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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
三章 水と風

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23 楽しみを見つける


 彼は遠くに視線を向ける。それは主屋のある方だ。ぼんやりとした明かりが見える。


「私の母は愛人でした。父の正妻が身籠っている間に関係を持ち、子を宿した。……それが私です。父は私を引き取り、正妻の子である兄や弟と区別なく育てることを決めました。周囲はそれを受け入れましたが——でも、それは表面的な話です。継母も、兄も、弟も、使用人たちも、私を見下すような態度を隠さなかった。あの家には私の味方はいなかった」


 シリルの表情と声は落ち着いている。しかし、話す内容はエウフェミアにはとても複雑な事情だ。庶子であること。それが以前に兄と弟より劣っている立場と言っていた理由なのだろう。


「私は、私を馬鹿にしてきた相手を許せなかった。彼らを見返したい。彼らより上の立場になりたい。それが私の原動力の一つでした。それを糧にここまで戦ってきました」


 そこでシリルは言葉を切る。そして、こちらを振り向いた。じっとエウフェミアを見つめてくる。


「私もあなたのようだったら、自分の立場を受け入れられたのでしょうか」


 確かにエウフェミアも伯父一家のもとではひどい扱いを受けてきた。しかし、それ以前に家族と過ごした記憶があった。愛された、満たされた思い出があった。


 しかし、それさえもなかったら——どうなっていたのだろう。それはエウフェミアにも分からない。


 だから、以前伝えたのと同様のことを口にする。


「……私は、こうなりたいと望むことは悪いことではないと思います。今のシリル様があるのは、シリル様の経験からなのですよね? 目標のために努力することは素晴らしいと思います」


 上昇思考とでも言えばいいのだろうか。そういったものをエウフェミアはあまり持ち合わせていない。ハーシェル商会の皆のように大きな商いをできるようになりたいというような気持ちを持てずにいる。だから、シリルのようにその目標のために動ける人を尊敬する。


「羨ましいとおっしゃいましたが、私は色々と鈍いだけです。確かに鈍感なほうがシリル様のおっしゃるように楽に生きれるのかもしれません。ですが、まるでご自身を否定するようなことをおっしゃるのは……私は少し悲しいです」


 エウフェミアのようだったら、その境遇に満足できたのか。それはまるでその環境を変えるために抗おうとしたシリルを悪く言うかのようだった。


 彼には彼の良いところがいっぱいある。それは今の生き方の中で形作られてきたものだろう。別の生き方をしていたら、今のシリルにはなりえなかった。


「私には今のシリル様の生き方は素晴らしいものだと思います。でも、それが苦しいと感じていらっしゃるなら……そうですね。何か楽しみを見つけるのがいいのではないでしょうか?」


 自分で言いながら、それは良い案だと思う。自然と笑みが浮かぶ。シリルは怪訝そうに言う。


「――楽しみですか?」

「ええ。日常過ごしている中で楽しみが作れると、とても幸せな気持ちになれます。飲み終わったカップに残った茶葉が動物や花のような可愛らしい形をしていることだったり、掃除に出たときに塀に小鳥が止まっているのを見ることだったり。今だって、今日の仕事を終えた後にこんな綺麗な星空を見るのは幸せではありませんか」


 そうした日常の何気ないことを楽しんで生活している。自分の例を伝えたものの、シリルはどこか冷たい視線を向けてきた。


「そうですか? 星空はただの星空です。これほどたくさんの星を見れるのは珍しいですが、それだけでしょう。特に幸せを感じたりはしませんが」


 まったく、共感や同意は得られなかったらしい。


 エウフェミアは気を取り直し、考えを巡らす。もう一つ思いついたことを口にした。


「あとは、……趣味を見つけるのもいいかもしれません。私も今探しているところなんです。最近はトリスタンさんに教えていただいた娯楽本というのを読んでいるのですけれど、これが結構面白いのですよ」


 そうして、エウフェミアは今読んでいる本の内容を語る。伯爵家に引き取られた貧民出身の主人公が、裏で悪事を働く貴族の屋敷から財宝を盗む怪盗であるという物語だ。


「……その怪盗が、盗んだ宝を貧しい人に分け与えるんです。私欲ではなく誰かのために動くなんて、すごいですよね。少し怖い場面もあるのですが、それでも格好良くて。今は二冊目を読んでいるところなんですけれど、続きが楽しみで――」


 そこまで言って、エウフェミアは我に帰る。こちらを見るシリルの目はやはりどこか冷たい。説明に熱が入ってしまったことが恥ずかしくなってくる。


「……し、失礼いたしました。私ばかり話してしまってはだめですね」


 顔がほてるように熱い。シリルはしばらく黙っていたが、「民衆の間ではずいぶんと低俗なお話が流行っているんですね」と辛辣な感想を述べた。


 エウフェミアは肩を落とす。


 彼とはどうにもものの感じ方が違う。自分がいいと思うことは彼にとってはあまり役に立つ話ではなさそうだ。


 これ以上何を話そうと悩んでいると、空を見上げてシリルが呟く。


「でも、エフィさんの言うように何か楽しみを見つけるのはいいかもしれませんね」


 その言葉に、エウフェミアは表情を明るくする。肯定してもらえたことが嬉しかったのだ。


「そう思っていただけましたか?」

「はい。あなたの話を聞くのは非常に面白かったです」


 シリルはキレイな笑みを作る。エウフェミアは首を傾げる。


(あまり、楽しそうな顔はしていらっしゃらなかったけど……)


 面白かったというのは本音なのか、お世辞なのか。いや、この間からシリルはお世辞を口にすることはなくなった。では、本音なのか――。


 そんなことを考えていると、シリルが顔を寄せてきた。


「また、私とお話ししてもらいませんか?」


 その要望を不思議に思いながらも、エウフェミアは「はい。喜んで」と答える。


「約束ですよ。——では、失礼します」


 そう言って、シリルは建物の中へ戻っていった。


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