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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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4 空からの来訪者


 翌日、エウフェミアはぼんやりと庭を眺めていた。


(…………暇ね)


 忙しく働くのが当たり前だったエウフェミアには一週間の休暇は長すぎる。まだ、休みを貰って一日目だというのに、既に暇を持て余している。


 朝からずっと、主人がテラスの椅子に座ったまま動かないのを心配したのだろう。セバスチャンが声をかけてくれる。


「お嬢様。せっかくお天気です。外出されるのはいかがですか? 馬車ならすぐご用意できますよ」


 緩慢な動きで顔をあげたエウフェミアは「外出」とポツリと呟く。


「ええ。カフェでも、美術館でも、公園でも。どこか行きたい場所はありますか?」


 提案された場所に自分がいる想像をしてみる。しかし、まったく心躍らない。一人でそんなところに行っても、楽しくない。


 エウフェミアは首を横に振ると、執事はまた提案してくる。


「では、何かご入用なものはございますか? 何でもご用意いたしますよ」


 そう言われて、考えてみる。


 何かしたいもの。欲しいもの。そして、思いついたものがあった。


「……以前読んでいた本の続きが読みたいです」


 エウフェミアは執事に本のタイトルを伝える。


 以前貸本屋で借りた伯爵家に引き取られた孤児が侠盗(きょうとう)として活躍する話だ。まだ二冊しか読めていない。


「ご用意いたしますのでお待ちください」


 執事はそう言って、どこかへ出かけてしまった。その間にメイドが淹れてくれたお茶を飲みながら、待つ。


 セバスチャンはほんの一時間ほどで戻ってきた。彼の腕には大きな紙袋が抱えられている。


「お待たせいたしました。現在販売中の全十二巻をお持ちしました」


 彼がテーブルに並べたのはどれも傷や汚れ一つない本だ。一目で新品であることが分かる。


(貸本屋じゃなくて、本屋で買ってきたのね)


 考えてみれば、それは当然のことだ。下層階級の人間には本は高級品だが、上流階級の人間にはそうではない。エウフェミアにはもう本を何百冊買っても困らないほどの財力がある。


 綺麗な装丁の本は、今の自分が以前の自分とまるで違う立場であることを実感させてくる。貸本屋で本を借りて節制していた自分が、今や使用人に新品の本は買いに行かせられる身分なのだ。そのことが無性に悲しかった。


 エウフェミアはセバスチャンに「ありがとうございます」と作り笑顔を向け、使用人二人に下がるように言った。


 彼は自分のために尽力してくれた。その気持ちは大変嬉しい。だからこそ、これ以上落ち込んでいる様子を見せ、心配はさせたくなかった。


 テーブルに置かれた本のページをめくる。


 描かれた挿絵は主人公が悪い貴族から盗んだ財宝を、貧しい人に分け与えるシーンだ。


 主人公はヒーローだ。貧しい人を助けてようとしている。かつて、エウフェミアも下層階級だった。しかし、今のエウフェミアは悪い貴族と同じ、上流階級の人間たちなのだ。——とてもではないが、以前と同じ気持ちで読める気はしなかった。


 エウフェミアはため息を吐く。声をかけられたのはそのときだった。


「へえー、綺麗な挿絵だね。それ、なんて本なの?」

「これは」


 答えようと、振り返り——エウフェミアは心臓が止まるかと思った。そこにいたのは、そこにいないはずの金髪金眼の青年だ。


「ふーん。何だか面白そうだなあ! 文字も大きくて、挿絵が入ってるのも読みやすくていいね!」


 彼は驚きのあまり、固まるエウフェミアを無視し、本を手に取る。ページをペラペラとめくっていく。そして、こちらに笑顔を向ける。


「ね。これ借りてもいいかな? こんなにたくさんあるんだから、一冊ぐらいいいよね? ちゃんと返すからさ!」

「——キ、キトゥリノ精霊爵。どうして、ここに……?」


 やっとのことで、そう訊ねる。すると、ニキアスは怒ったようにこちらを指差した。


「えー!? お願い(・・・)、忘れたの!? 君のために、頑張ったのに!! あの後、ずーっと探し続けて、見つかったら呼びにきたんだよ!!」


 プリプリと怒る彼の言葉で、エウフェミアもようやく思い出す。


 一ヶ月前、ウォルドロンで最後にニキアス兄妹と会話をしたときのことだ。水と風の精霊術を使えるエウフェミアのことを当然彼らは()いてきた。だから、精霊貴族の一員である彼らには正直に答えたのだ。自分が八年前に精霊会議で死んだ先代ガラノス精霊爵の娘だと。


『八年前の精霊会議で何があったのか。父や母、兄がなぜ死んだのかを知りたいのです。キトゥリノ精霊爵は何かご存知ではありませんか?』


 訊ねられた青年は一度妹と顔を見合わせる。ダフネは首を横に振ると、ニキアスも困ったように眉をハの字にした。


『ボクが精霊会議に参加できるようになったのは七年前からだよ。八年前のことなんて知らないよ』


 それはノエが言っていた通りの回答だった。


 エウフェミアは肩を落とす。しかし、こちらをじっと見上げていたダフネが口を開いた。


『パパなら何か知ってると思う』

『それは先代のキトゥリノ精霊爵のことですよね?』


 ダフネと目線を合わせる。すると、彼女は兄の後ろに隠れる。そのまま下の方を見ながら、答えてくれる。


『うん。でも、パパが今どうしているのか私たちも分からないの。ずっと、帰ってこないから』

『自由なキトゥリノ家の家風を表したような人物だね』


 呆れたようにノエが呟く。ダフネは何か考えるようにしばらく俯いていたが、決心したように兄を見上げた。


『兄さん。パパを探してあげて。この人の知りたいこと、パパに聞いてもらえるようにしてあげてほしい』

『分かった!』


 彼女の言葉にエウフェミアが反応する暇もなく、ニキアスは妹の頼みを快諾した。彼はニコニコと笑う。


『ダフネがボクにお願いなんて嬉しいなあ! よし、じゃあ、ボクは大急ぎで父さんを探しにいくよ! もちろん、ダフネを一度家に送ってからね!』


 そう言うや否や、ニキアスは妹を抱き上げて、走り去っていってしまった。別れを言う暇もなかった。


 その後、残されたエウフェミアは皇宮に向かい、皇帝に謁見することになるのだが——それ以降の様々な出来事で、ニキアスが先代キトゥリノ精霊爵を探す話は記憶の端へと追いやられてしまっていた。これでは、彼が怒るのも仕方ない。


 エウフェミアは「申し訳ございません」と謝罪をし、改めて質問をする。


「では、先代キトゥリノ精霊爵——アキレウス様が見つかったのですか?」

「うん。今は我が家にいるよ。ダフネが相手してくれてる。でも、いつ、またいなくなっちゃうか、分からないからさ。早くウチに来て!」


 ——彼らの父親はそんな簡単にいなくなってしまうものなのだろうか。


 そんなことを疑問に思いながらも、エウフェミアは頷く。ようやく手掛かりが見つかったのだ。ゆっくり休んでいる暇はない。


 そのとき、屋敷の中からセバスチャンが現れる。彼はニキアスに気づくと、驚いたようにこちらを見る。


「お嬢様。そちらの方は」

「ええと、その、……キトゥリノ精霊爵です」


 執事の反応を見るかぎり、ニキアスは普通に来訪したわけではなさそうだ。ウォルドロンで彼が自由自在に飛び回っていた姿を思い出す。彼には屋敷の高い塀なんて関係ないだろう。


 改めて、エウフェミアはニキアスに向き直る。外出前に確認しておくことがある。


「ええと、キトゥリノ精霊爵。ここからご自宅までどれくらいかかりますか?」

「どれくらい? えー、分かんないよ。半日はかからないんじゃない?」


 返ってきた答えは曖昧だ。しかし、それ以上訊ねても、正確なものを答えてはくれなさそうだ。


「セバスチャンさん。キトゥリノ精霊爵と少し出かけてきます。もしかしたら、今日中には戻れないかもしれません。屋敷のこと、よろしくお願いします」


 エウフェミアはセバスチャンに頭を下げる。


 彼とクラリッサには本当に申し訳ないと思っている。この一ヶ月エウフェミアはほとんど屋敷に戻らなかった。そのうえ、休みを貰ったというのに、また遠出しようとしている。


 しかし、執事は笑顔を絶やすことはなかった。


「かしこまりました。上着とお荷物をお持ちいたします」


 そう言って、彼は屋敷へと戻っていく。次に戻ってきたとき、彼の手には上着が、クラリッサの手には鞄があった。エウフェミアはそれを受け取る。


「じゃあ、行くよ」


 これ以上、待てないと言わんばかりにニキアスに手を引かれた。そして、次の瞬間、身体が浮き上がる。こうして、エウフェミアは半ば無理やり空の旅に連れ出されてしまった。


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