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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
三章 水と風

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3 休日の待ち合わせ


 ハーシェル商会の皆に、ガラノス家の縁者ということまでは知られてしまったものの、また以前と変わりない日常に戻ることが出来た。


 エウフェミアが精霊貴族出身ということを気にしたのはタビサだけで、他の従業員たちは出迎えてくれたのと同じように接してくれる。それは非常に有難いことだが、逆に気を遣ってもらってるのでないか。そんな心配もある。


 そこで仕事の合間を狙ってゾーイにこっそり聞いてみると、帰ってきたのは予想外の答えだった。


「そもそもアンタが貴族出身ってことは、タビサ以外みんな分かってたわよ」


 驚いているとゾーイはため息を吐く。


「買い物もろくにしたことがないくらいの箱入り具合。あとは文字の読み書きが出来ることと、立ち居振る舞い。ある程度世間慣れしてたら誰でも気づくわよ」


 確かに文字の読み書きは中流階級以上でないと出来ないことが多いというのは聞いた。買い物もしたことないというのも珍しいのだろう。しかし、立ち居振る舞いとはなんだろう。


 それを訊ねると、呆れたように言われた。


「一度鏡の前に立ってみなさい。そんでもって、自分と他の人の動きの違いを確認なさい。アンタみたいに綺麗な姿勢で、上品に手足を運ぶのは富裕層のお嬢様やご婦人だけよ」

「そう、だったの」


 所作についてはまったくの無自覚だった。こういったことは隠しているつもりでも全然隠せないものなのだろう。


「ウチは訳アリも多いからね。皆そういうのは気にしないわよ。家に戻るわけじゃないんでしょ? 今まで通り働くのよね?」

「うん、もちろん」


 今回の依頼を本当に内々のものだったらしい。諸々が終わってから自分の存在をガラノス家に知らされるのではないかと戦々恐々となったが、シリルは今回の件は公にはならないと言ってくれた。精霊貴族の七家にも伝わることはないらしい。


 それであれば、エウフェミアは変わらずに寮の管理人として働ける。あれほど親身になってくれたシリルが嘘をつくわけもないだろう。伯父の存在を心配せず過ごすことが出来る。


 エウフェミアはすっかり安心しきっていたが、ゾーイは不安を口にした。


「でも、ちょっと心配よね。レイランド公爵子息からの頼み事を一回引き受けちゃったわけでしょう? また、何か頼まれたりしないの?」


 ハーシェル商会の皆にはシリルから依頼を受け、それを成功させたことまでは話してある。エウフェミアは少し考えてから答えた。


「今回はちょっと特殊な事情があったけど、それも解決したから……もう大丈夫だと思う」

 

 各地で水害や干害が多発し、ガラノス家の人間で対処しきれなくなったのは水の大精霊(ネロ)の悲しみの影響だ。彼女の心が鎮まった今、伯父や他の親族だけで充分水の精霊術師の役割は果たせるはずだ。


 その説明にゾーイは何か言いたげではあったが、「ならよかった。じゃあ、仕事に戻るわね」と笑った。


 ゾーイとその話をして約二週間。その日、仕事だったエウフェミアは一人洗濯物を取りこんでいた。


 事務所や寮の奥に位置する庭は、用がなければ誰も通りがからない。そして、庭に来る用事があるのは寮の管理人ぐらいだろう。タビサは休みだったこともあり、エウフェミアは誰にも聞かれないだろうと鼻歌を歌いながら作業をしていた。――背後から「おい」と呼びかけられたのは、その最中だった。


 驚いて振り返ると、そこには雇用主がいた。彼が寮に一人で現れるのは珍しい。


 鼻歌を聞かれたことを恥ずかしく思いながらも、エウフェミアは努めて笑顔を作る。


「会長、お疲れさまです。どうなさいましたか?」

「明日は休みだったな。何か予定はあるか?」


 エウフェミアはきょとんと雇用主を見上げる。彼がプライベートなことを聞いてくるのも珍しい。明日の予定を思い出しながら答える。


「そうですね。先日貸本屋で借りた本を読む予定です」

「つまり、予定はないんだな」


 なんとも冷淡な返しだった。アーネストにとって読書は予定に含まれないようだ。


 肩を落としていると、小さな紙切れを差し出された。不思議に思いながらもそれを受け取る。


「朝の十時。この地図にある『ミラー』って店に来い。誰にも言わずに、誰にも見られずにな。小切手を持ってくるのを忘れるなよ」


 その言葉で二週間前の渡された小切手をそのままにしていたことを思い出す。


 エウフェミアが呼び出しの理由を訊ねようと思ったときにはアーネストの姿は事務所の方へ消えていった。引き止める暇もなく、大量の洗濯物とその場に残された。



 ◆



 翌日、エウフェミアは約束の時間に待ち合わせ場所へと向かった。


 指定された場所は富裕層向けの店舗が並ぶ区画だ。この辺りには帝都の人口の多くを占める労働階級はやって来ない。そのため、人通りはかなりまばらだ。


 時折馬車に乗り降りする人々を見かけもするが、そのほとんどが上等な衣服を身にまとっていた。店舗前にいる従業員でさえ、それなりの服装をしている。労働階級向けの服を着て歩いているのはエウフェミアくらいだった。


「来たな」


 指定された店の前に到着すると既にそこにはアーネストの姿があった。エウフェミアが近づくなり、彼はこちらの服を指差した。


「まず、その身なりをどうにかする」


 そう告げると、半ば無理やり店内に押しこまれる。


 『ミラー』と看板のかけられた店は夫人向けの仕立て屋のようだった。店内にはたくさんの生地が並び、何点か見本のドレスが飾ってある。店内の装飾も豪華で、飾られたドレス類も上等な代物だ。伯爵夫人の頃着ていた物と同品質のように思える。


 店頭にいた女性店員が笑顔を向けてくる。


「アーネスト様、お戻りになりましたか。そちらのお嬢様が、先程おっしゃったお方ですか?」

「そうだ。さっきのドレス着せてもらってもいいか?」

「では、あちらへどうぞ」


 奥の試着スペースに案内されたエウフェミアは言われるがまま、ライドブルーのドレスに着替えることになった。合わせて髪のアレンジと薄化粧までされる。


 それが終わると応接スペースに連れていかれる。椅子にふんぞり返って座っているアーネストはこちらに気づくと立ち上がった。


「助かったよ。服は午後に返しに来る」

「これくらいお安い御用です。ハーシェル会長の頼みですからね。今後もご贔屓に」

「じゃあ、行くぞ」

「ええと、その、行くとはどちらに」


 ここまでされるがままでいたが、そろそろ説明がほしい。しかし、アーネストはすぐに答えをくれなかった。


「車内で説明する。一旦、馬車に乗れ」


 店の外には馬車が停まっていた。その馬車に乗り込む。以前乗ったことがあるハーシェル商会のものではない。御者台にいるのも見知らぬ男性だ。アーネストの合図で、馬車が動き出した。


 車内は二人きり。人目がなくなったことでようやくアーネストは先ほどの質問に答えてくれた。


「どこにって、決まってんだろ。銀行だよ、銀行。小切手を金に変えねえといけねえだろう」


 そういえば小切手を持ってくるように言われたことを思い出す。持ってきた鞄も先ほどの店で皮のバッグと交換されている。その際、中身も入れ替えた。


 エウフェミアは首を傾げる。


「その、そもそも小切手というのはどういうものなのでしょうか? 貨幣とは違いますよね」

「簡単にいえば引換券だよ。それを持って銀行に行けば、金と引き換えてくれる。換金期間は限られているから、ずっとそのまま持ってたらただの紙切れになっちまう」


 ——なるほど。だから、銀行なのか。


 そして、銀行に行くとなれば、先ほどまでのエウフェミアの格好は場にそぐわないだろう。着替えさせられたのも理解できた。


「小切手はその場で換金してもらう以外に、指定の口座に送金してもらうこともできる。だから、お前の口座も一緒に作らせて、そこに金を振り込ませよう。あんだけの金、手元にあっても困るだろ?」


 小切手に書かれた額面を思い出す。エウフェミアは「はい」と答えるのが精一杯だった。


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