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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
二章 精霊庁からの依頼

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6 精霊庁の資料室


 そこは十平方メートルほどのこぢんまりとした部屋だった。壁一面に本が並び、中央には年季の入った机と椅子が一組。皇宮の施設としては意外なほど簡素に思えた。


 エウフェミアはシリルを振り返る。


「……これだけなのですか?」

「はい。精霊術に関する知識の多くは精霊貴族の方々が口伝するのみ。ここにあるのは精霊庁で把握している初歩的な資料と、あとはほとんどが過去の報告書です。精霊庁も精霊や精霊術の神秘については知らないことが多いんですよ」


 初歩的であっても資料があることに内心ホッとする。エウフェミアにとっては重要な情報だ。


「少しでもエフィさんのお役に立てる情報があればいいのですが」


 そう言って彼は微笑む。どうにも観察されているような気がして落ち着かない。エウフェミアも笑みを作った。


「無理を聞いていただいてありがとうございます。……集中したいので、一人にしていただくことはできますか?」

「はい。部屋の外に警備の者がいます。何かありましたら声をかけてください。何もなければ夕方迎えに来ます」


 そうして、シリルは退室した。一人きりになったエウフェミアは小さく息を吐いた。


(――緊張した)


 アーネストの言うように、堂々とした態度を取ろうと心がけてはいるが、どうにも気が張って仕方ない。何度か深呼吸をし、目の前の本棚を見上げる。


(とにかく、出来ることをしないと)


 大まかに本の背表紙を確認していく。その多くがシリルが言ったように、過去に起きた精霊にまつわる出来事とそれの解決に関する報告書のようだ。帝国の歴史は長い。これだけの分量になって当然だろう。


 そうして、本棚の中から話に出ていた、精霊にまつわる情報をまとめた書物を見つける。どうやら精霊庁に配属された新人向けの教本のようだ。


 ――きっと、これは本来八年前にエウフェミアが教わるはずだった知識だ。


 覚悟を決め、エウフェミアはゆっくりとページをめくった。



 ◆



 教本は『創世記』の要約からはじまり、次にそもそもの精霊貴族の成り立ちについて言及されていた。


『人々の統治を成し遂げた皇帝の祖は、次に自然の統治を望んだ。そして、人民の中から七つの一族を選び、大精霊たちに七つの一族への恩寵を願った。それが精霊術師、精霊貴族の始まりである』


『精霊貴族の役割はそれぞれの精霊の力を借り、帝国の平穏を維持することにある。一族の長にはその時代に最も大精霊の寵愛を受けた者が選ばれる。そして、その者が中心となって一族をまとめ、帝国の要請に応え、火、水、風、土、草、光、闇――それぞれを御することが使命である』


 精霊貴族の始まりについてはエウフェミアも初めて知った。しかし、その使命については以前聞かされていたとおりだ。また、当主の選び方についても、アーネストと話した推測が合っていたことになる。このあたりはそれほど驚きはなかった。


 しかし、目を止めたのは次の文章だった。


『精霊たちの力を借りる精霊術。その真髄は術者の祈りと精霊石(ペトゥラ)にある』


(――精霊石(ペトゥラ)?)


 それは聞き覚えのない単語だ。しかし、エウフェミアには心当たりのようなものがある。


精霊石(ペトゥラ)とは精霊術師が生まれ持つ宝玉のことである。赤子が母の腹より出でるとき、その手には石が握られている。この石を通じてのみ、術者の願いは精霊に届く。そうして、精霊の力を借りることができるのだ。幼い子供は精霊の力を正しく使うことができない。一定の年齢になるまで、精霊石(ペトゥラ)は大人の管理下に置くものとする』


「…………お父様にいただいた、ネックレス」


 心臓の鼓動が早まる。


 ガラノス邸から持ってきた透明な宝石がついたネックレスは今もトランクの中にしまっていたはずだ。父はあれを渡してきたとき、「詳しい話はまた今度」と言っていた。もし、あれが精霊石(ペトゥラ)で、もうすぐ精霊術師としての教育が始まるために返されたものだとしたら――。


 エウフェミアはページをめくる。大精霊の恩寵を失った場合について、何か書かれてはいないだろうか。何枚もページをめくり、文章を斜め読みし、ようやく該当の記述を見つける。


『大精霊の恩寵を失えばその髪も瞳も、そして、精霊石(ペトゥラ)も色を失う。恩寵を失えば精霊から力を借りることはできなくなる。精霊術師でなくなった者は一族から追放するのが決まりである』


 しかし、そこに書かれていたのは伯父に聞かされた通りの文言だった。伯父は嘘をついていたわけではない。そのことにエウフェミアは安堵したと同時に、落胆した。


(これが事実なのであれば、やはり私に精霊術師としての能力はない)


 そうなるとやはり祈雨(きう)のお守りに精霊術がかかっていたというのが間違いなのではないだろうか。しかし、それ以外の可能性は——思考がぐるぐると廻る。


(……ここについては会長のご意見もお伺いしましょう)


 それ以上考えることをやめ、再び本に目を落とす。まだ記述は続いていた。


『大精霊の恩寵を失う条件は大罪を犯すこと。大罪を犯した者は系譜より名を抹消せよ』


「…………系譜?」


 エウフェミアは本棚に視線を移す。先ほど似たような物を見た気がする。一つ一つ棚を見ていくと、一番端に巨大な巻物がいくつもあった。


 数えてみると全部で七つ。それぞれ、精霊貴族七家の象徴する色――赤、青、黄、緑、茶、白、紫の表紙がつけられている。試しに手に取った赤い巻物の表紙には『エリュトロス家・系譜』の文字があった。


 ――それなら。


 赤い巻物を戻し、代わりに青い巻物に手を伸ばす。『ガラノス家・系譜』の文字が書かれたそれを机の上に広げる。何百、何千の人名が書かれ、線で結ばれている。その一番下に自分の名を見つける。


「『エウフェミア』」


 その名前のすぐ上にはグレイトス、アルテミシア――両親の名前がある。横に並んでいるのはイオエル――兄の名だ。そして、その四つの名前の下にはいずれも数字が書いてある。


 それが没年であることはすぐに気づいた。両親と兄の数字は『四二二九』。エウフェミアの数字は今年の『四二三七』。どちらも帝国歴と符合する。


 だが、いくら見ても、自分の名前が「抹消」された痕跡はどこにもない。


(系譜から抹消、というのはこの巻物とは関係ないのかしら)


 今度は別の精霊貴族の系譜――先ほどの『エリュトロス家・系譜』を広げる。そして、すぐにそれに気づいた。


 系譜の一番下近く。元々誰かの名前が記されていただろう場所が真っ黒に塗りつぶされているのだ。その文字の近くには『ゲオルギオス』、『ビオン』という名が書かれている。先ほどのガラノス家の系譜と見比べ、相関関係を考える。


(ええと、この『ビオン』って人が直系で一番お若い方、なのよね。『ゲオルギオス』というのがその父親で、塗りつぶされているのが隣だから、……その弟か、妹?)


 名前が消されているというのは『系譜から抹消せよ』という文言と一致するように思える。念のためエリュトロス家の系譜も遡ってみる。塗りつぶされているのはその一か所だけだ。


 困り果てたエウフェミアは、結局全ての精霊貴族の系譜を調べてみた。そこから分かったのは他にもプラシノス家、カフェ家、ポイニークーン家にもそれぞれ塗りつぶされた場所が一か所ずつあったということだ。しかし、その三つはどれも系譜の位置、周辺の人物の没年からかなり古い出来事であることが推測される。


(……これはどういうことなのかしら)


 この疑問にも、きっとアーネストなら何か答えをくれるかもしれない。そう信じて、エウフェミアは再び他の資料に目を落とした。


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