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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
三章 水と風

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7 ウォルドロンへ


 翌日、エウフェミアは迎えの馬車に乗り、ウォルドロンへと出発した。道中、シリルから行路を説明される。


「帝都から少し離れたところに、中央駅という鉄道の停まる場所があります。そこから北部のグルーバー駅まで移動します」

「鉄道、ですか?」


 聞き覚えはあるが、馴染みのない言葉だ。シリルは頷く。


「機関車は知っていますか? 帝国には東西南北に移動するための線路が敷かれていて、機関車という乗り物が走っているんです。馬車では数日かかる距離も鉄道を使えば、一日かからず到着できますよ」


 機関車や鉄道という言葉は以前ゾーイに教わったことがある。鉄のレールの上を走る、馬車よりも遥かに速い乗り物だと聞いていた。


 その技術は皇宮が独占しており、鉄道も限られた人間しか使うことが許されていない。それこそ皇族や皇宮関係者ぐらいだろう。


「私も乗っていいんですか?」

「もちろん。それと、機関車に乗るのは私たちだけではないんです。他にも何人か精霊庁の人間が乗り合わせます。彼らはエフィさんのことを知りません。部外者を乗せていると思われたくないので、後ほどこちらの服に着替えてください」


 そう言って彼が取り出したのは黒の衣服だ。エウフェミアは素直に受け取る。


「精霊庁専属の使用人が着る制服です。周囲には私の部下だと説明します。申し訳ありませんが、そのように振る舞ってもらえますか? 私も部下も、そのように振る舞うことも許してください」

「そんなこと気になさらないでください」


 心苦しそうな表情を浮かべるシリルに満面の笑みを返した。彼は説明を続ける。


「グルーバー駅でノエ様と合流する予定です。ノエ様は次の日に到着予定なので、一日ほど逗留する必要がありますね」


 突然出てきたガラノス家の人間の名前に、少しだけ動揺する。表情に出ないよう努めながら、疑問を投げかける。


「ノエ様もご一緒なのですか?」

「はい。今回、ノエ様の世話役を任されています。彼のサポートをするのが私の仕事です」


 それは完全に初耳だった。


 ノエ・ガラノスに会ってみたい。確かにそれは依頼を引き受けた理由の一つだ。しかし、こうもあっさりと近くに行く理由付けができるとは思ってもみなかった。


 こちらの困惑を悟ったのだろう。安心させるような穏やかな口調でシリルは言う。


「エフィさんは何かする必要はありませんよ。ノエ様とは私がほとんど話すことになりますし、雑務をお願いするつもりもありません。食事の用意なども事前に派遣されている皇宮の使用人が行いますから。ただ、同行してもらうだけで結構です」


 一度も顔を合わせていない相手とはいえ、ガラノス家の人間に接触することは不安要素もある。主な話し相手をシリルが引き受けてくれるというのはありがたい。


 この状況で安心すべきは今のエウフェミアの髪と瞳の色だ。ガラノス家の証ともいえる深い青ではない。今の銀の髪と瞳を見られても、エウフェミア・ガラノスとは結びつけにくいはずだ。


「分かりました」

「それと、……そうですね。いい機会なので、部下の紹介もすませておきましょうか」


 今、この馬車には他に二人の官吏が同乗している。どちらもシリルの部下であり、腕が立つと評価されている人物なのだろう。


 まず一人目。シリルの隣に座るのは紺色の髪色をした眼鏡をかけた男性だ。歳は二十代後半くらいに見える。シリルは彼のことをグレッグ・ダンヴァーズと紹介した。


「彼はレイランド公爵家と縁の深いダンヴァーズ伯爵家の人間です。少し愛想はありませんし、無駄話も嫌いますが、仕事に忠実な男です。無愛想な面は寛大な目で見てくれると助かります」


 確かにグレッグの目も顔も冷たく、話の間一度も表情を和らげることはなかった。口数も少ないようで「よろしくお願いします」という言葉以外、一切何も発さなかった。


 続いて紹介されたのはエウフェミアの隣に座る赤みの強い茶髪の青年だ。年齢は二十代前半くらいだろうか。彼は視線が合うと、少し照れたように笑ってくれた。


「彼はジェシー・リード。名家であるリード侯爵家の跡取りです。グレッグより話しやすいタイプですので、私がいないときは彼のことを頼ってください」

「どうぞ、よろしくお願いします。困ったことがあったら何でもおっしゃってくださいね」


 こうして一緒に仕事をする二人と挨拶を交わし、これからの説明を聞いているうちに高い塀に囲まれた中央駅に着いた。


 エウフェミアは時間をもらい、馬車の中で渡された制服に着替える。シリルたちと一緒に見張りが立つ門をくぐり、駅舎に入る。


(――まあ)


 プラットホームには黒く大きな車体が停まっている。これが機関車か。ついつい物珍しさから見つめてしまう。


 シリルがこっそりと耳打ちをする。


「私たちが乗るのは三番車両です。こちらに――」


 しかし、その説明は途中で止まる。彼を見ると、その視線が車両の前方に向いていることが分かる。それを追うと、そちらに同じような黒の制服を身にまとった集団がいることに気づいた。


 彼らがシリルが言っていた乗り合わせる他の精霊庁の官吏なのだろう。年配の男ばかりの中、中心にいるのがまだ若い金髪の青年であることに気づいた。


 彼はこちらに気づいたが、目を合わせたのはほんの一瞬。冷たい視線を投げると、何も言わず車両へと姿を消した。


 エウフェミアはその様子に違和感を持ち、シリルに訊ねる。


「今の方は――?」

「以前お話しましたでしょう? 私の弟、ユージーンです」


 皇宮に滞在中、シリルは兄と弟がいて、二人とも精霊庁で働いている話をしてくれた。そのことを思い出す。


「あの方が?」

「あまり似ていないでしょう? ――さあ、私たちも乗りましょう。このままではいつまで経っても機関車が出発できません」


 急かされるまま、エウフェミアは三番車両に乗り込む。車両には扉が三つ並んでおり、一番奥の扉の前まで誘導される。扉を開けた向こうはベッドや机といった家具が置かれた小さな部屋のようになっていた。


「この部屋を自由に使ってください。廊下には常にグレッグかジェシー、どちらかがいるようにします。何かあればどちらかに伝えてください」


 「どうぞごゆっくり」と言って、シリルは部屋の扉を閉めてしまう。まるで必要以上に話をしたくないかのような行動に、エウフェミアは確信めいたものを抱く。


(さっきのは、これ以上話したくないということだったのかしら)


 まるでこの部屋に追い立てるような一連の行動は、それ以上の詮索を許さない。そんな強い意志を感じた。


 エウフェミアは持ってきた荷物を机の下に収納し、一通り部屋の中を確認する。そうしている間にポーッ、という大きな音が響き、床がゆっくりと動き出す。機関車が出発したのだ。


 窓の外を見ると、丘陵が広がっている。移り行く景色が楽しく、しばらく車窓を眺めてしまった。


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