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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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9 手がかり


 少女は語る。


生命の精霊(プシュケー)様は眠りにつく際、七家の力になるようにとその両目を貸し与えてくださったの。それが右の眼(デクシア)左の眼(アリステラ)。私の左目が精霊と同じものが視えるのは、生命の精霊(プシュケー)様の力が宿っているからなの」


 彼女の説明で、エウフェミアはようやく精霊の眼(オプタルモス)がそれぞれ右の眼(デクシア)左の眼(アリステラ)と呼ばれるのかを理解した。


「左右で見えるものが違うのですか?」

「そう。普通は右目と左目で見えるものは同じなんですってね。ずっと、これが普通だと思ってたわ」


 エウフェミアはダフネの発言に何も言えなかった。


 確かに、幼い頃から左右で見えるものが違ったら、それが当たり前と思うだろう。この幼い少女の眼は左で精霊の世界を、右で人の世界を映すのだ。


 左と右で見え方が違う。想像しただけでめまいがしそうなのに、目の前の少女は当たり前のように過ごしている。思わず感心してしまう。


 ダフネはテーブルにひざをつく。


「ずっと、自分のことは普通だと思ってたの。兄さんみたいに風の精霊たちとの相性も良くないし、みんなみたいに()じゃないし。でも、私が一番普通じゃなかったわ」


 大精霊の紋章(エンヴリマ)を授かる人間は七家合わせて十四人。精霊の眼(オプタルモス)はたった二人――いや、今は一人だけだ。


 ダフネはこちらの様子をじっと窺う。そして、問いかけてきた。


「あなたは嫌じゃない? 世界でたった一人の生命の精霊(プシュケー)の恩寵を受けた存在ってことが」


 その質問に、エウフェミアはすぐに答えられなかった。


 生命の精霊(プシュケー)は偉大なる精霊だ。その彼の恩寵を受けているということはとても名誉なことだろう。


 その一方で、その事実がエウフェミアを今の状況に追いやっているのも本当のことだ。家族の死の真相を知る鍵であると同時に、――自分を孤独に追いやってもいる。


 しかし、目の前の少女にその気持ちを正直に打ち明けるのは抵抗がある。いくら、しっかりしているとはいえ、相手は八つも年下の女の子だ。弱音をぶつけていい相手ではない。


「ダフネ様は嫌なのですか?」


 だから、少し卑怯と思いながらも、逆に訊ねてみた。すると、少女は眼を見開いた。


「……そうね。一人は寂しいわ。右の眼(デクシア)がいてくれればいいのにって思う」

 

 そして、寂しそうに呟く。


左の眼(アリステラ)右の眼(デクシア)はずっと、二人で役目を分かち合ってたんですって。右の眼(デクシア)がいれば、助け合えるのに」


 現在、七家にたった一人しかいない精霊の眼(オプタルモス)。その責務は幼い少女一人に背負わせるには重すぎるだろう。


(――右の眼(デクシア)はどうしていないのかしら)


 エウフェミアは思いを馳せる。


 あるいはこの世界のどこかにいるけれど、何かしらの事情があって姿を現していないだけなのだろうか。どちらにせよ、今すぐ目の前にやってきて、この少女を安心させてくれればいいのにと思ってしまう。


 しかし、そんな空想が実現するわけもない。食堂には未だエウフェミアとダフネの二人きりだ。


「ダフネ様」


 だから、エウフェミアは少女を励まそうと笑いかける。


「私も、今は七家に属さない精霊術師です。ダフネ様と同じ――というのは失礼ですね。でも、状況は少し似ていると思います。何か困った際はぜひ、おっしゃってください。なんでも協力します」


 たとえ、精霊の眼(オプタルモス)としての責務があったとしても、彼女が手助けをしてくれたのは事実だ。その気持ちに応えたいと思う。


 ダフネは苦笑を浮かべる。こちらの気持ちがどれぐらい伝わったかは分からないが、「分かったわ。ありがとう」と答えてくれた。


 それから、しばらく、エウフェミアはダフネがしている精霊術師の修行の話を聞く。一見すると、年上が年下の子の話を聞いてあげているように思えるだろうが、実際は違う。精霊術について未だ無知なエウフェミアに、ダフネが()()()()を教えてくれているのだ。


 窓が開いたのはまた、突然のことだった。大きな音に驚いて、そちらを見ると、ニキアスが窓枠を乗り越えているところだった。ダフネが立ち上がる。


「パパは!?」

「どこか行っちゃった」


 彼が一人で戻ってきたことで察していたが、――その答えにエウフェミアは肩を落とす。ダフネは兄を罵倒する。


「兄さんの役立たず!」

「ひどいなあ」


 ニキアスは眉を八の字にするが、すぐに笑顔に戻った。


「でも、八年前のことは教えてもらってきたんだよ。今のキトゥリノ家の当主はボクだから。ボクには教えてもいいって。教えたら、どっか行っちゃったんだけどさ」

「――本当ですか」


 落胆していたエウフェミアだが、思いもよらぬ朗報に表情を緩ませる。ダフネも手のひらを返す。


「兄さん、さすがだわ! それで、八年前に何があったの?」


 顔を輝かせて訊ねる妹に、今度は兄が難しい表情を浮かべる。ニキアスは腕を組み、「うーん」と唸りだした。


「何があったかは教えてもらったんだけど……、ボクにもこの話をダフネやその子にしていいか分からないんだよね」


 そして再び、エウフェミアは歓喜から失望へと突き落とされた。あまりのショックに何も言えずにいると、先にダフネが兄に噛みつく。


「兄さんまでそんなこと言うの!?」

「キトゥリノ家の問題ならボクも話していいと思うんだけどね。ダフネも知りたがってるし。でも、七家の当主全員で取り決めがされてるんだよ。『このことはなかったことにする。誰にも話さない』って」


 ――なかったことに。


 その言葉に、エウフェミアの心はひどく傷つく。


 精霊貴族の当主たちは家族の死をなかったことにしてもいいと判断した。その事実は尊厳を傷つけるのに十分だった。


「人が亡くなってるのに……! それを、なかったことにするなんて!」

「ええと、なかったことにするのはその子の両親のことじゃなくて――」


 エウフェミアはニキアスを見つめる。妹に反論していた彼と目が合う。すると、彼は消沈したように俯いた。しばらく黙り込んでから、悲しそうに言う。


「ボクも、本当のことを君に教えないってのはひどいと思うよ。だって、家族の話だろ? トージシャなのに」


 かなり発音が怪しかったが、トージシャというのは当事者のことだろう。


 エウフェミアは怒りの感情を殺しながら、静かに言う。


「同情していただけるのであれば、本当のことを教えていただけないでしょうか。どうしても、知りたいのです」


 他の五家の当主の人となりは分からない。しかし、ニキアスほど友好的で協力的な相手が他にいると思うのは期待しすぎだろう。だからこそ、この機会を逃すわけにはいかない。


 ただひたすら真剣な眼差しをニキアスに向け続けた。明らかに狼狽した様子を見せていたニキアスは諦めたように肩を落とした。


「エリュトロス精霊爵」


 そして、彼が呟いたのは火の大精霊(フォティア)から大精霊の紋章(エンヴリマ)を授かった人物の爵位名だった。


「やっぱり、ボクからは言えない。けど、彼なら誓約を気にする必要がない。……だから、彼に訊いてみて。八年前に何があったのか、って」


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