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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
二章 精霊庁からの依頼

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12 実験


 朝食を終えたエウフェミアは一度客室に戻る。もちろん、受け取った煙草を渡しに行くためだ。


「あの、少しだけ会長と二人で話をしてもいいでしょうか?」


 シリルに客室の前で断りをいれる。「ええ、もちろん」と微笑む彼を残し、エウフェミアは一人扉をくぐった。


 居間にアーネストの姿を見つけ、エウフェミアは満面の笑みで手にした袋を見せる。


「会長。シリル様に喫煙を許可していただきました」

「……は?」


 怪訝そうな顔をする彼に袋の中を見せる。そこに入っている煙草の山――すべてトリスタンが差し入れてくれたものだ――を見て、アーネストは次々に表情を変える。それから、最後に苦々しい顔で頭を抱えた。


「交渉ってそういうことかよ」

「はい。――あっ」


 強引に袋を奪われる。アーネストは一箱煙草を取り出すと、袋を乱暴にテーブルに投げる。彼がソファに座り、一服する。


 久しぶりの喫煙で気分が落ち着いてきたのだろう。アーネストは大きく息を吐くと、落ち着いた口調で訪ねてきた。


「どうやって許可をもぎ取った?」

「それは――」


 細かい質問をいくつも投げかけられ、それに答えてきたと言ったら怒られるだろうか。きっとアーネストならもっと少ない情報で許可を引き出せただろう。


「……秘密です」


 少し逡巡してから、小さく笑う。その答えにアーネストは頬を引きつらせる。


「知らねえ間に反抗的になってきたじゃねえか」

「こういうことを教えてくださったのは会長です」

「――確かにそうだな」


 以前自分も質問に答えなかったことを思い出したのだろう。すんなりと納得する。エウフェミアは頬を緩める。


「会長、ありがとうございます」

「……何でお前が礼を言う? それはこっちが言うことだろ」

「これはただのお礼です。会長にはいつもお世話になっていますし、今もすごく助けられています。会長が今も皇宮に残ってくださっているのは、私のためってことはわかってますから」


 彼の考えはエウフェミアも分からない。しかし、それが誰のためなのかは分かっている。


 しばらくアーネストは無言だった。ただ、煙をくゆらせ、灰皿に灰を落とす。そうして、こちらに視線を向けた。


「仕事はうまくいきそうか?」


 それは痛い質問だった。エウフェミアは困り顔をする。


「いえ。でも、頑張ります」


 丸二日、祭壇の間で祈っても何も起きない。このまま、ひたすら熱心に祈るだけでは足りないのではないかという気持ちもある。それでも、まだまだ諦めるつもりはない。


 アーネストが立ち上がった。そして、エウフェミアの隣を通り抜け、客室の扉を開く。当然、そこにはシリルがいた。アーネストは彼に言い放った。


「今日は休みだ。お前は帰れ」


 それはエウフェミアにとっても突然だったように、シリルにとってもそうであったのだろう。彼は渋い顔をする。


「ずいぶんと突然ですね。それはあなたが決めることではありません」

「なら、誰が決めるんだ? アンタか? エフィか? アイツが心身の限界を見極めて、必要なタイミングで休息を申し出られるタイプだと思うか? それなら、お前の目は節穴に間違いない。この四日、何を見てたんだ?」


 唇を噛むシリルを、煙草を握ったままの手で指差す。


「アンタより付き合いの長い雇用主の意見だ。たった四日の付き合いのアンタより正しい判断が下せると思うぜ」

「……分かりました。確かに休息は必要でしょう」


 渋々といった様子でアーネストの意見を受け入れる。シリルはこちらに笑みを見せる。


「では、エフィさん。今日はゆっくり休んでください。色々とお話を聞かせてくれてありがとうございました。楽しかったですよ」

「いえ――」


 きちんと返事を返す前に、アーネストが扉を閉めてしまった。エウフェミアは戸惑いながらも、声をかける。


「あの、会長」

「バスタブに水を貯めろ」


 しかし、彼はこちらの呼びかけを無視し、指示を口にする。


「湯じゃなくて、水だ。後、コップと桶と――なんでもいい。水が溜められそうなもん全部にもだ」


 思うところはある。しかし、エウフェミアは「わかりました」と返事をし、素直にバスルームに向かった。



 ◆



 部屋中のコップ、桶、花瓶をバスルームに集める。バスタブを含め、その全てに水を溜めてある。それを確認し、アーネストは口を開いた。


「そもそも問題の本質を突き止めていなかったと思ってな。それを確認したい」

「問題の本質、ですか?」

「なぜ、水の大精霊(ネロ)の心を鎮められていないかってことだ。お前にその能力がないのか、あっても別に要因があるのか、時間をかければ解決する問題なのか。俺たちはそれすらも分かっていない」


 確かにアーネストの言う通りだ。だが、それを突き止めることさえ、今のエウフェミアには困難に思える。


「まずはお前の能力の確認をしたい。どの程度のことができるのかをだな」


 そう言ってアーネストはバスルームに座るエウフェミアの前にコップを置いた。


「この中の水を浮かせられるか?」

「やってみます」


 精霊石(ペトゥラ)を握り、目を閉じて祈る。


「水の精霊様、お力をお貸しください」


 瞬間、何かが光った気がした。目を開けると、カップの水が宙に浮いている。——それは以前、伯母に見せてもらったのと似た光景だ。


 エウフェミアはその光景に目を奪われる。それは生まれてはじめて精霊術を自覚して使った体験だった。


「戻せるか?」

「は、はい」


 アーネストの言葉で我に変える。同じように祈りの言葉を口にすると、水はカップに戻る。一滴も床に溢れることはなかった。自分のやったこととはいえ、不思議だ。カップを持ち上げ、マジマジと見つめる。しかし、そのカップは奪われ、今度は花瓶が目の前に置かれる。


「今度はこっちの花瓶だ。同じことをやってみろ」


 そうして、エウフェミアは同じように水を浮かべ、元に戻す。それが終わると今度は桶。次はバスタブとどんどん精霊術をかける対象が大きくなっていく。それが終わると、今度はカップ二つが置かれる。


「今度はこの二つを同時にだ。やってみろ」


 そうして、エウフェミアは言われるがまま、何度も何度も対象と個数を変えて精霊術を使う。それから「祈りの言葉を口にするな」や「目を閉じるな」と様々な注文もつけられる。そして、難なくその全てをこなすと、今度はこんなことを言い出した。


「ここにあるもの全部。続けられる限り、ずっと水を浮かせておけ」

「ずっと、というとどれくらいの間ですか?」

「俺が良いと言うまでずっとだ。サボるなよ」


 そう言うと、アーネストはバスルームから出ていく。それを見送ってから、エウフェミアは指示通り、水を浮かせる。


(会長は何をやろうとしているのでしょうか)


 エウフェミアの限界を探ろうとしているというのはなんとなく分かる。今の指示も持久力がどれくらいなのか確認するためのものだろう。しかし、今のところ、エウフェミアに疲労感は一切なく、いつまででも精霊術を行使できそうに思える。


 それからいくら時間が経ってもアーネストが戻ってくる様子はなかった。バスルームに時計がないので正確な時間は分からないが、一時間は優に超えているだろう。疲れはしていないが、何もせずにずっと座っているのも気分が落ち着かない。


 その時、ふいにバスルームの扉が開く。戻ってきたと、エウフェミアが振り返るのと、目の前で大きな金属が叩かれたのは同時だった。


 鼓膜を突き破りそうな大きな音は思わずあげた悲鳴を掻き消す。両手で両耳を塞ぎ、その場にうずくまったエウフェミアに、なぜかシンバルを持ったアーネストが悪びれもなく話しかける。


「お。今のでも精霊術は解除されないか」

「か、会長……っ」


 今のは流石に驚いたし、涙も零れそうになった。確かに顔をあげれば、水の玉は変わらず宙に浮いている。


「せ、せめて前もって言ってください……!」

「それじゃあ、実験になんねえだろ。――もう戻していいぞ」


 そう言われ、エウフェミアは水を元に戻す。


「疲労感はあるか?」

「いいえ、特にありません」

「じゃあ、次だ。ここを出ろ」


 背中を押され、エウフェミアは居間に戻る。一人バスルームに残ったアーネストが言う。


「今度は見えない状態で同じことをする。また最初からだ。まずはカップからやってみろ」


 そう言ってバスルームの扉が閉められる。視界外の物に精霊術をかけられるのかと不安に思いながらも先程と同じように祈る。それから、アーネストが顔を出し、細かい指示を繰り返す。その結果を伝えられないまま、エウフェミアは何度も何度も祈る。


 一通り先程と同じことを繰り返し終えると、アーネストがバスルームから出てきた。ソファの向こう側に追いやられる。


「そっち向いてろ。絶対に振り返るなよ」


 エウフェミアは壁を見つめたまま待つ。背後ではアーネストが何かをしている気配する。しばらくするとアーネストの声が響く。


「今、テーブルの上に水を入れたコップを置いた。この水を浮かせてみろ」


 先程と同じように祈る。今回もアーネストは結果を教えてくれない。そして、最後に彼は主寝室を指差した。


「お前の寝室にも同じようなものを用意してる。また、同じようにやってみろ」


 そう言ってアーネストは主寝室へ消える。あまりに堂々とした行動に、部屋に見られたら困るものが置いてなかったか記憶を辿った自分がおかしいのではないかと思ってしまう。きちんと部屋を片付けた記憶を思い出し、安堵したエウフェミアはまた祈る。――しかし、そのとき、何か違和感を覚える。


(何でしょう、この感覚は)


 先程までと何かが違う。精霊術を使ったときのような感覚がないのだ。何の手応えもない、と言うべきだろうか。それはこの二日間、水の祭壇に祈りを続けていたときの感覚と同じだ。


 寝室から出てきたアーネストに真っ先に訊ねる。


「もしかして、駄目でしたか?」

「――よく分かったな」


 少し驚いたような反応。エウフェミアの感覚は間違っていなかったらしい。アーネストは言う。


「結果と考えをまとめるぞ」


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