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7 『創世記』と七人の大精霊


 それからエウフェミアの日常は二つ変化が起きた。


 一つは仕事の大半をタビサと一緒にやるようになったこと。もう一つはタビサが働く分、空いた時間に、彼女に文字の読み書きを教えるようになったことだ。


「マサカ、ワタシでも文字を読む勉強ができるとは思いませんでした」


 感動するように言った女性は、ここで生活するうち少しずつ外見に変化があった。


 ボサボサだった髪はまとめられ、日々の洗髪で艶も出てきた。服もエウフェミアが着ているのと同じエプロンのついた仕事着を与えられ、どこからどう見ても帝都でよく見かけるような女使用人のようななりだ。長くここに住めば地方特有の訛りもとれていくのだろう。


「会長に拾っていただけたのは本当に幸運でした。精霊サマに感謝しなければいけません」


 彼女は何かあると『精霊サマ』という言葉を口にする。曰く、農民や職人たちは日常生活や仕事に精霊の存在が結びついているため、日頃から精霊に祈り、感謝をしているという。


 エウフェミアはくすりと笑ってから、一冊の本を取り出す。


「それでは、今日はこの本を読んでいきましょうか」


 それは『創世記』と呼ばれる絵本だ。この世界を大精霊たちが創った神話時代の出来事が書かれている。


 表紙を見てすぐにそのことに気づいたタビサは顔を輝かせる。


生命の精霊(プシュケー)サマと七人の大精霊サマたちのお話ですね!」

「はい」


 エウフェミアは絵本のページをめくる。


 かつて何もなかったこの世界に最初に生まれたのは生命の精霊(プシュケー)と呼ばれるたった一人の精霊だった。一人が寂しいと思った彼は同族である精霊たちを生みだし、共に世界を創った。


 土の大精霊(ギー)が大地を。

 風の大精霊(アネモス)が風を起こし、空を。

 水の大精霊(ネロ)は海を。

 草の大精霊(グラシィディ)が森といった自然を。

 火の大精霊(フォティア)は大地を隆起させ、山を創り出した。

 そして最後に光の大精霊(フォス)闇の大精霊(スコターディ)によって昼と夜が分けられた。


 こうして、今の世界が形作られた。そして、その後、大精霊たちの眷属である他の精霊たちも生まれ、動物や人間も創られたのだ。


 文字が読めなくても話の内容自体はタビサも知っているはずだし、子供向けの絵本なら難しい単語も使われていない。今のタビサでも文章を読む練習に使えると思って、ゾーイに頼んで彼女の実家から持ってきてもらったのだ。


「この単語分かります! これは――ええと、もしかして、森という意味ですか?」


 狙い通り、タビサは楽しそうに絵本をめぐってくれる。そのことにエウフェミアは安堵しながら、彼女の知らない単語や文章の接続について説明した。


 絵本に目を通し終えたタビサに次は文字を書く練習をさせる。


 タビサ・インズ――苗字のない農民は代わりに出身地を書くのだ――とエウフェミアが書いた見本を見ながら、タビサは何度も同じ字を書く。それを見守りながら、手持無沙汰から創世記の絵本を手に取る。


 創世の物語はエウフェミアも幼い頃から知っている。同じような絵本はエウフェミアの実家にもあった。そこでエウフェミアは絵本の内容だけでなく、自分たち精霊貴族についても教わった。


『私たち七つの精霊貴族はそれぞれ、創世記に出てくる偉大なる七つの大精霊たちの恩寵を得ているのだよ』


 そう幼いエウフェミアに語ったのは父グレイトスであった。


 カフェ家には土の大精霊(ギー)が。

 キトゥリノ家には風の大精霊(アネモス)が。

 プラシノス家には草の大精霊(グラシィディ)が。

 エリュトロス家には火の大精霊(フォティア)が。

 アスプロ家には光の大精霊(フォス)が。

 ポイニークーン家には闇の大精霊(スコターディ)が。


 ――そして、ガラノス家には水の大精霊(ネロ)が。


 それを聞いて、エウフェミアは父グレイトスに訊ねた。


『大精霊様はみんな(・・・)とは違うの?』


 その頃のエウフェミアにとって、精霊はごく身近な存在だった。


 この話をしている間もすぐ傍の暖炉で火の精霊たちが喧嘩をしている。この小さな島だけでも至るところに精霊たちがいて、みんなエウフェミアの友達だ。しかし、その中には大精霊と呼ばれる子はない。


 父の代わりに説明をしてくれたのは母アルテミシアだった。


『ええ、そうよ。大精霊様たちは精霊たちより上位の存在なの』

『ジョウイ?』

『そうね。例えばこの間エフィは大事な帽子を湖に落としてしまったことがあったわね』


 そのことはよく覚えている。ほんの数日前のことだ。


 湖のほとりで風の精霊たちと遊んでいたエウフェミアは帽子を湖に落としてしまった。去年の誕生日にもらった宝物だ。


 大分遠くまで流されてしまって、エウフェミアは困り果てた。しかし、そのとき水の精霊が助けてくれたのだ。


『水の精霊は湖の波の向きを変えてくれて助けてくれたわね。でも、これが大嵐の中だったらあの子だけの力では波の向きは変えられなかった。もっとたくさんの水の精霊の力が必要になる。でも、精霊たちは皆で協力するということをしないのよ。精霊たちは自分のしたいようにしか動かないの』

『でも、私のこと助けてくれたよ』

『それはあの子がエフィを友達だと思っていて、あの帽子がグレイトスが買い与えたものだと知っていたからよ。本当なら助けてはくれなかったわ。でも、水の大精霊(ネロ)様ならどんな嵐でもあの帽子を岸に戻すことができるのよ。あの方はすべての水の精霊の主ですからね』


 どうやら、それほど大精霊とはすごい存在らしい。


 しかし、普段生活をする中では偉大な存在の恩寵を受けているというのは実感しづらい。


 浜辺にいる時波しぶきをたてて一緒に遊んでくれるのも、食事の前に手を洗う時『しっかり洗うのよ』と言ってくれるのも小さな小さな水の精霊たちだ。エウフェミアは一度も水の大精霊(ネロ)様に会ったことがない。


 だから、エウフェミアは父に訊ねたことがある。


水の大精霊(ネロ)様はどこにいるの?』

『あの方はどこにでもいるよ。ガラノス家の当主である私が呼べばすぐに飛んできてくれる』

『じゃあ、呼んでみてほしい! 私、水の大精霊(ネロ)様に会ってみたい!』


 娘の我がままに、父は困ったように言う。


『それは駄目だよ。大精霊様はこの世界を創った尊いお方だ。気軽に呼び出していいお方ではない。呼んでいいのは本当に大事なときだけなんだ』

『……じゃあ、私は会えないの?』

『そうだね。水の大精霊(ネロ)様のほうがエフィに会ってもいいと思ったら、会ってくださるよ』


 父は少し考えこむ。それから名案を思いついたとばかりに言う。


『次に水の大精霊(ネロ)様にお会いしたときに、私のほうからエフィに会いたがっていたと伝えておくよ。水の大精霊(ネロ)様の気分次第で会ってくださるかもしれない』

『本当? 約束だよ!』


 父と娘は指切りをする。――そして、その約束はすぐに果たされた。


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