7 誓約
「生命の精霊が眠りについた後、大精霊たちは彼の望み通り、世界を守るため協力しようとした。だが、問題が起きた。それまで大精霊たちは、生命の精霊の意向に従って動いていた。精霊の感覚は人間とは違う。大精霊たちには何が世界のためなのか、何が人のためなのか分からなかったんだ。だから、今後、自分たちがどうしていくべきか話し合った。だが、七人はそれぞれまったく違う考え方をしている。いくら話し合っても全員が納得する答えを出すことができなかった。全員が困り果てた」
それはエウフェミアにもよく理解できる話だった。
人間社会でも起こる問題だ。ハーシェル商会でも似たようなことがあった。
商会でとある新しい商材を運ぶことになった。しかし、その道中には大きな山がある。その道は険しく、馬で通ることはできない。
一人が歩いて運ぼうと言った。別の一人は迂回して馬車で運ぼうと言った。また、別の人は川があるから船を使って運ぼうと言った。
どの案にも利点があり、欠点があった。発案者は誰も自身の意見を曲げず、自分の案が一番いいと主張した。そのままではきっと、結論は出せなかっただろう。
最終的には、アーネストが「歩いて運べ」と決め、それに皆が従った。そのような最終決定権を持つ誰かがいなければ、話をまとめるのは難しい。大精霊たちもそういった状況に陥ってしまったのだ。
「そこで、大精霊たちは決めた。それぞれの大精霊が自身の眷属に責任を持つ。そして、他の大精霊やその眷属の問題には絶対に口を挟まない。そのことを誓約として取り決めたんだ」
以前、ノエが『精霊たちは他の属性の精霊と関わり合いにならない』と言っていたのを思い出す。それは大精霊たちの誓約によるものなのかもしれない。
「だから、七家も大精霊たちに倣った。精霊庁を発足し、自然の統治のために精霊貴族の爵位を与えられたときに、初代精霊爵たちは定めた。『互いに干渉しない。やり取りをするのは年に一度、精霊会議のときのみ』とね」
そして、それが七家の間に存在する干渉し合わないというルール――それが誓約と呼ばれているものなのか。
その説明で、アレキウスが繰り返し「誓約に反する」と口にしていた理由が、ようやく見えてきた。エウフェミアは問う。
「アレキウス様が質問に答えられないというのが、他家の問題だからですか?」
彼は頭を掻くだけで、答えなかった。それが答えなのだろう。
エウフェミアは服をぎゅっと掴み、考える。
――それは手詰まりということにはならないだろうか。
もし、アレキウスが『自分は答えない』と言っているだけなら、他の五家の当主に当たればいい。しかし、『ガラノス家の問題だから他家の人間には答えられない』ということなら、六家の誰に聞いても情報を得ることは不可能ということになる。
そうしたら、エウフェミアはどうすればいいだろう。
あと、可能性として残っているのは伯父だ。現当主であるセオドロスなら、何を答えても誓約に抵触することはない。しかし、あの伯父が素直に本当のことを教えてくれるだろうか。
元々、エウフェミアは生まれ育ったガラノス邸の場所を把握していなかった。しかし、今は違う。ウォルドロンでノエからガラノス邸がオリスト湖にあることを聞いた。イシャーウッド伯爵家の領地近くにあるその湖に行こうと思えばいつでも行ける。伯父と再会するのはそれほど難しいことではないのだ。
だが、伯父にとって、エウフェミアは気に入らない存在だろう。協力してくれるとはとても思えない。
そうなると、やはり、先代キトゥリノ精霊爵からどうしても情報を引き出したい。これを逃せば、二度と家族の死の真相を知ることはできないように思えた。
「でも、どうしても知りたいのです」
エウフェミアは力強く訴えかける。
「今はもうこんな髪色ですが、元々はガラノス家の人間です。それでも、お父様たちの身に何が起きたか、教えていただけないのですか? もし、私ではダメなら、ガラノス家の精霊術師を連れてくれば教えていただけますか?」
伯父は味方ではないが、ノエはエウフェミアの味方だ。精霊庁を通せば、彼に連絡を取ることは可能だろう。あまり頼りすぎるのは申し訳ないが、他に手段がないのなら、彼の力を借りるしかない。
「違う」
しかし、アレキウスは即座に否定する。少し苛ついた様子だ。
「アレはガラノス家じゃなくて――」
しかし、そこまで言って、彼は口を閉ざした。そして、「ああ、もう! だから嫌なんだ!」と立ち上がる。
「話はこれで終わりだ! 誓約については教えてやっただろ! もう、答えられることなんてねえよ!!」
そう言うや否や、突然居間の窓が開け放たれる。ソファを飛び越えたアレキウスはそのまま窓から外へと飛んでいく。風の精霊術だ。あっという間にその姿は小さくなっていく。
エウフェミアが呆然としていると、ダフネが窓に駆け寄った。そして、兄に怒鳴る。
「兄さん! 追いかけて!」
「え? なんで?」
「――この場に空を飛べるのは兄さんしかいないからよ! それに、パパに追いつけるのは兄さんだけでしょ! 捕まえて、どうにか情報を吐かせてよ!!」
「……もう、しょうがないなあ」
ニキアスはやる気がなさそうながらも、窓に近づく。そして、そのまま父親が消えた方向へ飛んでいった。
ダフネは兄が父を追ったのを確認すると、大きくため息を吐いた。窓を閉めると、気まずそうにこちらを振り向いた。
「……ごめんなさい。役に立てなくて」
「そんな」
慌てて、エウフェミアは両手を振る。
「ダフネ――様がキトゥリノ精霊爵におっしゃってくださったおかげで、こうしてアレキウス様にお会いできました。確かに八年前のことは教えてくださいませんでしたが、これは大きな前進ですよ。すべてダフネ様のおかげです」
「いいの。……私がまだまだ力不足だから」
ダフネは明らかに意気消沈しているようだった。
彼女の普段の言動はしっかりしている。実年齢より大人びて見える。どこか幼さの残るニキアスとは正反対のようにおもう。
しかし、今は年相応の子供に見える。その背がどこか淋しげに思えて、エウフェミアは少し悲しくなる。
エウフェミアは窓の外へと視線を向ける。
――きっと、ニキアスが戻ってくるには時間がかかるだろう。
「……キトゥリノ精霊爵がお戻りになるのを待ちましょうか」
優しく声をかけると、少女は小さく頷いた。




