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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
二章 精霊庁からの依頼

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9 特別


 その日、エウフェミアは何の成果もなく、客室に戻ることになった。


「気に病むことはありません。水の大精霊(ネロ)様のお心を鎮めるというのはとても大変な勤めです。一日、二日で為せることではありません。祈り続ければ、必ずやエフィさんの気持ちは水の大精霊(ネロ)様に届きますよ」


 その途中シリルが慰めの言葉をかけてくれる。客室の扉を開けた直後、寝室からアーネストが姿を見せた。こちらの顔の暗さに気づいてか、アーネストが言う。


「無理だったか」

「…………はい」


 シリルはエウフェミアをソファに座らせると、アーネストに非難の眼を向ける。


「そのような心無い言葉を口にするのはどうかと思いますが」

「俺は事実を言っただけだ。俺が何を言おうと、結果は変わんねえだろ」


 軽蔑したような顔をアーネストに向けた後、シリルはエウフェミアに向く。そのときにはその顔は、相手を労わるものへと変わっていた。


「エフィさん。昨日も伝えた通り、我々は何日でも待ちます。私にできることがあれば一切の協力を惜しみません。今日はひとまず休んでください」

「はい。ありがとうございます」

「それでは失礼します。また、明日迎えに来ますね」

「――おい」


 部屋を出て行こうとしたシリルを引き留めたのはアーネストだった。


「何でしょう。言っておきますが、煙草の手配はお断りいたしますよ」

「ちげえよ。別に一つ、聞いておきたいことがある」


 すっかり定位置となった向かいのソファにふんぞり返った彼は問う。


「ガラノス精霊爵にはこれと同じ依頼はしたのか?」


 その問いにエウフェミアは顔をあげ、シリルを見る。端正な容姿の官吏はとびきり美しい笑みを作る。


「答える義務がありますか?」

「同じ問答を繰り返すのは面倒だ。答えろ」


 それは断るようならエウフェミアに訊ねさせるという意味だったのだろう。シリルは一瞬こちらを見てから、諦めたように口を開いた。


「――依頼はしましたよ。皇宮に参内はされませんでしたが、お住まいの『青の館』にて水の大精霊(ネロ)様のお心を鎮められた。そのような回答をいただいています」

「分かった。引き留めて悪かったな」

「ええ。できれば、金輪際私に手間をとらせないようにご配慮いただけると助かります」


 皮肉めいた笑みを浮かべると、今度こそシリルは部屋を出て行った。エウフェミアはアーネストを向く。


「今のご質問はどういうことですか?」

「どうしたもこうしたもねえよ。アイツが言ってた通りだ。精霊庁はガラノス精霊爵にも水の大精霊(ネロ)を鎮めるよう依頼した。ガラノス精霊爵はそれに応じ、依頼をこなした。それだけだ」

「ですが、水の大精霊(ネロ)様のお心はまだ鎮まっていないのですよね……?」

「――気になるならレイランドの坊っちゃんに聞け。お前になら教えてくれるだろ。いちいち説明すんのはめんどくせえ」


 彼が『めんどくさい』と言うのを聞いたのは何度目かだ。いつもは苛つきながら言っているが、今は心底疲れたような声音で言う。


「それで、今日は何か収穫はあったか?」


 エウフェミアは首を横に振る。アーネストは深く溜息を吐くと、ソファから立ち上がった。


「なら、俺は部屋に戻る。また何か進展があったら報告しろ」


 そう言って、彼は部屋に戻っていてしまった。



 ◆



 次の日も前日と同じように祈りを捧げる。しかし、その効果はない――ように思える。少なくとも、祈雨(きう)のお守りに精霊術をかけたときのように光ることもない。その日も何も進展はなく、エウフェミアはとぼとぼと客室に戻ることになった。


「焦る必要はありません」


 昨日と同じようにシリルは優しい言葉をかけてくれる。エウフェミアは「ありがとうございます」と笑みを返したが、上手く笑えていた自信はなかった。


 シリルは足を止める。エウフェミアもそれに倣う。彼はこちらを見つめて言った。


「エフィさん。何か私にできることはありませんか?」


 それは昨日と同じ申し出だ。しかし、こちらを見つめる眼差しは妙な熱を感じる。


「……私も、エフィさんに無茶なお願いをしたことは、重々承知しています」


 彼の瞳がわずかに揺れる。


「だからこそ、せめて――あなたの心が少しでも軽くなるように、できることはなんでもしたいんです」


 ――心が軽く。


 しかし、そうは言われても今のエウフェミアには何をしてもらえばいいのかが分からない。今一番知りたいのはどうしたら水の大精霊(ネロ)の心を鎮められるかだが、それは精霊庁の官吏であるシリルも知りえないことだろう。


 そこで、昨日アーネストに答えをもらえなかった質問を投げかける。


「昨日のお話だと、ガラノス精霊爵にも同じ依頼をされたということですが、まだ水の大精霊(ネロ)のお心は鎮まっていないのですよね? それはどういうことなのか教えていただけませんか?」


 すると、シリルはどこか意外そうな表情を浮かべる。それから周囲を見回し、顔をこちらに寄せる。


「ガラノス精霊爵の名声が下がるような話を吹聴したくはありません。この話は内密してもらえますか?」

「もちろんです」


 エウフェミアの言葉に安心したのか、シリルは一度綺麗に微笑んでから、話し出した。


「帝国の水害や干害が増えたのは先代のガラノス精霊爵がお亡くなりになってからです」


 突然、父の話が出てきたことに一瞬動揺する。シリルは話を続ける。


「過去にもいくつか事例があるんです。当主が急逝し、大精霊様の心が乱れてしまう……ということが。精霊庁は今回も同様と判断し、七年前、正式に新しくガラノス精霊爵になられたセオドロス様に水の大精霊(ネロ)様を鎮めるように依頼をしました。しかし、状況は変わらなかった。水害や干害の数は減らなかったんです」


 彼は顔に手を当て、沈痛な面持ちを浮かべる。


「ガラノス精霊爵は水の大精霊(ネロ)様を鎮めたと精霊庁に報告されました。そのため、公式には既に水の大精霊(ネロ)様の心は鎮まっていることになっています。……しかし、精霊庁で働く官吏の多くは理解していることでしょう。ガラノス精霊爵は失敗したのだと」


 伯父が水の大精霊(ネロ)を鎮めたと嘘をついたことにエウフェミアは愕然とした。


「……なぜ、ガラノス精霊爵は嘘をつかれたのでしょう?」

「さて。……今まで、精霊爵が大精霊を鎮められなかったことはありませんでした。そのことを恥ずかしく思ったのかもしれません」


 言葉を失うエウフェミアに、シリルは話を続ける。


「ですが、誰もそれを指摘できません。精霊貴族は皇帝陛下の臣下で、精霊庁からの依頼は皇帝陛下からの命に等しいですが、それは制度上の話です。精霊にまつわる問題を解決できるのは精霊貴族の方々だけ。ガラノス精霊爵の機嫌を損ね、水の精霊術師の手を貸してもらうことができなくなれば、帝国はありとあらゆる水害を人の力のみで対処しなければならなくなる」


 それはどれだけの時間と労力が必要になることだろう。だから、ガラノス精霊爵の機嫌を窺う必要が精霊庁にはあるのだ。


「ガラノス精霊爵はそれ以降も、他の依頼自体は引き受けてくださっています。そのため、我々は何も言わず、ただ増えた水害や干害への対応を依頼し続ける状況です。……しかし、こんなことをいつまで続ければいいのでしょうか。今も甚大な被害が各地で起きています。その事で苦しんでいる民が多くいる。私はずっとそのことで胸が締めつけられるような思いをしていました」


 切なそうな表情を浮かべる官吏に、ひどく共感した。同じ立場ならきっとエウフェミアも同じ思いを抱いただろう。


「ですが、エフィさん。あなたが現れた」


 その言葉に瞬きをする。


「あなたのような美しい銀の髪と瞳をした精霊術師を私ははじめて見ましな」


 それはエウフェミアもシリルに聞きたかったことだ。恩寵が失われたと思っていたこの色。今がそれを訊ねる良いタイミングではないだろうか。


「その、精霊庁では私のような髪と瞳を持つ精霊術師について何かご存じでしょうか?」


 またシリルは驚いたような表情をしたが、静かに首を横に振る。


「いえ。精霊術師の方が持つ色は赤、青、黄、緑、茶、白、紫のいずれかです」

「精霊の恩寵を失えば髪や瞳、精霊石(ペトゥラ)は色を失うのですよね? この髪色は恩寵を失ったわけではないのですか?」


 そこまで訊ねて、話し過ぎてしまったかもしれないと不安になる。案の定、シリルは不思議そうに首を傾げる。


「ですが、エフィさんは精霊術が使えるんですよね? 大精霊様の恩寵を失えば精霊術も使えなくなるでしょう?」

「そう、なのですが……」


 これ以上情報を出せず、エウフェミアは俯く。シリルがすっと手を差し出してきた。


精霊石(ペトゥラ)を見てもよろしいですか?」


 言われたとおりにポケットから精霊石(ペトゥラ)を取り出す。それを手に取り、掲げながら官吏は答える。


「精霊庁に伝わる言い伝えだと大精霊様の恩寵を失った者の精霊石(ペトゥラ)は輝きを失い石塊のようになるそうです。これはそんな風には見えませんね。ダイヤモンドのような輝きを持っている。……ただ、確かに透明な精霊石(ペトゥラ)というのも聞き覚えがありません」


 ――では、シリルでも詳しいことは知らないのか。


 落胆するエウフェミアに、シリルは言葉を続けた。


「その髪色と瞳、そして精霊石(ペトゥラ)。どれをとっても、あなたが特別なことは間違いないようですね」

「特別……?」


 エウフェミアは瞬きをする。そんな言葉をかけられるのは生まれてはじめてだ。


「ええ。その色はこの世に一つしかない。あなたにはきっと、誰にもできない奇跡を起こす力がある。……あなたに出会えた私はとても幸運です」


 精霊石(ペトゥラ)を受け取るために出した手に、彼の手が重なる。


「あなたにとっても、私との出会いが特別なものだったら。……そう思ってもらえたら嬉しいです」


 シリルは静かに微笑むと、彼女の手を両手で包み込むように取り、そっと唇を落とした。


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