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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
二章 精霊庁からの依頼

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10 自分に出来ること


 その報告を聞いたアーネストはなぜか怒り出した。


「馬鹿だな、お前! 向こうはお前を懐柔しに来るって言っただろう! 警戒してろよ、この馬鹿!!」

「——バ?」

「あー、あの野郎完全に口説きに来てやがるじゃねえか。あの端麗なお顔の活用方法をよくご存知なようで」


 首を傾げていると、アーネストは乱暴に自分の頭を掻く。


「テメエの情緒はいったい何歳で止まってやがるんだよ。――ああ、馬鹿らしくなってきた。何で俺が今もここに残ってると思ってんだよ、クソ。あー、もう知らねえ! 俺は寝るぞ!」

「あっ、かいちょ――」


 こちらの声も無視し、アーネストは部屋に戻ってしまった。


(……出来れば、もう少し話がしたかったのに)


 エウフェミアは肩を落とす。


 その上、その日の夕食にアーネストは姿を現さなかった。昨日も寝室に閉じこもっている時間は長かったが、食事時には姿を現した。


 心配になって扉を叩くと「食事は扉の横に置いておけ」と扉越しに指示があった。仕方なくその通りにすると、ちょうどエウフェミアが主寝室に戻った一瞬の間に料理を置いたトレイがなくなっていた。


 夜、バスルームでお風呂に浸かりながら、どうしたのかと考える。悩みの種は二つだ。依頼の件と、アーネストの件だ。


 部屋に原因はおそらく不本意な禁煙を強いられているせいだ——と思う。


 アーネストは昨日からやたらと不機嫌を振り撒いていた。頻繁に水や紅茶を飲み、誤魔化しているような気がする。少なくとも、扉越しで聞いた声は怒ってはいなかった。先ほどの件で呆れられたからではないはずだ。


(何が出来ることはないかしら)


 シリルはアーネストの滞在を歓迎していない。来賓と認めていないからこそ、煙草の差し入れを禁じている。アーネストから働きかけをしても、煙草を手に入れるのは不可能だろう。


 だが、自分ならどうだろうか。シリルはエウフェミアの出す要求はあっさりと呑んでくれる。もっとも、煙草が欲しいと言っても、それがアーネストのためというのは分かりきっているだろう。普通に頼むだけでは難しいように思う。では、どうすればいいのか。


 こういう時に真っ先に思いつくのは今部屋に篭っている雇用主の顔だ。彼は対人能力や処世術に長けている。彼ならどうやって自分の欲しいものを引き出すだろうか。


 ——交渉。


 そう、交渉をすればいいのだ。今までシリルは無条件でこちらの要求を受け入れてくれた。そうしてくれないなら、あちらが望む何かを対価に要求を通せばいいのだ。シリルはエウフェミアに価値を感じてくれている。きっと、今の自分なら彼が望む何かを渡せるはずだ。


(——よし)


 エウフェミアは決心を固め、自分なりにどう交渉を進めていくか考える。そうして、方針を決め、夜遅くにようやく眠りについたのだった。



 ◆



 翌朝、八時過ぎにアーネストは居間に現れた。エウフェミアはそのことに安堵した。


「おはようございます、会長」

「……ああ」


 しかし、反応は鈍い。痛そうに頭を押さえながら、ソファに座る


「大丈夫ですか? 具合が悪いのなら、誰か人を——」

「平気だ。ただの禁煙の離脱症状だよ」

「煙草を吸えないというのは大変なのですね」


 ハーシェル商会では喫煙するのはアーネストくらいだ。止めようとするとそういった苦しみがあるとは知らなかった。


「だから、吸わねえ方がいいぞ。金もかかる。やめようと思っても簡単にやめられない。その上健康にも悪い」

「会長はそれなのに吸ってらっしゃるんですね」


 話を聞くかぎり、メリットがないように思う。合理的な彼らしくない。


「……一度始めたらやめられなくなった。それだけだよ」


 返答には妙な間があった。それからアーネストは軽薄な笑みを作る。


「だから、案外レイランドの坊っちゃんの提案も悪くねえかもな。散々トリスタンにはやめるか、最低でも本数は減らせと愚痴愚痴言われてたからな」


 それが強がりなのは明らかだった。


 確かに体に悪いものなら煙草をやめてほしいとエウフェミアも思う。しかし、禁煙は本人が決意してするものではないだろうか。今のように無理矢理、というのは良くないと思う。


 エウフェミアは決意を固める。そして、その決意が緩まないように、力強く宣言する。


「会長。私は今日レイランド様に交渉を持ちかけてみます」

「交渉? 何の?」

「良い結果を持ち帰ってみせますね」

「だから、何の――」


 居間には使用人を呼ぶためのベルが置いてある。それを鳴らすとすぐに入口の扉が叩かれる。エウフェミアは部屋に入ってきた女性に訊ねる。


「あの、レイランド様はもう皇宮にいらっしゃってるのでしょうか?」

「はい。エフィ様がいらっしゃってからずっと精霊庁に泊まり込みをされています。何かご用件があればお伝えいたしますが」


 それなら良かったと、笑顔で用件を伝える。


「是非レイランド様とお話がしたいのです。良かったら、朝食でもご一緒にしませんかとお伝えいただきたいのです。――ああ、でも、突然こんなこと言いだしてしまってて、皆さんにもご迷惑ですね」


 こういったことはせめて前日に申し出るべきだった。そのことを反省したが、使用人は「一度確認いたします」と部屋を出て行ってしまった。そのやり取りを見ていたアーネストが口を開く。


「何考えてやがる」

「どうすれば、レイランド様と良い関係が築けるかということです」


 以前、言われた言葉を思い出す。


「会長もおっしゃってましたでしょう? 良い取引をするには信頼関係の構築が大事で、信頼関係の構築にはコミュニケーションが必要だと。食事を一緒にすることはちょっとした潤滑油になるのですよね」

「…………言ったな。言ったけどな」


 自分で言った発言を否定することはできなかったらしい。


 アーネストは不満げながらも、それ以上は何も言わなかった。それからすぐにシリルが部屋に現れる。彼はいつも以上に美しく微笑む。


「おはよう、エフィさん。お誘いありがとうございます。せっかくです。精霊庁にはとても見晴らしの良い場所があります。そちらで朝食にするのはどうですか?」

「まあ、本当ですか。突然無理を言ってしまったのに、ありがとうございます」

「エフィさんの頼みなら何でも聞きますよ。——ただ」


 一瞬、アーネストに視線が向けられる。


「困ったことに、そこは席が二人分しかないんですよ」

「まあ、それは困りましたね」

「ああ、本当に」


 それでは誰か一人除け者になってしまう。エウフェミアはアーネストと食事をするのを望んでいるので、そうするとアーネストを一人にさせてしまうことになるだろう。


 しかし、そこまで考えて、『交渉』にはアーネストが不在の方が良いのではないかと気づく。この二人は何かと衝突している。アーネストには席を外してもらったほうが話はスムーズに進むかもしれない。


 エウフェミアもアーネストに向き直る。どう伝えれば失礼がないだろうか。必死に言葉を探す。


「あの、大変申し訳ないのですが——」

「悪いが、俺は遠慮させてもらうぞ」


 しかし、こちらが言うまでもなく、アーネストはこちらに興味なさそうに言う。


「ソイツの顔を見ながらだと美味い飯も不味くなる」


 その言葉は本心なのか、エウフェミアの考えを理解してのものかは分からない。


 返す言葉を考えていると、シリルが「ご配慮ありがとうございます」とどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「食事の用意はもう少しかかるようですが、景色でも眺めてゆっくりしましょうか。――さあ、エフィさん。案内しますよ」


 シリルに促され、エウフェミアはそれ以上アーネストに言葉をかけることもできず、朝食の席へと向かった。


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