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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
三章 水と風

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29 決意


 残されたキトゥリノ精霊爵は不思議そうに首を傾げ、それからこちらを振り返った。


「これが反抗期ってやつなのかなあ? それとも、お年頃? 女心? 君なら分かる?」

「……申し訳ありませんが、私にもよく」

「女の子って難しいなあ」


 そう呟くと、彼は何かに気づいたように視線を動かした。エウフェミアの頭の上あたりだろうか。そちらを見ても、当然何もない。


(どうしたのかしら)


 不思議に思っていると、再び目が合う。


「何か悲しいことでもあった?」

「――え?」

「精霊が言ってる。『エウフェミアを励ましてほしい』って」


 その言葉に、エウフェミアは心臓が跳ねるのを感じた。


 精霊の声が聞こえていること。そして、名乗っていない本名を口にしたこと。そのどちらもが、エウフェミアを狼狽えさせるには十分なものだった。


(そうだ。キトゥリノ精霊爵には風の精霊が視える)


 エウフェミアは努めて平静を装いながら、訊ねる。


「風の精霊が、ですか?」

「うん。君の周りをずーっと飛んでる子。わざわざボクにそんなこと頼んでくるなんて珍しいなあ。よっぽど気に入られてるんだねえ」


 キトゥリノ精霊爵はそう笑ってから、首をひねる。


「落ちこんでるの?」


 正直に伝えるべきか。少し悩んでから、エウフェミアは苦笑を浮かべる。


「……はい。少し」

「うーん。本当に少しなの?」

「…………いえ。とても、です」


 俯き、体の前で手を組む。そして、一度大きく息を吸った。


 精霊たちにまで心配をかけ、キトゥリノ精霊爵も煩わせてしまっている。そんなことは良くないし、自分らしくもない。


(もう、どうするかは決めたのだから。後悔はしたくない)


 迷いを捨て、エウフェミアはキトゥリノ精霊爵を真っ直ぐに見る。そして、心からの笑顔を向ける。


「でも、もう大丈夫です。自分で決めたことです。いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません」

「そう?」


 キトゥリノ精霊爵は腑に落ちないように首をひねる。そして、いつものように無邪気に笑う。


「あんまり思い悩むのも体に良くないしね。元気になったみたいで良かった」

「はい。お気遣いありがとうございました」

「うんうん。これくらい大したことないさ」


 彼は満更でもなさそうに大きく何度も頷く。そして、ふと気づいたように、エウフェミアの顔を覗きこんでくる。


「そういえば、君誰? 見覚えのない顔だけど」


 そう言われて、エウフェミアは挨拶もしていなかったことに気づく。慌てて、礼をする。


「名乗りもせず、大変失礼いたしました。私はエフィ・フロマです。ノエ様の世話役をしているシリル様の――部下です。離れの方で働いています」

「ああ、道理で見覚えがないんだね。こんなところで何してるの?」

「私は夕食の食材を――」


 そこで、エウフェミアは先ほど木に駆け寄った際にカゴを落としてしまったことを思い出す。


 振り返ると少し離れたところにカゴが落ちている。慌てて駆け寄り、中身が無事なことに、ほっと肩を撫で下ろした。


「中身は何?」


 後ろからキトゥリノ精霊爵がカゴを覗きこむ。エウフェミアは中身を見せる。


「鶏肉と牛乳です。離れの台所にはじゃがいもとにんじんがまだ余っているので、今夜はシチューかグラタンにでもしようかと思っているのです」

「それなら、グラタンのがいいよ! ボク、グラタン大好き!」


 エウフェミアはきょとんと青年を見上げる。それから、つい吹き出してしまう。


「それでは、今夜はグラタンにしますね」

「うん。後で貰いに行くから、よろしくね」


 その言葉にエウフェミアが反応する前に――急に風が吹いた。青年の体がふわりと浮く。


 そのまま、キトゥリノ精霊爵は高度を上げながらくるりと一回転する。幼い頃、風の精霊たちが自由にそれを飛んでいたのを思い出す。彼の姿はまるで風の精霊そのものだ。


 キトゥリノ精霊爵は母家の二階のベランダへと着地した。そこから、大きく手を振る。


「じゃあね! 楽しみにしてるから!」


 キトゥリノ精霊爵は室内へ消えていった。それをエウフェミアは呆然と見送るしかできなかった。



 ◆



 ノエが帰ってきたのは夕方過ぎのことだった。


 予定どおり、川から空虚の根(アニパルクシア)まで一定間隔で霊水入りの瓶を置いてきたそうだ。


「今夜の食事はまた美味しそうだ。ありがとう、フロマ嬢」


 帰ってきて先に入浴をすませたノエは用意されたグラタンを喜んでくれた。そのことにホッとする。


 夜の穏やかな時間が流れる――と思ったのは最初だけだった。夕食が始まってすぐ、玄関のドアノッカーが打たれる。


(もしかして)


 ジェシーが来客の対応に向かう。玄関のほうが騒がしくなったと思ったら、居間に姿を現したのはキトゥリノ精霊爵だった。


「こんばんは! ちょっとお邪魔するね」


 金髪金眼の青年の登場にノエは表情を強ばらせる。その反応を意に介さず――というより、気づいていないのかもしれない――キトゥリノ精霊爵はノエの向かいに座った。


「うわあ、美味しそうだ!」

「……キトゥリノ精霊爵。いったい、何をしに来たのかな?」


 料理を見て目を輝かせるキトゥリノ精霊爵に対し、ノエはどこか警戒するように訊ねる。キトゥリノ精霊爵は不満そうな表情をする。


「ニキアスでいいよ! 君とボクの仲じゃないか」

「――じゃあ、ニキアス。僕の質問に答えてもらえる?」

「夕食を分けてもらいに来たんだよ! その子がグラタンを作るって言うから」


 ノエの視線がこちらに向く。何も説明をしていなかったことを怒っているようで、睨まれる。その間にキトゥリノ精霊爵――いや、ニキアスはノエのグラタンを一口食べてしまう。


「うん。美味しいね! ボクの好きな味だ」

「人の食事を勝手に食べるなんて、常識がないじゃないか! 自分の分を食べればいいだろ!」

「ボクは戻って、ダフネと一緒に食べるよ」

「……ダフネ?」


 怪訝そうに聞き返すノエに、エウフェミアが代わりに説明する。


「キトゥリノ精霊爵のご令妹のことです」


 その説明で、左の眼(アリステラ)のことだと分かったのだろう。納得したように、「ああ、なるほど」と呟く。


「明日、空虚の根(アニパルクシア)に一緒に来るから紹介するね」


 ニキアスは笑顔で答える。話の続きは気になったが、彼の分の夕食を用意しないといけない。台所へ向かい、ニキアスのために用意したグラタンをトレイに載せる。少し考えて、自分の分もそこに並べた。


 トレイに布をかけ、居間に戻る。


「ダフネ様の分と二人分あります。少し重たいのですが、大丈夫ですか?」

「私が運びましょう」


 そう申し出たのはジェシーだ。ニキアスは「ありがとう」と言い、椅子から立ち上がる。エウフェミアは玄関まで二人を見送ると、居間に戻った。ノエは難しい顔で、食事を続けている。


 その後、夕食をすませると「話があるから、時間が空いたら僕の部屋に来て」と言って、ノエは部屋に戻っていった。食器を流し台で水に浸け、シリルたちの食事を用意するとエウフェミアは彼らに一言声をかける。


「皆さんは先に食事にしてください。私はノエ様とお話ししてきます」


 そのまま、二階のノエの部屋に向かう。扉をノックし、部屋に入るとノエは「随分と早いね」と驚いたように言う。


 先ほど、彼が部屋に戻ってから十分も経っていない。その反応も当然だろう。


 エウフェミアは笑みを作る。


「まだ、それほどお腹は空いていないの。話って、昨日言われたことよね?」

「うん。座って」


 ノエに促され、椅子に座る。ノエはベッドに腰かける。そして、真剣な表情で問う。


「どうするか、決まった?」

「ええ」


 エウフェミアは頷く。一度大きく息を吸い、はっきりと自分の意志を伝える。


「私、精霊術師になるわ。……やっぱりお父様たちの死の真相も知りたい。自分に何ができるかはまだ分からないけど、精霊術師の家系に生まれた責任は果たそうと思う」

「そう言ってもらえてよかった」


 エウフェミアの言葉に、ノエはホッとしたように破顔する。それから、取り繕うように咳払いをすると、こちらに手を差し出してくる。


「それなら、(ネロ)の精霊術師として、生命(プシュケー)の精霊術師である君に協力することを約束しよう。困ったことがあったら、何でも言ってくれたまえ」


 生命(プシュケー)の精霊術師と呼ばれるにはまだ抵抗がある。しかし、そのことには言及するのは水を差すことになるだろう。


「ありがとう」


 エウフェミアは微笑み、ノエの手を両手でぎゅっと握った。


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