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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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5 八年前を知る者


 キトゥリノ邸までは半日もかからなかった。


 正確な時間は分からない。太陽の位置から判断して、帝都からキトゥリノ邸までは二、三時間ほどかかったようだった。


 しかし、エウフェミアにはキトゥリノ邸の正確な場所は分からなかった。なぜなら、移動中、ずっと目を閉じていたからだ。


 風の精霊たちのおかげか、空の移動自体はそれほど辛いものではなかった。体に強く風が当たることもなければ、寒くもない。


 だが、空中から、何百メートルも離れた地上を見下ろすのはとても恐ろしい行為だった。結局エウフェミアは抱きあげてくれたニキアスにしがみつき、地面に下りるまでぎゅっと目をつぶっていた。


 その結果、キトゥリノ邸の方角も、距離も、道中に何があったのかも知らないままだった。


「はい! 到着したよ!」


 その言葉と同時に、エウフェミアは降ろされる。足が地面を踏んだことに安堵しながら、ゆっくりと目を開ける。


 目の前にあったのは縦に細長い屋敷だ。特徴的なのはトンガリ屋根がいくつも横から張り出すように出ており、羽根車や風見鶏が取りつけられているところだ。そのどちらもが風を受けて回っている。


 振り返って、エウフェミアは気づく。今自分たちがいるのは広いバルコニーのような場所だ。そして、その遙か下に森が広がっているのが見える。その屋敷はとても高いのだ。


「――すごい」

「さあ。こっち、こっち」


 ニキアスは笑顔で、エウフェミアの手を引く。階段を上り、大きな両開きの扉を開ける。


「だーかーらー。こういうのは大人の話なんだって。左の眼(アリステラ)だって、口出ししちゃいけないんだって」


 その直後、聞こえてきたのは男性の声だった。エウフェミアは目を瞬かせる。


  居間らしき部屋のソファには、壮年の男がだらしなく寝そべり、その傍らでダフネが仁王立ちしていた。


「ただいま! 連れてきたよ」

「兄さん」


 ダフネは振り返ると、呆れたように壮年の男性を指差す。


「兄さんもパパに言って!」

「えー? 何を?」

「知ってること教えてって!」


 エウフェミアはソファの男性を見る。


 そんな気はしていたが――どうやら、彼が先代キトゥリノ精霊爵アレキウスらしい。風の大精霊(アネモス)の恩寵の証である金髪金眼。無精髭を生やしているため、一見した印象は四十代くらいに見える。もしかしたら、もう少し若いのかもしれない。


 アレキウスを見ていると、突然、彼と目が合った。こちらが挨拶をする前に、向こうが口を開く。


「ああ。君がグレイトスの忘れ形見か」


 その呼び方に、エウフェミアは息を呑む。男は体を起こし、ソファの背もたれに腕を回し、座り直す。 


久しぶり(・・・・)と言うべきなのかな? まあ、そっちは気を失ってたから、オレなんて覚えちゃいないだろうし。オレも君の顔なんてとっくに忘れちまってたけどな」


 彼の話しぶりはどう聞いても、エウフェミアと面識があるものだ。そして、先代キトゥリノ精霊爵と顔を合わせる機会があったのは一度きり。


「――八年前の精霊会議に出席されていらっしゃったのですね」

「そりゃあ、な。七家の当主になった人間のめんどくせえ義務の一つだ。まったく、あんな会議に一体何の意味があるのかねえ。『今年もいつも通りだった。来年もよろしく』って言うだけの集まりなんて無駄でしかねえって」


 うんざりしたように言う様子から、本当に嫌々参加していたのが分かる。


「ニキアスに当主の座を譲って、せっかく悠々自適な隠居生活ができると思ったのに。まさか、今更引っ張り出されるとは思わなかった」

「アレキウス様」


 エウフェミアは身を乗り出す。


「お願いです。八年前に、お父様たちに何があったのか教えていただけないでしょうか」


 待ち望んだ八年前の精霊会議の参加者との対面だ。これを逃せば、次に同様の機会がいつやってくるかも分からない。どうしても、家族の死の真相について聞き出した。


「私は、精霊術師の教育を受けずに育ちました。ずっと、お父様たちは事故死したのだと聞かされていました。しかし、それがおかしいということを最近教えてもらいました。もし、アレキウス様が本当のことをご存知なら、教えていただけませんか?」


 真剣に訴えるエウフェミアを、先代キトゥリノ精霊爵はなんともやる気のない目で見つめ返す。しばらく沈黙していたアレキウスだが、ふと、天井を見上げる。


「教えてやりたい気持ちは山々だ。山々だが、……誓約に反するからな。答えられない」


 ――そんな。


 その答えに落胆は隠しきれなかった。言葉を失ってしまうエウフェミアに反し、ダフネは父親に噛みつく。


「おかしいわよ! 答えるだけで誓約に反するなんて! ――そもそも、それなら、私には教えられるでしょうって言ってるの! 何のための精霊の眼(オプタルモス)なのよ!」

「誓約だけの問題じゃないからだよ。そういった諸々も、説明できないんだよ。――あー、もう、なんでよりによってオレなのかねえ。他の奴らでもよかったじゃないか。八年前の参加者で、今も現役の当主はいくらでもいるってのに」


 二人の会話を聞きながら、何度も出てくる誓約という言葉が出ていることに気づく。


 先ほど、アレキウスは話せない理由を『誓約に反する』と説明した。誓約というものが重要な意味を持つことは間違いなさそうだ。


「その、誓約というのは何のことなのでしょうか」


 エウフェミアは、二人の言い争いに割って入る形で質問を投げかける。


「それも知らないか」


 アレキウスが意外そうに呟く。そして、前かがみに座り直した。


「それくらいは教えてあげるよ。ダフネのお勉強の復習にもなるしな」


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