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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
六章 生命の目覚めと裁きの炎

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54 より良い未来へ


 セルウェイ家で一晩過ごした二人は、翌日の早朝、今度は町外れへと向かった。その道中、エウフェミアは後ろを歩くイグナティオスを振り返る。


「皆さん、とってもいい方々でしたでしょう?」

「…………そうだな」


 イグナティオスの母方の祖父母エドワードにグレース。叔父フィリップとその妻ジュディス。その子供リリアンとテオ。


 彼らはエリュトロス家に引き取られていったカーリーの息子のことを気にかけてくれていた。そして、二十二年ぶりの再会を喜んでくれ、歓迎をしてくれた。


 フィリップやジュディスに夕食時に話を振られることにも、その後、子供たち相手に遊びに誘われることにも、イグナティオスはひどく戸惑っている様子だった。一見突き放すような態度を取るエドワードから法律問題の話を聞いている時間が一番リラックスしているように見えたのが少しおかしかった。


「また、遊びに来いと言われたが……一年くらいは控えたいな。心臓に悪い」

「でも、嬉しかったでしょう? 血のつながりもいいものだと思いましたか?」


 その言葉にピタリと彼は足を止めた。エウフェミアもそれに倣う。首を傾げていると、ツカツカと近づいてきたイグナティオスが人差し指を突きつけてくる。


「――調子に乗るんじゃねえぞ。確かに今回、セルウェイ家の人間に会うのを了承したのは俺だが、単純に必要だったってだけだ。今更、お涙頂戴な親族付き合いをするつもりはねえ」


 エウフェミアは笑いをこぼす。


「それでもよろしいのではありませんか? 私は、また今度セルウェイ家の皆様にお手紙でも送ろうと思います。あなたの近況を伝えれば、グレースさんもエドワードさんも喜んでくれますよ」


 イグナティオスはしばし黙り込む。


「…………好きにしろよ」


 苦々しく吐き捨てながらも、イグナティオスはもうそれを拒絶しなかった。




 ◆




 レオニダスが住んでいた街の外れの屋敷だ。


 今も定期的に掃除が入っているというレンガ造りの建物の中は綺麗だった。最低限の家具は残っているが、レオニダスたちの私物は何も残っていない。そのほとんどはヘクトールの手によって持ち去られたか、セルウェイ家の人々に片付けられたらしい。


「この部屋が元々レオニダスさんの書斎だったそうですよ。そちらの階段を登ったところが、寝室。あちらは物置です」


 エウフェミアがこの屋敷に入るのは二度目だった。以前、グレースに案内されたときの記憶を頼りに、静かに間取りを伝える。


 かつて、ここには親子の暮らしがあった。笑い声や子守唄が、きっとこの空間に響いていたはずだ。けれど、そのぬくもりはすでに失われて久しい。今はただ、静かな場所だ。


「こちちが子供部屋で、ここにベビーベッドが置いてあったそうです」


 指し示した場所には今は何もない。それまで黙っていたイグナティオスが口を開く。


「そんな熱心に説明しなくてもいい。全部、昔のことだろ」

「――ですが」

「俺は別に感傷に浸りに来たわけじゃない」


 強い口調で言い返した後、ハッと彼は表情を変える。それから、少し慌てたように言葉を続ける。


「ここに連れてきてくれたことは感謝してる。俺だって生まれたことを祝福され、両親に愛されてたってことを知れた。……でも、やっぱり、全部昔のことだよ。今更ひととなりを知っても、あの人たちが蘇るわけでもない」


 昨夜、セルウェイ家でイグナティオスは両親の話を聞いた。


 聡明で活発的だったというカーリー。そして、レオニダスという明るい青年のこと。そして、二人が幸せな家庭を築こうとしてきたこと。


 精霊貴族とは無関係なセルウェイ家の人々はレオニダスが何をしていたかまでは知らなかった。それでも、彼が自身の研究について、こう語っていたのは覚えていた。


『俺の研究は途方もないことだけど。けど、うまくいったら、きっと皆のためになる。より良い世界を目指したいんだ』


 それはゲオルギオスからされたのとはまったく違う人物像。この屋敷で暮らしていたのはごくありふれた普通の青年のように思えた。


(……本当に、レオニダスさんが大罪を犯していたのかしら)


 その点についてはゲオルギオスとヘクトールから聞き取りは出来ていない。エリュトロス家の責務を放棄して研究をしていたのは間違いない。しかし、それが大罪と呼ばれるような内容だったのかは疑問の余地が残る。


 イグナティオスは右手で顔を覆う。


「少し一人にさせてくれないか。……静かな場所で考え事をしたい」

「……分かりました」


 エウフェミアは頷き、一人建物を出る。そして、庭先のベンチでぼんやりと景色を眺める。


 イグナティオスが屋敷から出てきたのはそれから三十分ほどしてからだ。こちらに近づいてくる彼の目には迷いがなかった。


「レオニダス・エリュトロスは、本人なりにより良い世界を目指そうとしていた。精霊術師の立場からな」


 立ち上がったエウフェミアに、彼は皮肉げな笑みを見せる。


「死んだ父親が叶えられなかった夢を叶える。精霊貴族の社会を大衆のためによりよいものに変える。――まあ、悪くねえんじゃねえか? 精霊術に夢も希望も持たない人間が舞い戻ってくる理由としてはさ」

「ふふふ。そうですね」


 その言葉に思わず笑みをこぼす。


 一陣の風が吹く。イグナティオスの視線を追えば、空高く風の精霊たちが舞う姿が見える。彼は、静かに問いかけを口にする。


「より良い世界ってのはどんなのだと思う?」


 なんとも難しい質問だ。迷ってからエウフェミアは答える。


「色んな答えがあるでしょうが。……少なくとも、社会の歪みで犠牲になる人がいない、孤独に子供が苦しまない世界であってほしいと思います」

「珍しいな。俺も同意見だ」


 イグナティオスは笑う。それから、こちらを振り向く。


「変革は確かに為された。だが、これで全部終わったわけじゃない」

「はい」


 エウフェミアは頷く。


 生命の精霊(プシュケー)は目覚め、誓約も破棄された。精霊貴族の在り方も変わった――いや、これから変わっていくのだ。


 その途中でいくつも問題が起きるだろう。生命の精霊(プシュケー)の恩寵と大精霊の紋章(エンヴリマ)を授かった者として、エウフェミアにはそれに立ち向かう責務がある。


「この選択が間違いではなかったと、示していきます。――生命の精霊(プシュケー)の恩寵を受けるアルギリア家当主として」

「俺はデクシア(右の眼)として、お前の選択の果てを見届けよう。……俺を後悔させるなよ?」

「はい」


 エウフェミアは笑う。イグナティオスが差し出した手を握り、エルドンの街へ続く道を歩き出す。


 すべてがこれから始まる。世界の変革も、エウフェミアの未来も。そのどちらも、一緒に歩み続けてくれる彼がいれば、きっと明るいものだと信じられた。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


これにて『精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます』本編は完結となります。


……とはいえ、エウフェミアとイグナティオスの恋人らしい甘いやりとりが全然書けていないのが、作者としては正直とても心残りです。

なので、アフターストーリーや番外編を、これから書いていけたらと思っています。


「こんな二人が見たい!」「こういう話が読んでみたい!」などのご希望があれば、ぜひ感想欄やメッセージで教えてください。

また、評価や感想がものすごく励みになります。そちらもお待ちしております。


改めて、最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

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