18 ここに来た理由
その問いにどう答えるべきなのか、わからなかった。
ウォルドロン行きが決まったときから、ノエに自分の素性を明かすべきか決めかねていた。彼は伯父に近しい存在だ。知られたくない。だが、話したほうがいいのか――。結論は出ないままだった。
(どうしよう)
思い悩むエウフェミアは、ふと、以前言われた言葉を思い出す。
――相手が信用に足る人か、見極める。
それは皇宮に呼び出されたときに言われたことだ。
あのときのエウフェミアは言われたことを深く考えず、シリルの自分への接し方や言葉で物事を判断した。そして、見誤った。
――でも。
やはり、エウフェミアは相手のことを信頼したい。少なくとも、ここ数日一緒に過ごした少年は悪い人には見えなかった。
疑って。隠し事をして。そういうことはしたくないと思ってしまう。
(ごめんなさい。会長)
彼がエウフェミアのためにしてくれたことを無駄にするかもしれない。それでも、伯父の代わりに空虚の根銷却を引き受け、難題を自分で乗り越えようとしている彼を信じようと思った。
覚悟を決め、名乗る。
「私は、エウフェミア・ガラノスです。先代ガラノス家当主、グレイトスの娘です」
ノエはぽかんと口を開く。その反応が思いのほか年相応に見えて、エウフェミアは肩の力が抜けるのを感じた。
「グレイトス様の娘?」
ノエは明らかに困惑したように、こちらの上から下へと視線を彷徨わせる。それから、もっともな指摘をした。
「でも、君の髪も瞳も青じゃない」
「……それには事情があるのです」
八年前から今までの身の上は複雑すぎる。その決して短くはない半生を、エウフェミアはノエに語った。
長い長い――とても話が整理されているとは言い難い――語りを聞き終えたノエは、頭を押さえていた。その様子を見て、不安にかられる。
今の話を聞いて、彼はどう思っただろう。そもそも信じてもらえないかもしれない。そのことに今更思い至る。
現状、エウフェミアには素性を証明する手段がない。ガラノス家の人間である一番の証明である青の髪も瞳もない。精霊石は持っているが、石の色も青ではない。精霊術師であることを証明できても、エウフェミア・ガラノスであることを証明できないのだ。
せめて、言葉で訴えかけようか。そう悩んでいると、ノエは黙ったまま、空を見上げた。額を押さえるその姿は、少し疲れたようにも見えた。それから、彼は口を開く。
「君の話は分かった。うん。その話を信じよう」
その言葉に一気に力が抜ける。ノエは、自分にも言い聞かせるように呟く。
「そこまでガラノス家の内情を知ってるんだ。君の言うことを信じれば、辻褄は合う。ここ最近、精霊たちの雰囲気が変わった理由も分かった。——そうか。水の大精霊様は心を鎮めてくれたんだね」
どこか安心したようにノエは頬を緩めた。その様子を窺いながら、エウフェミアは昨日から抱いていた疑問をぶつける。
「……昨日も叔父上とおっしゃってましたが、ノエ様は伯父様――当主様の甥なのですか?」
昨日も今日も、ノエは伯父セオドロスを叔父と言った。伯父と父には他に兄弟はいない。
ノエは頷く。
「そうだよ。僕の父、イオアンニスは、現当主セオドロスの妻——つまり君の伯母ベレニケの兄だ。だから僕と君は、はとこになるんだ」
(――伯母様)
イシャーウッド家に嫁ぐ前に彼女から精霊石を渡されたことを思い出す。しかし、そんな感傷に浸っている場合ではないだろう。
頭を振り、気持ちを切り替える。
「その、ガラノス家では……ノエ様たちは、私のことをどのように聞いていらっしゃったのですか?」
伯父はエウフェミアには恩寵が失われたと説明していたが、精霊庁の資料庫で恩寵が失われ、精霊術師でなくなった者は一族から追放するのが決まりと書かれていた。伯父一家以外の親族はどういう風に認識していたのかが気になった。
躊躇いを見せたものの、ノエは答えてくれた。
「両親と兄を失ってエウフェミアは心を壊してしまった。……そう聞いていたよ。精霊術も使えない。だから、親しい伯爵家に嫁がせたって聞いた。その後のことは知らなかったけど。社交界の事情は僕も疎いからね」
十歳の幼い子供が一気に家族を失って、精神に異常をきたしてしまう。それはそれほどおかしな話には思えなかった。
一人納得していると、ノエが「それで?」と腕を組む。
「君はここに来て、どうしたかったんだい?」
そう問われ、エウフェミアは答えることができなかった。首を傾げるはとこに、少年は呆れたように溜息を吐く。
「イシャーウッド家に嫁いで。家から追い出されて。それから、どうしたかは分かったよ。それで、僕に会って、君はどうしたかったんだい? 親戚に会って親睦を深めよう……なんて、それだけじゃないだろ? そうだな。君を辛い思いをさせた伯父上に痛い目を見せたい——とか」
「そんな、まさか」
復讐のようなことは一度だって考えたことはない。急いで彼の言葉を否定する。
「私はただ、知りたいだけなんです。先ほどもお話ししたように、私は精霊術師として必要な教育を受けていません。自分の身に何が起きているのかも正確に理解しているわけではないのです。だから、それを教えていただけたら嬉しいなと思うのですが」
そこまで言って、ノエにはエウフェミアに協力する理由がないことに気づく。慌てて、頭を下げる。
「どうか、精霊について、精霊術について教えていただけないでしょうか。お願いします」
「うん。いいよ」
そう、ノエは即答した。あまりに簡単に了承がとれたことに、一瞬、エウフェミアは混乱した。顔をあげ、はとこの顔を見る。
彼は困ったような表情を浮かべていた。
「親戚だしね。僕も聞きたいことがないわけじゃないし。——敬語も、様づけもやめてよ。ノエって呼んで。エウフェミア」
その話し方はいつもの大人ぶったものではなく、年相応なものだった。少し、肩の力が抜ける。エウフェミアは頷く。
「うん、わかったわ。ノエ」
その返事に少年は少しだけ微笑んでくれた。




