一人ひとり観察する。そして、答え合わせのために元いた壁際へ戻る。


 そこにはまだ目的の相手が残っていた。こちらに気づき、シリルは顔を向けてくる。


「どう――」

「エリュトロス家の赤色はどれが正確な色ですか?」


 気が急くあまり、向こうの質問に被せてしまった。しかも、質問が端的すぎて意図は伝わってないだろう。


 無言になるシリルに、エウフェミアは一度大きく深呼吸をしてから、改めて訊ねる。


「皆さん、同じ家の仮装をしていても髪色が少しずつ違います。これって、本当の七家の色を知らないですよね? ケント様は本当の色をご存知ですよね? 正しい赤を教えていただけませんか?」


 精霊貴族は他の貴族とは距離を置いている。社交界にも参加しない。だから、七家の人間と会ったことない多くの貴族たちの色は本物とは違うものになってしまう。


 しかし、ビオン・エリュトロスと交流のあるケント・リーヴィスは正しい赤を知っている。そうなると、先ほどアーネストに言われた特徴以外に正しいエリュトロス家の赤の髪色をしている人物を探せばいい。その正解の色を、目の前の精霊庁の官吏も知っているはずだ。


 こちらの質問の意図が伝わったことで、シリルの雰囲気が変わるのが分かった。彼は手を伸ばし、エウフェミアの赤いウィッグに触れる。


「本物はちょうど()()と同じ色です」


 その声音は真面目なものだった。エウフェミアは笑みをこぼした。


「ありがとうございます」


 礼を伝えてから、ふと、もう一人の同行者の姿がないことに気づく。周囲を見回してから、首を傾げる。


「会長はどちらにいかれたのですか?」

「さあ。好きにさせてもらうと言っていましたよ。固まって行動しても意味がない、とも。あの男のことは放っておきましょう。心配する必要もないでしょう」

「それはそうなのでしょうけれど……」


 この三人の中で一番、こういった場に慣れているのはアーネストだろう。彼が何かトラブルを起こしたり、巻き込まれたりする姿は想像しがたい。


 シリルが口を開く。


「私も彼を探しに行きます。――お互い逆回りに探しましょう。私はあちら側から探してみます」

「分かりました。私は反対側から行きますね」


 そうして、二人は別れる。エウフェミアはシリルとは反対方向へと向かった。


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