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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
六章 生命の目覚めと裁きの炎

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39 最後の真実を探しに


 エウフェミアとビオンは残りのことを他の当主たちに任せ、馬車を走らせる。そして、鉄道に乗り換え、向かうのは旧『赤の砦』だ。


 車窓から外を眺めながら、ビオンは言う。


「そもそも、どうして父さんはイグナティオスを殺そうとしたのか。その理由を語っていない」


 それは記憶を取り戻したエウフェミアが真っ先にゲオルギオスに投げた問い。九年前『生命の間』で何が起きたのかは明らかになったが、その発端となったゲオルギオスの凶行の理由は明かされていない。


 エウフェミアはポツリと呟く。


「……一体どうしてだったのかしら」


 ゲオルギオスやヘクトールの言葉を、今さら全て信じることはできない。だが、起きた「事実」そのものは誤りではないだろう。


 レオニダスは七家以外の女性と子をもうけた。


 ゲオルギオスはレオニダスとその妻を殺した。


 遺されたイグナティオスをゲオルギオスは旧『赤の砦』で隠し育てた。


 九年前、ゲオルギオスはグレイトスの提案もあり、イグナティオスを精霊会議に連れてきた。そして、『生命の間』でゲオルギオスはイグナティオスに剣を振り下ろそうとした――。


 事実を羅列するだけでは、まるで動機が思いつかない。過去を語ったときのゲオルギオスの様子を思い出す。あの時の苦しそうな様子を見るかぎり、全部が全部嘘だとも思えない。


「エリュトロス精霊爵がレオニダスと確執があったのは事実だと思うの。……弟のことが憎くて、その息子まで手をかけようとした……?」

「それなら、何であのタイミングだったんだろう。父さんがイグナティオスを殺す機会はいくらでもあったはずだ。それに、それなら先にヘクトールが気を利かせて代わりに手を汚したんじゃないか?」


 さすが身内のことだけあり、ビオンの反論は真実味がある。エウフェミアは困り果てる。


「なら、どうして――」

「分からない。……父さんが捕まった後、何度も聞きに行った。でも、断固として話してくれなかった。ヘクトールもだ。マノリスは何でも喋ってくれたけど、九年前のことは何も知らなかった」


 この件の当事者は三人。ゲオルギオスとヘクトールは口をつぐみ、イグナティオスは行方をくらました。真実を知る者は他にいない――そのはずだった。


「だから、……もう一人。何か知ってるかもしれない人に会いに行く。旧『赤の砦』に来るように頼んだから、もしかしたら先についているかもしれない」


 しかし、ビオンは別の人物の名を口にする。


「マルガリタ。――ヘクトールの母親で、あの廃墟でイグナティオスを育てた人だよ」




 ◆




 旧『赤の砦』は山の谷間にあった。入口の門は以前ビオンが閉じ込められた時に破壊したという証言どおりに壊れ、もう用途を成していない。


 人里から遠く離れた廃墟には冷たい風が吹き、なんともうら寂しい。命の気配もほとんどない静かな場所だ。


(……ここが)


 アーネスト――いや、イグナティオスが十四年間暮らしていた場所。そう考えると、名前しか知らない子どもが生活していたと知ったときとは別の感慨が浮かぶ。


 門を通り抜けると、屋敷の前に一人の老婆が立っていた。年老いても変わらぬ鮮やかな髪色はエリュトロス家の人間に間違いない。


 深々とお辞儀する女性に、ビオンは駆け寄る。


「マルガリタ。こんな所まで来てもらってすまない」

「いいえ、いいえ。とんでもございません、ビオンお坊ちゃま」


 マルガリタは涙を堪えながら首を振る。そして、エウフェミアに向かい合うと再び頭を下げた。


「この度は息子のヘクトールと孫のマノリスがとんでもないことをしでかしまして……どんなに言葉を尽くしても非礼を謝りきれません」

「マルガリタ様。あなたに罪はありません。頭を上げてください。……それより、あなたがイグナティオスを育てたというのは本当ですか?」


 早速本題を切り出すと、老婆は「ええ、ええ」と涙ながらに頷く。


「あの子を赤ん坊の頃から育てたのは私でございます。息子が隠居間際の私に頼んできたのです」

「詳しい話をお伺いできますか?」

「もちろん。私が知っていることなら、なんでも」


 そう言ってマルガリタは持っている布をギュッと抱きしめる。エウフェミアは、その様子が気になって首を傾げる。だが、そのことを尋ねる前に――ビオンが口を開いた。


「ここは寒い。続きは中に入ってしよう」



 以前、ビオンが言っていたように外装に比べ、内部の破損は少ない。しかし、九年間使われていない屋敷にはうっすらと埃がたまっていた。


「私とイグナティオスはこの屋敷でずっと生活をしておりました」


 廊下を進みながら、マルガリタは懐かしそうに言う。


「息子というより、孫に近い年齢ですから。本当に目に入れても痛くないほど可愛かったです。ヤギのミルクを与えて、子守唄を歌ってあげて……。大きくなったら、家事の合間に色んなことも学ばせていきました。それに一緒に遊んであげて。この屋敷は幼い子供が暮らすには決して住みやすい場所ではありませんけれど、私とイグナティオスは穏やかに幸せに暮らしていました」


 最初に足を踏み入れたのは台所と食堂を兼ねた部屋だった。


 部屋の奥に(かまど)や調理台、織機用の棚が並ぶ。手前には四人掛けのテーブルが置かれている。


 マルガリタは一番手前側の椅子に触れる。


「ここがイグナティオスの椅子だったんですよ。ここでいつも私が食事を作るのを見ていたんです。大きくなってからは率先して手伝いをしてくれるようになって。テーブルを拭いたり、お皿を運んだりしてくれていたんですよ」


 次に案内されたのは、石造りの暖炉が据えられた居間だ。


 暖炉の前には大きなソファと安楽椅子。壁際には本棚と玩具の入った木箱が並べられていた。


「夜はこの暖炉の前で一緒に過ごしていました。私が膝掛けを編んでいる横で、イグナティオスが本を読んだり、お話を聞きたがったりして。……あの子は頭もよくて、好奇心も強くてね。本の内容について、しょっちゅう訊ねられたものです。でも、難しい質問にはうまく答えられないことも多くて……。それでも、私の拙い答えにいつもイグナティオスは笑って満足してくれました」


 エウフェミアは暖炉前のソファを見つめる。


 これまで通ってきた部屋の家具と同じく、埃が被っている。しかし、昔はここも穏やかな一家団欒の場所だったのだ。そのことが切なくも、嬉しくもある。


「……マルガリタ様はイグナティオスのことを愛していらっしゃったのですね」


 静かに呟くと、老婆はどこか恥ずかしそうにはにかんだ。


「ええ。イグナティオスも、祖母の年齢の私を本当に慕っていてくれてました。許されるなら、あの子が独り立ちするまでお世話をしてあげたかった。……でも」


 マルガリタは沈痛な面持ちで目を伏せる。


「あの子が十歳のときです。ヘクトールに『もう、イグナティオスも大きくなった。一人で生活できる。足りない部分は自分が面倒を見る』と言われ、私は屋敷を出ることになったのです。――イグナティオスを残して」


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