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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
三章 水と風

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30 ミルクスープ


 ノエと軽く明日の打ち合わせをすませる。一通り話し合えると、エウフェミアはノエの部屋を退出し、台所へ向かった。


(夕食、どうしようかしら。まだ少し野菜は残っていたけれど)


 余り物で何が作れるか考えながら台所に入る。そして、かまどの前に立つシリルの背中を見つけ、一瞬固まってしまった。


「……シリル様?」


 ジェシーが手伝いで台所に立つことはあったが、シリルがここに来たのははじめてだ。


 声をかけると、ゆっくりと官吏の青年は振り返る。その表情はどこか気まずそうに見えた。エウフェミアは首を傾げる。


「どうなさったのですか? 私にご用でしょうか?」


 なぜか問いに返答はない。ふと、そのときシリルの前に鍋が火にかけられているのに気づいた。


 鍋の中を覗きこむ。白い液体の中にじゃがいもやにんじん、玉ねぎといった野菜が浮かんでいるのが見える。エウフェミアはシリルを見上げた。


「これは――」

「思い至ったのが、食事を終えた後だったんです」


 被せるように返ってきた言葉はいつもよりずっと早口だった。


「あなたがキトゥリノ精霊爵に渡したのが自分の分だったということに。ノエ様とのお話に時間がかかっているようだったので、その間に私がと思いまして。……ジェシーもグレッグも他に仕事がありましたので」


 離れでの雑用全般を担当しているのはあの二人だ。シリルの手が空いているのは確かだが——。そう思って、改めて鍋に視線を落とす。


 煮込まれている野菜の大きさはどれもふぞろいだ。調理台に置かれたまな板と包丁の周りにはいくつもの野菜くず――まだまだ食べられそうな部分もあるが――が散乱している。


 公爵子息であるシリルに調理経験はないように思う。実際、包丁の扱いに不慣れな様子が見て取れる。それにも関わらず、こうしてエウフェミアために食事を作ってくれている。


 そのことに、思わず笑いがこぼれた。笑われたと勘違いしたのかもしれない。シリルは不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。


「なにか文句でも?」

「いいえ。そういうわけではありません」


 自分の行動が失礼だったことに気づき、慌てて両手を振って否定する。それでもどうしても頬が緩む。


「まさか、シリル様が手料理を振る舞ってくださるとは思ってもみませんでした。嬉しいです」

「……お口に合うかは保証しませんよ」

「ふふふ、美味しそうです」


 エウフェミアは部屋の隅に置かれていた椅子を調理台の前に運ぶ。シリルが器によそってくれた野菜のミルクスープ——で間違いないだろう——を台に置き、エウフェミアは「ちょうだい致します」と食事を始める。


 手持ち無沙汰なのだろう。シリルは立ち去るでもなく、傍に立ったままだ。タビサが寮ではじめてシチューを作ったときに味見を頼まれたときのことを思い出し笑いをしながら、スプーンでスープを口に運ぶ。そして、固まった。


(――これは)


 エウフェミアもミルクスープを作ったことはある。そのとき感じた旨味がない。牛乳と野菜の味しかしない。


 野菜を切って、牛乳で煮た。調理工程はそれだけだろう。味つけはもちろん、味見もしていない。ブイヨンや塩、胡椒を使わないと味が物足りないことを彼は知らないのかもしれない。いや、知らないのだろう。


(な、なんてお伝えするべきかしら)


 シリルがこちらの様子を窺っているのが気配で分かる。しかし、エウフェミアは顔をあげられない。必死になんと感想を言うべきか考える。


 もし、相手がタビサならいい点を褒めつつ、婉曲に改善点を伝える。しかし、相手はレイランド侯爵子息だ。調理することを仕事にしているわけではない。それに、味つけをしていないことも踏まえ、今回が本当のはじめての料理であることは想像に容易い。正直な感想はもちろん、ダメ出しともとられかねない改善点を伝えることは、相手を傷つけることになるのではないか——。


 結論を出したエウフェミアは顔をあげ、微笑みを向ける。


「とても美味しいです」

「不味かったんですね」


 即座に言い返すように言われ、エウフェミアは反応を返せなかった。暗い表情のまま、シリルは息を吐く。


「大丈夫です。分かっていました。慣れないことはするものではありませんね。申し訳ありませんが、ご自分で何か用意してください」


 回収するためか、シリルが器に手を伸ばしてくる。その手が器に触れる前に、エウフェミアは自分の方へ器を引き寄せる。


「不味くはありません。美味しいです。ちゃんと、全部いただきます」


 そう宣言すると、無作法であることを承知の上で、急いでスープを口に運んでいく。ガラノス邸にいた頃、食事に時間をかけられないことも多かったため、早食いは慣れている。それ以上、シリルが抵抗することはなかったため、無事全てを完食する。


「ありがとうございます。ごちそうさまでした」


 改めてお礼を伝えると、シリルはなんとも言えない表情を浮かべている。彼は調理台に体をもたれかけさせ、呆れたように訊ねてくる。


「……そんな調子で、疲れませんか?」

「いいえ? 体力には自信があります。今日は一度主屋に行っただけで、残りはずっと離れにおりましたから。まだまだ働けますよ」


 そうは言っても、今日の仕事はもうほとんど終わっている。あとは台所の片付けをするだけ。余った体力は温存することになりそうだ。


 エウフェミアの返事に、シリルは言葉を返さなかった。しばらく沈黙し、それからぽつりと呟く。


「とうとう明日ですね」


 空虚の根(アニパルクシア)銷却はシリルにとっても、自身の先行きを左右する分岐点だ。声音がこわばっているのは緊張しているためかもしれない。


 エウフェミアは笑む。


「はい。もうすぐです」


 明日、空虚の根(アニパルクシア)銷却が為されれば、今回の仕事は終わりだ。後はまた、帝都に戻ることになる。


 それはある意味、エウフェミアがずっと待ち望んでいたことだ。前回皇宮からハーシェル商会に戻ったとき、とても喜ばしい気持ちだった。今回も同じようにあの場所に帰れると思っていたが――もう、そうじゃない。


(……戻ったら、元の生活ともお別れね)


 決意を固めたはずなのに、また、感傷的な気持ちになってしまう。


(こんなんじゃ、だめ)


 気持ちを切り替えるため、頭を振る。それから、シリルをまっすぐ見つめる。彼にも話しておかねばならないことだ。


「グルーバー駅でご提案くださったお話なんですけれども。あの話を進めていただくことはできますか?」


 シリルは驚いたように目を見開き、固まった。当然の反応だろう。一度は断った話だ。


「つまり、――精霊術師になります。精霊庁に私のことを公に認めていただきたいのです。そのためのお手伝いをお願いできませんか?」


 エウフェミアはもう一度自身の意志を伝える。


 すると、彼はどこか落ち着きなく、自身の髪を触った。一度目を閉じる。そして、次に開いたとき、先程までの動揺は消え去っていた。彼は落ち着いた口調で聞く。


「……理由をお伺いしても?」

「ノエ様と――いえ、ノエと話して、考えが変わりました。精霊術師にならなければいけない理由ができたんです」


 そうして、自身が先代ガラノス精霊爵の娘であるという素性、そして、家族の死の真相を知るために精霊術師になりたいということを簡単に伝える。一通り話し合え、ノエと話した明日の計画も伝える。


「明日、ノエは空虚の根(アニパルクシア)の銷却を行います。私も、そのサポートをします。それで、精霊庁に認めてもらうことはできますか?」

「……それはガラノス家の一員としてではなく、どの精霊貴族からも独立した精霊術師として、ということですか?」


 エウフェミアは頷く。シリルは眉間にシワを寄せ、しばらく考え込む。――そして。


「約束はできかねます」


 以前のような、甘い言葉は言わなかった。


空虚の根(アニパルクシア)銷却にはキトゥリノ精霊爵が立ち会う。あの方の前で精霊術を使えば、精霊術師としての能力を保障してもらえることでしょう。ですが、精霊術を使うのは空虚の根(アニパルクシア)から離れた川辺なんですよね。それでは、あなたが何をやったかを目撃できる人間がいないんです」

「どなたか、精霊庁の方についてきていただくことはできないのでしょうか?」

 

 明日、エウフェミアがやることが一般人の目にどのように映るかは分からない。それでも、立ち会ってもらうことでプラスに働かないだろうか。


 そう思ったが、シリルは首を横に振った。


「我々一般人に分かる形で精霊術が発動されるとも限らない。それに主屋にいる精霊庁の官吏は兄か弟の部下です。信用できない。下手をしたら、あなたに危害を加える可能性さえある」


 ――そうなのだろうか。


 疑問に思うが、精霊庁のことはシリルの方が詳しい。余計な質問を挟むのはやめる。


「ですから、銷却が終わった後、改めてキトゥリノ精霊爵の前で精霊術を見せてもらい、精霊術師であることを証明してもらうことになるでしょう。正直、インパクトには欠けますね。あなたが水の大精霊(ネロ)様を鎮めた、という話を信じてもらえるかも分かりません。色が少し変わっているだけのただの水の精霊術師と思われれば、あなたの身柄をガラノス精霊爵に預けるという判断をされるかもしれません」


 それはエウフェミアの望むところではない。いや、もっとも忌避したい展開だ。


 ノエとは、精霊庁に正式な精霊術師として認められれば伯父に手出しはできないと話をしていた。しかし、そもそも精霊庁に七家とは別の精霊術師と認めてもらうのに壁があるとは。エウフェミアはどうしたものかと困り果てる。


 シリルが「ですが」と、意を決したように宣言する。


「――どうにかしましょう。エフィさんが七家とは別の、独立した立場を取れるようにします。それくらいできなければ、ここまで協力してくれたあなたに対して、あまりに礼儀知らずすぎる」


 そう告げる眼差しは、今までで一番真摯なものだった。


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